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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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恥じた過去と、誰かを照らす声

ギルドの素材買取部門の掲示板に、一斉に新たな通達が貼り出された。


——


【重要:魔導石を用いた狩猟成果の買取停止について】



本通達により、今後すべてのギルド・個人による「魔導石を用いた狩猟素材」の買取を停止いたします。

また、モンスター素材の取引は、ヴェルシュトラ本部を通した専属契約制に移行いたします。


市場の安全性およびスキル濫用の抑制を目的とした措置であり、すべての冒険者・ギルドは本決定に従ってください。


——


「おい……なんだこれ……?」

一人の冒険者が足を止め、掲示板を見上げた。貼りたての紙が、まだ端から乾ききっていない。


その文字列を前に、冒険者たちの顔が一斉に強ばる。


受付カウンターの前には、いつものように素材を抱えた男たちが列をなしていた。だが、その空気はどこか張り詰めていた。


「申し訳ありませんが、魔導石を利用した素材の買取は終了しました」


受付係の女が淡々と告げる。書類の束を整理しながら、目線すら合わせなかった。


「は? ふざけんなよ!」


列の先頭にいた男が、声を荒げた。肩には巨大な角を携えたモンスター素材の袋。額には汗が浮かび、全身が埃と血にまみれていた。


「昨日まで買い取ってたじゃねえか! 俺らにどうしろってんだよ!」


「決定事項です。ご理解ください」


女の声は冷ややかだった。まるで、目の前の人間を“情報処理の対象”としか見ていないような響きだった。


男がさらに詰め寄ろうとしたその瞬間、背後から別の冒険者が静かに口を開く。


「……マジで、やられたな」


その一言で、場の空気が決定的に変わった。


「魔導石での狩猟が主流になってたのに、今さら買取拒否って……ふざけてんのか」


「これじゃあ、魔導石使ってるギルドは全部詰みだろ……」


ざわつきが広がる。


その場にいた多くは中小ギルドの冒険者たちだった。彼らは高価な武具も、洗練された技術も持たない。だが、魔導石の出現により、ようやく“戦える”手段を得ていた。魔導石を駆使した狩猟は、彼らの命綱だった。


それが、突然断たれた。


「理由は“市場価値の不透明性”? バカかよ……それなら整備するのがギルドの役目だろ……」


ヴェルシュトラの言い訳は、誰の耳にも白々しかった。


“安全な取引が保証できない”


“市場の健全化のため”


聞こえの良い言葉の裏で行われているのは、明らかに中小勢力の切り捨てだった。


そして、その結果はすぐに市場に現れた。


買取先を失った素材は、闇市場に流れ始める。だが、そこでも需要と供給のバランスは崩れ、価格は急落。ヴェルシュトラが提示していた買取価格の半額以下でしか、取引されなくなった。


「くそ……これじゃ、赤字だ……」


「やってられるかよ……!」


怒声が飛び交い、拳が壁を叩く音が響く。


だが、誰も受付の背後にいる者たちを動かすことはできなかった。


この世界で、誰が“市場”を支配しているのか。


——その現実だけが、冷たく、はっきりと突きつけられていた。




広場に、怒号が飛び交っていた。


「ヴェルシュトラに独占されたら、俺たちはどうすりゃいいんだよ!」


「このままじゃ食っていけねぇぞ!」


「てめぇの“スキル無償”のせいで、こんなことになったんじゃねえのか!?」


怒り、苛立ち、不安。

冒険者たちの矛先は、確かにクラフトへと向いていた。


クラフトはそのすべてを、黙って受け止めていた。眉をひそめ、唇を引き結び、しかし目は逸らさなかった。


そのときだった。


「……俺は……あの……クラフトに、“尊厳”を……く、くれた、じゃない、くれられた……くそ」


声が震えていた。


ローブをまとった黒炎の使徒が、群衆の中から歩み出てくる。

胸には、かつての“痛み”と、それでも歩みを止めなかった“誇り”が宿っていた。


「……笑われてもよかった。バカにされてもよかった。

でも……俺は、あの魔導石を手にして、初めて“戦える”って思えたんだ……」


震える声で、顔を真っ赤にしながら、彼は続ける。


「……でも、言いたかったんだ。俺……昔は、名前すら呼ばれねぇような、底辺の労働者だった。でも、クラフトが“魔導石”を渡してくれて、それで戦えて……」


彼の声は震えていたが、まっすぐだった。


「俺は、あの日……初めて、自分がこの世界にいていいんだって、思えたんだ。だから……俺は、クラフトを信じてる。信じたいと思えたんだよ」


沈黙。けれど、それは冷たい拒絶ではなかった。


クラフトは一歩だけ前へ出た。


彼の顔には怒りはなかった。ただ、じっと広場を見渡すその目だけが、揺るがなかった。


誰かが息を飲む音が、かすかに響いた。


——沈黙。


「……戦えるようになった奴らから、それを取り上げるのが“秩序”だって言うなら……」


静かな声だった。


「俺は、そんな秩序を信じたくない」


誰もが息を呑んだ。

それは“主張”ではなかった。“願い”だった。

理想を掲げるのではなく、ただ目の前の現実を、諦めずに見つめるための言葉。


「……俺は、諦めない。なんとかする。すぐにはできなくても、必ず、道を見つけてみせる」


そう言った彼の目は、まっすぐだった。

誰にも届かなくても、誰か一人でも、信じてくれるなら——その一人のために、歩き続けるような目だった。


リリーが小さく息を吐き、目を伏せる。

ブラスが、口元だけで笑った。「……ったく、そういうとこだぞ」


静かに、何かが揺らぎ始めていた。



黒炎の使徒はスピーチを終えたあとも少しの余韻を噛みしめながら、人気の少ない路地裏へと歩いていた。


(……やばかった。ちょっと噛んだけど……伝わった、よな?)


胸の奥でまだ熱く燃えているものを感じながら、彼はそっと拳を握った。


だがその背後、闇の中から、ひとつの気配がじっと彼を見つめていた。


物陰に潜む若者。ぎらついた目。荒い息遣い。じっとりとした視線が、黒炎の背中に絡みつく。


(……つけられてる?)


黒炎の使徒がふと立ち止まると、足音もぴたりと止まった。静寂。何かが起きる予感。


(まさか……演説で目をつけられたか?いや、でも俺そこまで有名じゃ……)


背後をゆっくり振り返る。


「……さっきからつけ回してるな。何者だ」


低く問いかけたその刹那、若者が黒炎に向けて一気に距離を積める。


——そして


「さ、さっきの……感動しました……!」


「……え?」


「自分、感動して……!俺、掃除係で……でも、あなたの言葉で……!初めて、“生きてていい”って、思えたんです……!」


土下座でもする勢いで、若者はぐいっと身体を折り曲げた。


「お願いです、サインもらえますか!? あとそのマント! すっげぇかっこいいんですけど、どこで売ってるんですか!?」


「……これ、お母さんの手作りで……」


黒炎の使徒は一瞬、虚を突かれた顔をしたが――すぐに、ふっと笑った。


「……うちに来い」


「えっ?」


「マントの型紙がある」


「型紙……!?」


「作れるぞ、お前のサイズで……お母さんが」


若者の目が、みるみるうちに潤んでいった。


「はいっ!よろしくお願いします、先輩!」


黒炎の使徒はどこか悪くない気分で、そっと頬を緩めた。


闇の中、黒炎の使徒は新たな信者――もとい、仲間を一人引き連れて歩き出す。


その背には、母が仕立てたマントが、誇らしげに揺れていた。


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