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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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オーガ、膝を折る日

革命派の仲間を殺させるわけにはいかない。そう考えたブラスは、ただ一人ヴェルシュトラ本部へと向かった。


その足取りは重く、だが迷いはなかった。彼はすでに覚悟を決めていた。言葉ではなく、拳でもなく、今回ばかりは交渉の場に立つのだと。


ギルドの本部門にたどり着くと、若い門番が手を交差させて制止した。


「ここは立ち入り——」


「おい、やめろッ!」


その声を遮るように、奥から一人の男が飛び出してきた。中年の門番長だった。


「お前、目が節穴か!? この方が誰だかわかってんのか!!!」


門番はきょとんとした顔を浮かべる。


「は……?」


門番長は、その場で胸に拳を当てて直立した。


「ブラスさん! お越しいただき光栄です。すぐにご案内いたします!」


「あ、ああ……」 ブラスは面食らいながらも頷いた。


門番が小声で尋ねる。「あの……誰なんですか、あの人……?」


門番長は顔を赤くして怒鳴った。


「貴様、言葉を慎め! あの方は、かつてヴェルシュトラで数百の戦果を挙げた“ヴェルシュトラのオーガ”と呼ばれた伝説の戦士、ブラス様

だぞ!!」


「オ、オーガ……!?」


「そうだ。大斧一振りで魔獣を屠り、前衛に立てば味方が士気で倍加したと言われた存在……我々の誇りだ」


「ブラスさんがスキップするたび、大地が震えたという話もある!」


「ヴェルシュトラの資料によれば、『ブラスさんがくしゃみをした翌日は、必ず雨だった』と……!」


門番長は厳かに木箱の蓋を開けた。中には、やや使用感のある、木製の歯ブラシが丁寧に収められていた。


「これを見ろ。ブラスさんの使用済み歯ブラシだ」


門番は、一歩引いた。


「……は?」


「俺の誇りだ」


門番の顔が引きつる。


「いや、あの……使用済みって……え、拾ったんですか……?」


「拾った? いや、そんな安直な話ではない。あれは俺が……任務中のブラスさんが留守にしていた隙を突いて、部屋にこっそり忍び込み……」


「えっ、え、侵入したってことですか!? えっ、犯罪!?」


「机の上に置かれていたそれを……己の魂と交換するつもりで、そっと……拝借した」


「……」


門番はそっと距離を取った。門番長は大事そうに木箱を閉じ、深く頷いていた。


案内されたのは、広々とした執務室だった。 大理石の床に、金縁の家具が配置され、壁には高級そうな絵画が並んでいる。空気は重く、どこか張り詰めた静けさに包まれていた。

重厚な机の奥、椅子に深く腰掛けた男がいた。ハイネセン。 その唇には、愉快そうな笑みが浮かんでいる。


「ようこそ、ブラス君」


彼の声は、まるで旧友に挨拶するかのように穏やかだった。 だが、ブラスは一歩たりとも心を許さなかった。



ブラスが執務室に足を踏み入れると、ハイネセンは重厚な椅子に深く腰掛け、まるで劇でも観るような愉悦の笑みを浮かべていた。


「で、なんのようかね?」


指を組んだまま、余裕たっぷりに問いかけてくる。


ブラスは一拍、呼吸を整えると、低く静かな声で切り出した。


「交渉に来た。……あんたらの妨害を止めさせたい。革命を止めるために、こっちが持つ魔導石の技術や流通網の一部を提供する用意があ

る」




「止める?」


ハイネセンはくつくつと喉を鳴らして笑いながら、椅子から立ち上がった。


「いやいや、分かっていないな。暴動……いや、革命というべきか。あれはもう止まらないよ」


その声には、冷徹な確信が滲んでいた。


「むしろ都合がいいんだよ。魔導石を使った“独自経済圏”を形成しようとした君たちを革命勢力として仕立て上げる。粛清の対象としては申し分ない」


ブラスは思わず目を見開いた。


「……何?」


「革命勢力として扱えば、大義名分が立つ。ヴェルシュトラは“治安維持”という名目で、お前たちの市場を潰せる。そして、魔導石に関わる流通と技術をすべて吸収できる」


ハイネセンの語調はあくまで冷静だった。


「支配下に置いた後は、必要な部分だけを選別して利用すればいい。残りは処理すれば済む。結果として、ヴェルシュトラは新たな収益源と独占市場を手に入れるわけだ」


「君の仲間たちは、そのプロセスにおける“必要な摩擦”というだけさ」


「てめぇ……っ!!」


ブラスは拳を握りしめ、今にも殴りかかりそうな勢いで前のめりになる。


「おっと、そんな態度では交渉にならないぞ」


ハイネセンは指先を振りながら、まるで子どもを諫めるように言った。


「君は『仲間のために』来たのだろう? “仲間のために何でもする”んだろう?」


ブラスの全身が、怒りと屈辱に震えていた。


ハイネセンは机からゆっくりと歩き出し、ブラスの目の前で立ち止まると、軽く笑った。


「なら、証明してみせてくれ。這いつくばって、私の靴を舐めてみせろ」


一瞬、空気が凍りついた。


「……は?」


ブラスが思わず聞き返す。


「何だ、聞こえなかったか?」 ハイネセンは、さらに一歩近づいて顔を覗き込むように言った。


「理想とはその程度で潰れる。君の仲間に、それを示してやるべきじゃないか?」


「君のプライドなど、世界にとっては何の意味もない」


ブラスの全身が、ビリビリと震え始めた。怒りと屈辱、そしてなにより、仲間を思う焦燥が、抑えきれない熱となってこみ上げてくる。


「フザけるな……!!」


拳を握りしめ、肩が大きく波打つ。目の前にいる男を、今すぐ叩き伏せたい——その衝動が喉までせり上がる。


「俺は……!」


「できないのか?」 ハイネセンはわざとらしく首を傾げ、冷笑を浮かべた。


「君の仲間は、ヴェルシュトラの精鋭部隊によって一掃される運命だよ」


「君がここで膝をつけば、それを止めてやろう」


ブラスは、歯を食いしばった。

手が震える。

拳から血が滲むほど力を込めても、それでも怒りは収まらなかった。


(……仲間を、死なせるわけには、いかねぇ……!!)


彼は、ゆっくりと、膝をついた。


その動きは、まるで自分の肉体をひとつずつ切り落としていくような痛みを伴っていた。

全身が怒りと屈辱に震える。

それでも、ブラスは頭を垂れ、ハイネセンの靴へと顔を近づけていった。


「ははは、素晴らしい!」 ハイネセンが満足げに笑う。


「さあ、どうぞ」


ブラスが唇を開こうとした、その瞬間——


ハイネセンの靴が振り抜かれた。


鋭い衝撃が顔面を打ち抜き、ブラスの身体が床に転がる。


口の中に、鉄の味が広がった。


血の味を感じながら、ブラスはゆっくりと顔を上げた。


ハイネセンは大笑いしていた。


「冗談だよ、ブラス君」


「君の汚い涎で、靴が汚れては大変だ」


笑いながらそう言い捨てるハイネセンの姿に、ブラスは言葉を失った。


全身が震えていた。

それは、怒りなのか、悔しさなのか、自分でも分からなかった。だが、ただ一つ確かなのは——

ブラスという男が、今まさに限界まで追い詰められているということだった。


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