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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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革命の声と、冷徹なる秩序

重厚な書棚と石造りの壁に囲まれた、ヴェルシュトラの上層部執務室。

室内に足音が響き、ハイネセンが一礼もなく進み出る。


「……少々、気になる報告がございます」


は書類に目を落としたまま、手を止めない。


「……クラフトたちに、妙な動きがあります。

民衆を煽り、既存の流通に異議を唱え、いわば“小規模な秩序”を作ろうとしている。

今のうちに一網打尽にすべきかと」


ギルド長の書類のページが静かにめくられる音だけが、しばらく続いた。


「……お前は、何を恐れている?」


その言葉は、紙よりも薄く、しかし確かに鋭く室内を切り裂いた。


ハイネセンはわずかに笑みを作り、軽く首を傾ける。


「恐れ、とは心外ですな。私はただ、火種が燃え広がる前に、手を打つべきだと。

愚か者が英雄を気取り始める前に、舞台ごと崩してしまう。それだけの話です」


ギルド長の視線がようやく上がる。

その目は、何も映さぬ鏡のようだった。


「……その“愚か者”を、私が裁くとでも思っているのか?」


「裁くかどうかは、あなたの自由意思です」

ハイネセンはわざと肩をすくめてみせる。


「私はただ、秩序に牙を剥く者が現れたとき、“機会”を見過ごすべきではないと言っているだけです。

どうあれ、ヴェルシュトラにとって好ましくない芽が育ちかけていることは、事実でしょう?」


ギルド長は一切頷かず、静かに口を開く。


「……革命を望む者は、どこにでもいる。

だが、それがただの暴徒なのか、新たな秩序を生み出す者なのか……それを決めるのは、我々ではない」


「では、見逃すというお考えですか?」


「貴様の言う“機会”が、我々にとって本当に利益となるのかどうか……」


ギルド長は机を軽く指で叩いた。乾いた音が、広い室内に不気味な余白を作る。


「ヴェルシュトラは、“努力した者に機会を与える”組織だ。

革命を叫ぶ者がどれほどのものか……私は、それを見極めているに過ぎん」


ハイネセンの表情にわずかに揺らぎが走る。


ギルド長の声が一段低くなった。


「“革命”を仕掛けているのは、本当にクラフトたちか?」


沈黙。


ハイネセンはすぐに笑顔を戻すが、眉間には薄く皺が刻まれていた。


「もちろんですとも。彼らは市場を乱し、人々を煽り——」


「……市場を乱しているのは、クラフトたちだけか?」


その一言に、ハイネセンの言葉が止まる。


ギルド長は静かに続きを述べる。


「……非公式な“戦力”が、夜ごと整然と誰かの指示で動いているようだ」


「それは、興味深いご観察ですな。ですが私には、そのような報告は届いておりません」


ハイネセンは涼しい顔で返し、手を前で組む。余裕の表情。まるで、“その問いそのものが愚問だ”とでも言いたげに。


ギルド長は書類の一枚を静かにめくりながら、声を落とした。


「仮に、私兵のようなものが暗躍しているとして、それを私がいつまでも黙認しているとでも思ったか?」


その声は静かだが、まるで測りのように、相手の内面を量ろうとする鋭さを帯びていた。


一瞬だけ、空気が張り詰める。


だがハイネセンは微笑みを崩さず、まるで“気のせいでしょう”とでも言うように目を細める。


「私兵とはまた、物騒なお言葉を……。あまり軽々しくお使いにならぬ方がよろしいかと。誤解を招きますので」


「そうか」


ギルド長は頷くでもなく、ただ書類に目を戻した。


「“誤解”であればいいのだがな。……でなければ、我がギルド内に“野心”を抱く者がいることになる」


ハイネセンは肩をすくめ、言葉の棘に微笑みで応じる。


「ヴェルシュトラは“機会の均等”を掲げる場所です。

……誰もが理想を語り、少しの野心を抱ける。その余白こそが、この組織の強さでは?」


ギルド長は何も返さず、書類の角を丁寧に揃える。


「……そうか。ならば、しばらく様子を見よう」


その声音には明確な命令も拒絶もない。ただ、「見ているぞ」という冷たい重さが残された。



重厚な扉が静かに閉じられる音が、石造りの廊下に響いた。

ギルド長の執務室を後にしたハイネセンは、しばらく無言のまま立ち尽くしていた。


扉に背を向け、深く一つ、息を吐く。


表情は無機質。だが、その目だけが鋭い光を帯びていた。

研ぎ澄まされた刃のように、冷たく、迷いのない光。


静かな足取りで数歩進み、ふと立ち止まる。

誰もいない長い廊下を見渡すように、首をわずかに巡らせた。


「……影の動きまで把握していたか。さすがですな」


低く漏らしたその声には、動揺の色はなかった。

むしろ、ひとつ賭けに負けた男のような、乾いた納得だけが漂っていた。


一瞬、目を伏せる。口元がわずかに歪み、苦笑のようなものが浮かんだ。


だが、それは敬意ではなかった。

計算された演技の延長。——戦略の一部。


「ふむ……ここで私を処分しないということは、まだ利用価値があるということか」


冷静な声でそう呟くと、右手をゆっくりと握りしめ、そしてまた開いた。


口元に小さな笑みが灯る。


「ええ、それでこそ私の主人……いや、現時点での主君と呼ぶべきですな」


静かに指を弾いた。

かすかな音が、何かの合図のように響いた後、彼は再び歩き出す。


その歩みはゆるやかだが、確実だった。

踏む一歩ごとに、彼の中で何かが決まり、並び替えられていく。


「さて、次の一手はどうする?」


独り言のように、ハイネセンは低く呟く。


「ヴェルシュトラの存続が最優先……それは揺るがない」


歩みは止まらない。


「だが、それを支えるのは誰だ?」


淡々とした口調。だが、その一語一語が鋭く脈打っていた。


「クラフトか?……ギルド長か?……それとも、私か?」


廊下の先には何もない。

だが、彼の目は遠く、先の未来を見据えていた。


冷たい石畳を踏みしめながら、ハイネセンは静かに、確実に、

己の“最適解”を練り上げていくのだった。


夜の空気は、妙に湿っていた。

革命前夜——その言葉が似合うほど、街の空気には緊張と高揚が入り混じっていた。


ブラスは、人気のない裏路地に立っていた。

だが、すぐに足音が近づいてくる。やがて現れたのは、数人の革命派の若者たち。

その顔には疲労と興奮、そして何より——切実な期待が張り付いていた。


「ブラスさん……!」


先頭に立つ男が、深く頭を下げた。


「どうか……俺たちのリーダーになってくれ。あなたしか、もう……」


ブラスはその言葉を最後まで聞かず、腕を組んだまま低く唸った。


「……何度も言ったろ。そんなもん、俺はやらねぇ」


「でも……!」


「革命なんて、勝てるわけがねぇんだよ」


吐き捨てるように言ったブラスの声は、いつになく冷たかった。


「ヴェルシュトラの軍勢を……まともに相手にできると思ってんのか?」


革命派たちは言葉を失う。だが、誰一人下がろうとはしなかった。


「……それでも、あんたがいるなら、戦える気がするんだ」


か細く、だが真っすぐな声だった。


その言葉に、ブラスはわずかに眉をしかめた。


「馬鹿野郎……!」


声がはっきりと怒りを帯びる。


「お前ら、戦いを知らねぇだろ!」


ブラスは一歩前に出た。全身から発される威圧に、青年たちは思わず息を呑んだ。


「お前らが戦場に立ったら、どうなるか分かるのか?

スキルが使えるからって、戦えると思うなよ。実戦のない奴らが、命のやり取りをしたこともねぇ奴らが、

ヴェルシュトラの精鋭とぶつかって、勝てるわけがねぇだろ!!」


路地の空気が一瞬にして凍りついた。


誰もが黙り込む。だが、それでも——その沈黙のなかで、一人が口を開いた。


「……俺たちには、他に道がないんです」


かすれた声だった。それが現実だった。


ブラスは、しばらく彼らの顔を見つめていた。

若さ、未熟さ、焦燥、そして覚悟。何もかもが混ざっていた。


「……チッ」


舌打ちとともに、ブラスは彼らに背を向けた。


「くだらねぇ……」


歩き出した先で、ふと彼は立ち止まり、背中を向けたまま低く言った。


「俺がヴェルシュトラに直接、話をつけてくる」


沈黙のなか、その言葉だけが鋭く刺さる。


「だから……絶対に、それまでは手を出すな。戦うな。まだ、遅くはねぇ」


声に怒気はなかった。ただ、信念と、覚悟だけが宿っていた。


誰一人、返事はできなかった。

だが、ブラスの言葉は、革命派たちの胸に強く、深く、突き刺さっていた。


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