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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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夜明け前、俺が前に立つ

ブラスとキールが、革命派の民衆が集まる拠点に足を踏み入れたとき、そこには張りつめた空気が漂っていた。


焚き火の火に照らされた顔には、怒りと不安と、ほんのわずかな希望が混ざっている。疲れた顔をした男が叫んだ。


「毎日、歯を食いしばって生きてきたんだ……それでも足りないってのかよ!」


「黙って潰されろって言うなら、そっちが間違ってるんだろ!」


ブラスはその場を見渡した。ひとつひとつの目が、自分に縋るように向けられているのを感じる。ゆっくりと立ち上がると、静かに言った。


「……交渉は決裂した」


その言葉に、場の空気が凍る。


「奴らは、はなから俺たちを潰すつもりだった」


焚き火の音だけが、しばらくのあいだ耳に残る。


「戦争はクソだ。革命もクソだ。そんなもんで何かが変わるなんて、俺は思っちゃいねえ」


言葉を吐き捨てるように呟いたブラスの表情が、徐々に険しくなっていく。


「けどな……俺は、俺の信念を、もう一度取り戻す。だから俺についてきてくれ」


拳を固め、火を背に立つブラスの影は、誰よりも大きく、力強く見えた。


「俺は、俺の仲間を守る。もう、誰も殺させねえ」


その言葉に、誰かが息を呑んだのが聞こえた。すぐに数人が立ち上がり、彼の背を見つめる。


そのとき、キールが前に出てくる。冷静に、理路整然とした口調で、集まった民衆に向けて語りはじめた。


「皆さん、どうか落ち着いて聞いてください。ヴェルシュトラとの戦力差は歴然です。彼らは国家規模の装備、練度、統率を備えた組織です。我々が今ここで立ち上がっても、正面からぶつかれば……勝ち目は限りなく低い」


「一時の感情で動けば、それは命取りになります。あなた方一人ひとりの命が、無駄に潰されてしまうかもしれないんです」


そのとき、民衆の中から怒りの声が上がった。


「……お前に何がわかる! お前に、敗者の屈辱がわかるのか? 這いつくばって、何もできずに、仲間が傷つけられて….踏み躙られる気持ちが……!!」


怒号に近い叫びが飛び交い、民衆の視線がキールに一斉に向けられる。


その言葉に、周囲の民衆たちの目が一斉にキールに向いた。誰も声を上げなかったが、その視線には怒りと不信が宿っていた。まるで「お前に何ができる」と問うかのように。


キールは一歩後ずさり、わずかに目を伏せた。


だが、ブラスは声を荒げることなく、優しく言った。


「お前の限界は、それだよ。……早くヴェルシュトラを抜けて、クラフトの元に戻れ。今のクラフトとなら、きっと上手くいく」


それは導くような、諭すような声だった。


しばらく黙っていたキールが、低く呟いた。


「……ハイネセンです。ヴェルシュトラで革命に賛成しているのは、ほぼ奴だけです。やつを抑えれば、交渉に持ち込めます」


その声には、歯痒さが滲んでいた。


キールは俯きながら、その場を去っていった。





拠点のテントには灯りが絶えなかった。


次々と人が集まり、誰もがどこか浮ついた目をしていた。希望、恐怖、高揚が入り混じった表情。焚き火の周りでは、簡素な鎧を着た者たちがポーションを抱え、隊列の整理を待っていた。


その傍ら、布をかぶせられた大きな箱が運び込まれ、覆いが取られると、中から溢れ出したのは——魔導石だった。


淡く輝く石の山を見つめて、ブラスは思わず眉をしかめた。


(クラフト……)


あいつが、寝る間も惜しんで、一つひとつ作った魔導石。魔力の配列、素材の選別、すべてに彼の手と意思が込められていた。それをいま、自分が「戦争」のために使おうとしている。


(……あいつだったら、絶対に許さねぇよな)


革命を止めに行ったはずの自分が、いまや先頭に立とうとしている。皮肉だと思った。


(どうしようもねぇな、俺は……)


しかし、立ち止まるわけにはいかなかった。仲間が、民衆が、ここに集まったすべての者が、自分の一言に命を預けている。


ブラスは深く息を吸い、立ち上がった。


「……作戦だ」


その一言で、ざわめいていた兵たちがぴたりと静まる。寄せ集めの軍勢、半数は素人、残りも満足な実戦経験などない者ばかりだ。


「複雑なことはできねぇ。だから——4つだけ、頭に叩き込め」


彼の声は、焚き火の煙を裂くように力強かった。


「まず一つ。前線は——俺一人だ」


その瞬間、あたりがどよめいた。


「お前らは、魔導石でスキルを得た一般人だ。多少鍛えた冒険者も混ざってるが……正直、乱戦になったら邪魔だ。いいか、俺以外は“後方”にいろ。遠距離から攻撃する。それでいい」


「まず一つ。前線は——俺一人だ」


その瞬間、あたりがどよめいた。


「お前らは、魔導石でスキルを得た一般人だ。多少鍛えた冒険者も混ざってるが……正直、乱戦になったら邪魔だ。いいか、俺以外は“後方”にいろ。遠距離から攻撃する。それでいい」


「二つめは——」


ブラスは一拍置き、深く息を吸い込んだ。


焚き火の光に照らされた顔は、まるで何かを背負い込むように引き締まっていた。沈黙の時間が、逆に言葉より重く、そこにいた全員の胸に刻まれていく。


「……これで全部だ。絶対に守れ。それだけでいい」


言い切ったブラスの声には、揺るぎない覚悟があった。


作戦の説明が終わり、焚き火の周りで兵士たちがそれぞれ装備の確認や魔導石の受け取りに追われていたそのときだった。


テントの外から、突然、騒がしい声が響いた。


「おい、誰だ!?」「止めろ!入るな、今は——!」


布の向こうで何かが起きている。兵士たちが振り返り、緊張が走る。


ブラスは動かず、拳をゆっくりと握りしめた。


「どけどけィ! おぬしらが乳飲子の頃から、わしは戦場を駆けておったわい!」


場の空気が一瞬にしてざわめく。


入り口の布を勢いよくめくって現れたのは、ボロボロのローブに鋲付きの肩当てを装着した、小柄な老人。白髪をぐしゃぐしゃに結んだ頭の下で、腰にぶら下げられたのは、刃こぼれだらけの、見るからに古ぼけた剣だった。


「なんだあのジジイ……?」


周囲の若者がざわつく中、老人は誰の許可も得ず勝手に壇上へと駆け上がり、堂々と天に指を突き上げた。


「わしは“赤雷のクレイン”。西の魔王を五回倒した男じゃ!」


「えっ……? なんで西に魔王が固まって五人もいるんですか?」


「当然じゃ! 魔王は昔から西に集まるんじゃ!!」


謎の説得力に誰も突っ込めず、空間が老人のペースで制圧されていく。


「……そうそう、わしはあのとき、西側の補給線を……あっ、いや違う。ばあさんが茶をこぼしての……うむ、そうじゃったかの?」


「ほれ、これがその戦功の証じゃ。『今晩は大根とこんにゃくを買うこと』……うむ、間違いない」


離れた場所からその様子を見ていたブラスは、眉をひそめた。


「……あのジジイ、どっかで見た気がするけど……」


その瞬間、クレインはまるでスイッチが切れたように急に周囲を見渡し、ぽつりと呟いた。


「……それより、ばぁさん。朝飯はまだかの?」


民衆のざわめきがピタリと止まる。


「……いや、今、夜ですけど……?」


「そうか……そうか。じゃあ、昼飯でいいぞ」


「いや、だから……今、夜なんですって……」


ブラスはこめかみを押さえ、思わず天を仰いだ。


「ここは療養院じゃねぇぞ……」


しばしの沈黙ののち、ブラスは手を叩き、気を取り直すように声を張り上げた。


「……よし、気を取り直せ! 今は仮眠を取っておけ。ヴェルシュトラの夜警が交代するタイミングで作戦を開始だ!」


兵士たちがうなずき、散っていく。


だがその喧騒の中、民衆に紛れていた一人の黒装束が静かにテントを抜け出した。外の闇に紛れるように姿を消すと、影のような身のこなしで離れた小道へ向かう。


数分後、闇の一角。低く抑えた声が闇に沈んだ。


「ハイネセン様……ブラスが動き出します。民衆の指導権を完全に掌握。作戦は、今夜」


その報せに、闇はただ静かに応えた。


——革命前夜。炎は、密やかに燃え始めていた。


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