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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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火種と、燃え上がる名

ハイネセンの妨害工作が続く中、街の広場に集まった群衆がざわついていた。

焦燥と怒気が混ざり合い、空気は重たく膨らんでいた。冒険者たちの目は血走り、職人たちの拳は震えている。


「おい、ブラス! あんたも知ってるんだろ!? これはヴェルシュトラの仕業だ!」


怒声が飛ぶ。


「このままじゃ俺たちは何も守れねぇ! こっちにはスキルコピーがある、戦えるんだよ! 反撃しようぜ!」


「お前についていくよ、ブラス!」


「ヴェルシュトラなんかに屈するくらいなら、ここで一発、やってやろうじゃねえか!」


次々に駆け寄る冒険者や職人の肩を、ブラスは両腕で制しようとした。


「……落ち着け! お前ら、落ち着けって!」


声を張っても、興奮と怒りに飲み込まれそうになる。

群衆の熱量は、すでに一触即発だった。


クラフトは目を伏せる。


(……俺は、経済だけで戦えると思ってた)


頭の奥に、あの日のキールの言葉が甦る。


——理想だけじゃ、社会は動かない。

——その理想は、いつか取り返しのつかない間違いを犯す。


(俺は……甘かったのか?)


息が浅くなる。

だが次の瞬間、焼け跡で見た剣の重みが、指先に蘇った。


(違う……俺は、この道を信じるって決めたんだ)


迷いはまだそこにある、だがそれでも前を向きクラフトが一歩前に出た。


「……武力じゃ、何も変わらない」


沈黙が、広場に落ちる。


「戦ったら、俺たちの市場は“正義”じゃなくなる。革命なんて言葉を使った瞬間、こっちも破壊する側になるんだ」


冒険者たちの顔に戸惑いが戻る。

その言葉に救われたように息をつく者もいたが、すべてではなかった。


「でもよ……クラフト……」


一人の若い鍛冶師が声を上げた。

袖がすすで黒く染まり、まだ火傷の跡が残る腕を晒したまま。


「俺はあんたが作った市場に救われたよ。材料を仕入れられるようになって、飯も食えるようになった。あんたには感謝してる。だけど、それでも……」


言葉を詰まらせ、拳を握りしめる。


「それでも、仲間が傷つけられて、何もできないなんて、もう耐えられねぇよ……!」


その一言に、また別の声が上がる。


「クラフト、お前がやろうとしてることは、正しいかもしれねぇ。でも、それじゃ“遅い”んだよ。もう待てねぇんだよ!」


「あいつらは黙ってたら、潰しに来る。こっちが理想を語ってる間に、現実が壊されてんだ!」


怒りと涙が混じる声が、あちこちから吹き出していた。

誰もが正気だった。冷静でもあった。だが、傷ついていた。


クラフトはそのすべてを、否定しなかった。

その場に立ち尽くし、拳を握ることしかできなかった。



ヴェルシュトラ中枢の会議室。

分厚い絨毯に沈んだ足音と、沈黙の支配する空間の中、ハイネセンは椅子に背を預け、窓の外を見下ろしていた。


「どうだ」


低く、抑えた声が響く。


「妨害工作の成果は出ているか? ……ヴェルシュトラに職人や加工業者が、流れてきているか?」


机の前に立つ影の男は、わずかに肩をすくませた。

黒い装束の顔は読めないが、その気配には明らかな気まずさがにじんでいる。


「それが……一部の工房や流通業者は確かに戻ってきました。しかし……」


「しかし?」


ハイネセンの目が鋭くなる。


「ヴェルシュトラへの反抗心を持つ者たちが、逆にあちらへ結集し始めております。攻撃を“圧力”ではなく、“敵意”として受け取っている者が多く……。一部では、かなり物騒な気運も……」


報告の最後は、まるで声が遠慮したかのように小さくなった。


だが、ハイネセンは沈黙したまま、椅子の肘掛けに指を軽く叩いていた。

数秒の静寂の後、彼はふいに噴き出すように、笑った。


「……ははっ、なるほどそうか」


笑みが徐々に深まり、目が細くなっていく。


「それは……実に結構だ」


一歩、椅子から立ち上がると、窓辺に歩み寄り、手を後ろに組む。

街を見下ろすその背中からは、静かな高揚が滲み出ていた。


「“抵抗の芽”が自ら顔を出してくれるとはな。これほどわかりやすい敵意はない。しかも、民衆が“勝手に暴れた”という体裁つきでだ。いやぁ……これは実にありがたい」


顔を振り返り、報告者へと向けられたその目は、愉悦に満ちていた。


「ほら見ろ。“大義名分”だよ。秩序維持のための、正当な介入だ」


その言葉には、一点の迷いもなかった。


「こっちは正義として振る舞える。堂々と、綺麗に、まとめて排除できる。なんて優雅な話だろう?」


指先がリズムを刻むように宙をなぞる。


「いいか、こういうのはな、“敵”に怒らせてもらうのが一番手っ取り早いんだよ。暴れてくれれば、あとは“掃除”するだけだ」


満面の笑みで、ハイネセンは皮肉にも柔らかな口調で言い切った。


「これは、まさに……理想的な展開だ」


報告者は黙って頷いたが、その背筋にはほんのわずかに緊張が走っていた。


「……あとは、あの目障りなブラスを処理するだけだな、あいつは知りすぎている….」


執務室の奥、背もたれに深く沈みながら、ハイネセンは静かに呟いた。

窓の外は夜。だが彼の頭の中では、すでに次の局面が動き始めていた。


「おい」


控えていた“影”の一人が、一歩進み出る。


「市民に潜入しろ。ブラスを“革命の象徴”に担ぎ上げろ。持ち上げすぎて自壊させる。わかるな?」


「そ、それが……」


影が珍しく歯切れ悪く言葉を濁した。


ハイネセンの眉がぴくりと動く。


「……どうした?」


「……すでに、もう、盛り上がってまして……」


「……は?」


ハイネセンの表情が固まる。


影はさらに口を重ねるように、手元の報告書を開き、読み上げ始めた。


「現地の声より、抜粋いたします」

「……『やっぱブラスだろ』」

「『ブラスの大胸筋についていく』」

「『いや俺は広背筋だね』」

「『ブラスが一晩で払った酒代で、経済の虚構に目が覚めた』」

「……『ブラスという存在がすでに一つの思想体系だ』」


ハイネセン:「…………」


「……妙なカリスマ性で、現在すでに熱狂状態です」


沈黙。


ハイネセンの笑みが、すっと引いていく。

口元が微かに痙攣し、目が虚ろになる。


「……ふざけてるのか?」


影は動かない。


ハイネセンは小さく、だが確実に震えていた。


「……もういい。下がれ」


静かな怒声だった。


影が即座に姿を消し、執務室に静寂が戻る。


ハイネセンは、しばし机に肘をついたまま動かなかった。

だが次の瞬間——


「……やっぱり、あいつは危険だ」


唇を噛むようにして、低く呟いた。


「ヴェルシュトラにいた頃もそうだった……なんとか“副団長”の地位で押さえつけていたが、あいつの周りには常に人が集まった。何もしなくても、勝手に派閥が育っていった……!」


バンッ!


怒りが臨界点を越え、重厚な机が蹴り飛ばされた。

厚い木製の引き出しが一瞬浮き、鈍い音を響かせて床に着地する。


「意味がわからん……!」


歯ぎしりが混ざった声が室内に響く。


「金も! 脅迫も! 圧力も! 取引も! 一切使わず……なぜだ……なぜ、それができる!?」


答えは返ってこない。重苦しい沈黙だけが、彼の焦燥を反響させていた。


ハイネセンは、深く、低く息を吐き、そして一言。


「……絶対に、あいつを始末しなければ」


その声音には、もはや計算も皮肉もなかった。

ただ純粋な、恐怖からくる殺意が潜んでいた。


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