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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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手放した力と、紡ぎ直す未来

作戦会議と呼ぶにはあまりに質素な木造の小部屋に、クラフト、リリー、ブラスの三人が顔を揃えていた。日が沈みかけた光が斜めに差し込み、机の上に影を作っている。


クラフト資料の束を前に、腕を組んでいた。


「……だめだな。このままじゃ、中小ギルドは干上がる」


言葉にするたび、現実の厳しさがじわじわと胸に迫る。

魔導石でスキルを使って倒した魔物の素材は、どこも買い取ってくれない。

かといって通常のスキルで狩った素材も、最終的にはヴェルシュトラに卸すしかなく、そのたびに中間マージンを取られる。

狩っても、運んでも、売っても、利益はヴェルシュトラに吸い取られるだけだった。


「ヴェルシュトラと取引しないと、冒険が成り立たない……。そんなの、おかしいよ……」


リリーは唇をかんだまま、小さな声で呟く。彼女の前には、まとめた市場動向と物流ルートのメモが広げられていた。


「……“取引しないと生きられない”ってルールを作って、締め上げてんだ。あのクソどもらしいやり方だぜ」


ブラスが椅子にもたれ、天井を見上げながら舌打ちをする。


クラフトは静かに、地図の一点を指で押さえた。


「やるしかない。ヴェルシュトラに頼らずにやれる道を作るんだ。スキルを複製できる手段が、俺たちにはもうある。——魔導石が、俺たちの武器になる」


その声に、ふたりの目が向く。


クラフトは魔導石に軽く手をかざし、光の波紋が走るのを確かめた。


「……そういえば、リディアがさ」


クラフトは小さく笑い、懐かしむように目を細めた。


「昔、ゴブリンの爪を商人に突きつけて値引きさせてたのを思い出したよ」


「うわ、懐かしいな。あれは交渉じゃなくて、ほとんど恐喝だったぞ。あの商人、半泣きだったからな」


ブラスが笑いながら、モンスターの血液を棚に並べ直す。


「だから、ヴェルシュトラと契約してない職人、加工業者を探せばなんとかなるかもしれないな」


「……とにかく、買取先の確保が第一。次は物流だ」


クラフトは積まれた紙束の中から、あるスキル構成案を引き抜いた。


「《無限収納》をコピーして運搬係に渡す。あれさえあれば、一気に素材を運べる」


「けど、担ぎ手が足りねぇだろ?いくら詰め込めても、運べなきゃ意味がねぇ」


ブラスが腕を組む。


「だから《迅行術》も組み合わせる。長距離を素早く移動できるしこれなら少人数でもある程度、運搬効率が上がる」


クラフトは地図をなぞりながら呟いた。魔導石と迅行術の組み合わせで、職人への直接配送が現実味を帯びる。これで中間搾取を完全に切り離せる。


「……でも、それでも加工側もちゃんと回らないと意味ないから」


リリーが資料を手に立ち上がる。


「鍛冶師や薬剤師たちにもスキルコピーを使う。だから……職人さんたちには、《集中活性化》を使ってもらうの。思考も手先も、一気に“ゾーン”に入る感じのやつ。」


「これも合わせて複製して供給するのは?」


「つまり、狩って・運んで・加工して。三拍子そろったってわけか」


「うん。今までは見習い止まりだった職人も、即戦力として動けるようになるよ。失業してた人たちも、仕事を取り戻せと思うわ」


リリーの声に、自然と熱がこもった。


「おいおい、見習いがいきなり達人ってわけか?」


ブラスが笑い混じりに言う。


「達人にはなれない。でも、“働ける”にはなれる。それだけで十分だよ」


「……まぁそうだよな。でも使い道のなかった連中が、即戦力か。面白えじゃねぇか」


ブラスの目に、ようやくわずかな光が戻った。


「これがうまく回れば、ヴェルシュトラに依存しない経済網ができる」


「いいじゃねぇか……けど」


ブラスが言いかけて、眉をしかめた。


「そのスキル、全部どうやって手に入れて魔導石にコピーする、無限収納、迅行術、それに……集中活性化だっけか?」



「三つのスキル——《無限収納》《迅行術》《集中活性化》、俺が一旦全部覚えて、魔導石にコピーするよ

工作スキルを外せば、ちょうど三つ分……枠は空くからさ」


クラフトが静かに言った。積まれた資料の上に視線を落としながら、決意を込めた声だった。


ブラスとリリーが、同時に顔を上げる。


「でも、クラフト……」

リリーが不安げに口を開く。「工作スキルって、すごく大事に残してたじゃない。ずっと『これだけは手放せない』って……。私だって、まだ空き枠あるよ? スキル一つくらい、使わせてよ」


その声には、ただの心配ではなく、兄を思う妹としての戸惑いと寂しさがにじんでいた。


クラフトは少しだけ微笑んだ。


「……ありがとう。でも、俺にやらせてくれ」


そう言いながら、手元の魔導石を指先でそっとなぞる。表面に微かに浮かぶ刻印が、淡い光を帯びて揺れていた。


「今の状況は、俺の理想のせいで起きたことだ。だからこそ、まずは俺が動くべきなんだと思う」


その声は静かで、どこか寂しげだった。


「工作スキルは……コピーして残しておくさ」


しばらく沈黙が続いた。やがて、ブラスが腕を組み直して、ぽつりと呟く。


「……お前もわかってると思うが、多分、魔導石にコピーしたスキルじゃ、前みたいにうまくはいかねぇぞ」


クラフトが顔を上げた。


「魔力の流れが違う。使ってみりゃわかる。表面は同じ動きでも、中身がちげぇんだ。スキルが身体に馴染んでねぇっていうか……お前の手癖とズレが出る」


その言葉に、クラフトはしばらく黙り込んだ。だが、やがてまっすぐにブラスを見返すと、力強く頷いた。


「……また一から、練習するさ」


ブラスが椅子の背にもたれ、腕を組みながら呟いた。


「クラフトの覚悟も決まった……が、問題はその三つのスキルをどう手に入れるかだな」


その声に、室内の空気が現実へと引き戻される。


クラフトは苦笑しながら資料をめくり、ため息混じりに首を振った。


「そこなんだよな……金がない。特に《無限収納》と《集中活性化》、あれは高すぎる。前に市場で値段見て絶望したからな」


リリーが何かを思い出したように顔を上げた。


「……あ、じゃあ“黒炎の使徒”さんの寄付は?」


その名前が唐突に出た瞬間、部屋に一拍の静寂が落ちたが、クラフトは吹き出しそうになりながらも冷静に答える。


「うん、あれはありがたかったけど……それだけじゃ届かないんだ。残念ながら」


リリーは唇を噛み、しばらく深く考え込んだ。やがて顔を上げると、まっすぐな目で言い放った。


「よし、私の《雷耀貫徹》を売ればいいわ!」


「——えっ?」


クラフトが思わず声を上げた。リリーのスキル、《雷耀貫徹》。あの圧倒的な威力を持つ雷魔法は、スキルの中でも高値で取引される貴重なものだった。


「……確かに高価なスキルだけど……それでいいのか?」


リリーは一瞬だけ不安げに笑みを浮かべたが、すぐに真剣な表情に戻った。


「うん。クラフトも頑張ってるし、私も……何かしたいの」


その一言に、ブラスが目を細めた。


「リリー……お前」


ぽつりと漏れたその言葉には、しみじみとした感慨が滲んでいた。あの日、姉の影を追ってばかりいた少女が、いまや自分の意志で歩き出している。その成長と覚悟に、ブラスは静かに胸を打たれていた。


クラフトはゆっくりと頷き、柔らかく微笑んだ。


「……ありがとう、リリー」


そして立ち上がると、テーブルの上に残っていた紙束をひとまとめにした。


「よし、じゃあ——早速準備をはじめよう」


窓の外では、陽がほとんど沈みかけていた。それでも部屋の中には、確かな光が宿っていた。三人の目に宿る意志が、その夜を照らす灯となっていた。




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