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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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笑う支配者と、抗う者たち

重厚な石造りの会議室。

ヴェルシュトラ本部の最上層、選ばれた者たちだけが集うこの場所には、冷えたワインと静かな笑い声がよく似合う。


テーブルの中央には、数枚の報告書が整然と並べられていた。そこには、あるパーティの名があった——ノクス。

そして、その代表者の名はクラフト。


テーブルの中央には、地方ギルド「ノクス」の活動報告書。クラフトたちが独自の流通網を築きつつある、という内容が記されている。


ある幹部が書類を眺めながら、薄く笑った。


「……“努力する者に機会を”。我々が掲げてきた理念を、彼らなりに真似ているつもりなのか?」


隣の幹部が肩をすくめる。


「真似るのは自由です。我々は理念を制度にし、構造にし、国家に提供してきた。彼らはせいぜい、“情熱”と“手作りのマント”ですか」


「理想を掲げるのは簡単です。それを数年、数十年と維持するために必要な“現実の器”を彼らは持っていない。」


「まったく。理念を口にするには、まずそれに耐え得る地盤を築いてからにしてほしいものですね」


理性的で皮肉に満ちた笑いがテーブルに響いた。

だが、その中心にいるハイネセンは、終始無言だった。


(専売契約で一手は打った。市場を押さえるには十分なはずだった……だが、それでもなお、抗ってくる。)


ハイネセンの目が細く鋭くなる。


(確実な脅威だ……このまま放置すれば、数年後には我々の競争力が崩れる)


ハイネセンは静かに立ち上がり、窓辺へと歩いた。

遠く、ヴェルシュトラの支配領域の外。そこに芽吹いた新しい仕組みが、やがて自分たちの足元にまで浸食してくる光景が、ありありと想像できた。


(……本来なら、今すぐ潰しても構わない。だが、それができない)


理由は明白だった。

ノイン案件——あのとき、彼はヴェルシュトラ内の一部業者に対して、「専売契約による統制」という強硬策を用いた。

表向きは市場の安定化だったが、実際には反発分子を切り捨てるための“力の行使”だった。


(あれで十分にギルド長の警戒心を買った。表立ってもう一手を打てば、次は私が“過剰な抑圧者”として処理される)


ギルド長は、支配の正当性を何より重視する男だ。

力を使うこと自体は否定しない。だがその力が、「秩序の名にふさわしいか」を常に見ている。


(今、私の名でヴェルシュトラを大きく動かせば、“理念を乱す者”として粛清対象になるだろう)


「……専売契約でも潰せない。市場戦で止まらないというのなら……」


「……くだらん」


まるで何かに悟ったように、静かにため息をついた。


「シンプルだ、裏で潰せばいい」


振り返ったその顔には、満面の笑みが浮かんでいた。

その笑みは、どこまでも穏やかで、どこまでも冷酷だった。


幹部たちの高尚な談笑のなかで、ハイネセンだけが、別の戦場を見ていた。

知性と策略の仮面の裏で、最も速く、最も静かに動き出していたのは彼だった。





ギルドの片隅にある小さな作業部屋。

クラフトたちは机を囲み、魔導石の製作と流通経路の整理作業を進めていた。

窓の外では夕陽が差し込み、室内を暖かな橙色に染めている。


ブラスがニヤニヤと笑いながらクラフトに顔を向けた。まるで“いいネタがあるぞ”と言いたげに。


「最近、黒炎たちのこと、“爆速ロバさん”って呼ばれてんの、知ってたか?」


クラフトは手元の書類から顔を上げた瞬間、ぷっと吹き出した。


「……誰が言い出したんだよ、それ」


「知らん。たぶんリリーだろ」


ブラスがクラフトを見ずに言うと、横で紅茶をすすっていたリリーがピクリと反応した。


「……」


言い返すこともせず、ただ目だけをそらしながら、無言でカップを置いた。


「そ……それより、薬師のおじいさん……すごく頑張ってるみたいだよ!」


話題を変える声は、どこか早口で不自然だった。


「……おぉ、よかった!」


クラフトは素直に嬉しそうに笑い、頷く。


しかし、ブラスは少しばかり顔をしかめながら付け加えた。


「いや、そのじいさん……3日3晩寝ずにポーション作り続けて、今朝ついに気絶したらしいぞ」


「“スキルの力って……素晴らしい……”って言い残して倒れたってさ」


「……!」


リリーは紅茶のカップを手に、満足そうに微笑んだ。


「でも、嬉しそうだったし! よかったよね?」


「いや、普通に危ないだろそれ」


クラフトは呆れたように頭を抱えた。


そこに、突然扉が控えめな音を立てて開いた。


「おやおや、ずいぶん楽しそうなことになってきたねぇ」


その声とともに、ふわりとした足取りで現れたのはオラクスだった。

飄々とした笑みを浮かべ、まるで空気の隙間を縫うように作業場へと入り込んでくる。


その姿はやけに軽く、けれども空気が一段ひんやりと引き締まるような気配があった。


「新しいスキルのかたちだけじゃなく、経済網まで作ろうとするなんてさ。……ちょっと驚いたよ」


目を細めるその口ぶりは、まるで道化。

掴みどころのない調子でありながら、含むものは決して軽くなかった。


クラフトが手を止め、眉をひそめる。


オラクスは、その視線に気づいていながら、あえて目を合わせない。

代わりに机の端へと視線を移し、そこに置かれた魔導石を手に取る。


「……まさか魔導石に、こんな使い方があるなんてねぇ」

まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように、感心したような口調だった。


「スキルを写して、繋げて、網を作る……力が、人の手から離れて、次の手に渡る。まるで、意思が伝播していくみたいだ」


彼は魔導石をそっと戻し、くるりと身を翻して、部屋を見回す。


「力は、灯にも刃にもなる。

どれだけ丁寧に使っても、映る景色が違えば、影の形も変わる。

歴史はいつだって——まっすぐ同士がぶつかって、歪んで、砕けて、進んでいくんだ」


オラクスは続ける。


「その衝突の中で、必ず犠牲になるのは……声を持たない者たちだよ

選べない者たち。戦場の外にいる者たち……つまり、守られるべき人たちだ」


クラフトは何も返さなかった。

ブラスは唇を結び、椅子の背にもたれる。

リリーが手元のカップをそっと置く。その音だけが、やけに大きく響いた。


その視線は、誰を見るでもなく遠くを見ていた。

その声には、怒りも悲しみもなかった。


沈黙の中、クラフトが低く、だがはっきりと問いかけた。


「……何が言いたい?」


オラクスは肩をすくめ、口元にごく薄い笑みを浮かべる。


「ヴェルシュトラがね、きな臭い動きを始めてるんだよ。表向きは静かでも、牙を研いでるよ」


その言葉に、ブラスの目が鋭くなる。


「表では競争を装い、裏では潰すつもりかよ……ハイネセンだな」


「僕たちはねただ、みんなが笑って暮らせるそんな社会を願っていただけなんだ」

声の調子はいつもと同じく軽いのに、なぜかその言葉だけが、胸の奥に残った。


一瞬の沈黙が流れた後、オラクスは軽く手を振った。


「じゃあね」


そして、来たときと同じように、音もなく部屋を去っていった。

残された者たちの胸に、奇妙なざわめきと、言葉にできない問いだけが残った。


オラクスが去ったあと、部屋の空気はしばし沈黙に包まれていた。

クラフトは魔導石を見つめながら、口を開くこともできず、ただ考えていた。


(どうする……?)


(真正面からの勝負なら、迷わず戦える。けど……)


今回は、おそらく表に顔を出さない。


(どんな手段で来るんだ?どうやってみんなを守る?)


(キールなら……どうする?)


ふと浮かんだその名前に、心がざらついた。

だが、今だけは頼りたくなる。


(感情を捨てて、合理的に……? でも、どうやって? 裏で動く相手に、どう立ち向かえばいい……)


(けど、俺には……その手が、浮かばない)


(俺は、どう抗えばいい……?)


クラフトは唇を噛み、無言のまま拳を握り締めた。

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