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始まるはずじゃなかった革命

ヴェルシュトラ本部──白漆喰の壁に囲まれた奥の間。装飾のない長机の前で、ギルド長は静かに書類に目を通していた。その姿は無言の威圧そのもので、空気さえ凍るような冷たさが漂っていた。


そこへ、軽やかな足音が近づく。


「失礼いたします。ハイネセンです」


椅子を引く音も立てずに、ハイネセンは一礼して前に進み出る。手にした報告書を机の上にそっと置いた。


「コピースキルを使った者たちが、民衆の中に混ざり、集結しつつあります。……今なら、奴らを一網打尽にできるチャンスかと」


言葉の端に、わずかに熱を含んだ嗜虐の色が混じる。


一瞬の静寂が流れる。


ギルド長は顔を上げない。ただ、書類のページを一枚めくりながら、低く言った。


「社会を変革しようとする強い意志か、それとも単なる秩序を脅かす暴徒か……それを見極めるとしよう。ヴェルシュトラの防衛を固めろ。こちらからは——手を出すな」


ギルド長は書類を閉じ、ようやく顔を上げた。その瞳は深い霧のように冷たく、何も映していないようで、すべてを見透かしている。


ハイネセンの口元が、ゆっくりと弧を描いた。


「つまり、“向こうから攻撃を受ければ”その限りではない、ということですな」


「……」


「では、私が指揮を取ります。ふふ、久々の作戦指揮……心が踊りますな」


その言葉に、ギルド長は鋭く睨みつけた。


「——いいだろう。許可する。だが、万が一にも失態を犯せば……どうなるかは分かっているな?」


ハイネセンは一礼しながら、笑みを崩さない。


「もちろんですとも。私が作戦指揮で失敗したことは、これまで一度もありません。……我々は長い付き合いですから。あなたも、よくご存知でしょう?」


ギルド長は答えず、再び視線を報告書に戻した。


その沈黙が、命令よりも重く響いた。


夜の空気が、張りつめたように静かだった。


革命軍の拠点は、戦いに備えて仮眠を取る者、武器の手入れをしている者、それぞれが沈黙の中で不安を抱えていた。


ブラスは火の消えかけた焚き火のそばに腰を下ろし、ぼんやりと炎の残り香を見つめていた。武具はすでに装着済みだったが、その眼差しにはどこか落ち着かぬものがあった。


——ズゥンッ!!


腹の底を揺さぶるような衝撃音。地響きのような破砕音とともに、夜空が裂ける。直後、遠くの方角でスキルの光が閃いた。


「なっ……!?」


焚き火のそばにいた兵士が跳ね起きる。


「まさか、もう攻撃を……!」


ブラスも立ち上がった。表情に一瞬、動揺が浮かぶ。


「バカな、予定よりずっと早い……!」


すると別の兵士が、駆け込むように叫んだ。


「ヴェルシュトラに向かった冒険者が……魔導石を使って攻撃を開始したとの報告が!」


「冒険者だと……? そんな命令、出してねぇぞ!」


ブラスの表情が険しくなる。


(敵が民衆に紛れていたか……!?)


腹の奥が冷たくなるような確信が走る。


「チッ、やられたか……!」


頭の中が怒りで沸騰しかけたが、次の瞬間、ブラスは声を張り上げた。


「全軍、配置につけッ!! 作戦通りに陣形を調えろ! 混乱するな!!」


鋭く通った声が、夜営地全体に響く。


ブラスは胸の内に渦巻く怒りを押し殺しながら、宙を睨みつけた。


そして、拳を握りしめた。




ギルド〈ヴィス〉の作業場には、今夜も魔導石の青い光が静かに灯っていた。


クラフトとリリーは向かい合って座り、黙々と作業に打ち込んでいた。机の上には未加工の魔導石が山と積まれ、それぞれにスキルを転写するための資料が散らばっている。


クラフトは自分の手元を見つめながら、無言で額の汗をぬぐった。


(……やっぱり、今までと別物だな。工作のコピースキル……なんていうか、自分の手じゃないみたいだ)


彼の指先は動いていた。けれど、それはかつてのように“馴染んだ技術”ではなかった。


魔導石に刻むべき線は、どれも微妙にズレていく。角度、深さ、刻印の流れ——どれも理論通りのはずなのに、石は思うように応えてくれない。まるで、クラフトの意志を拒むかのように。


(……やっぱり、違うな)


心の中で苦く呟く。コピースキルによって再現された工作スキル。技術としては確かに同じはずなのに、手が覚えていた“あの感触”が、そこにはなかった。


それでもクラフトは手を止めなかった。


何度も深く息を吐き、石を持ち替え、刻み直す。


向かい側のリリーが、ついに手を止めて項垂れた。


「クラフト……そろそろ終わろう。もう、腕が限界……」


目の下にうっすらと隈を浮かべ、ぐったりとした声で言う。クラフトは彼女の疲弊に気づき、すぐに頷いた。


「……そうだな。今日はこのへんにしておこう」


一息ついて、ふと思い出したように首を傾げた。


「そういえば、今日ブラスどこ行ったんだ? 朝から姿を見てない」


「さっき、買い出しのときに見かけたよ。……なんか“大事な話をしてくる”って言ってたけど」


「大事な……?」


そのときだった。


「クラフト!! ブラスが!!」


扉が勢いよく開き、キールが飛び込んできた。目を見開いたクラフトが立ち上がる。


「キール!? なんでここに!?」


その問いに答える間もなく、建物の外から——轟音。


ゴォォン……ッ!!


空気を揺らすような爆音が、街の遠くから響いた。


リリーがびくりと肩を震わせ、作業台に置いていた道具が一つ、カランと音を立てて転がった。


「クラフト、説明はあとです。……とにかく来てください!」


キールの顔には、明らかな焦りと、それ以上に緊迫した何かが滲んでいた。


クラフトは無言でうなずき、隣のリリーに手を伸ばす。


「行くぞ、リリー!」


「うん……!」


三人は作業場を飛び出した。夜の街を駆ける足音が、重く、速く、真実へと向かっていた。


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