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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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消された死と、選び直す意志

夜の帳が下りる頃、ヴェルシュトラ本部の経済部門の一角はすでに静寂に包まれていた。壁際のランプだけが、資料棚の影をぼんやりと揺らしている。


その薄明かりの下、キールは机に広げた書類の山と向き合っていた。


彼の目の下には薄い隈が浮かび、何時間も前に冷めきった紅茶のカップが手つかずで放置されている。


「……違うな。これでは、結局“労働力”の再構築にしかならない……」


低く呟きながら、彼は再び一枚の報告書に目を走らせる。


孤児院の再建案。それを守るため、ハイネセンの“毒”を何とか中和できる策を探していた。成人前の雇用開始、実働任務、違約金、死亡時の損金処理……そのどれもが、制度として成立していても、“人の形”をしていなかった。


「別の制度を流用できないか……ヴェルシュトラの内部就職制度、アカデミアの補助枠、教育給付金……」


彼は指先で書類をめくりながら、複数の制度の整合性をチェックしていく。


しかし、何かが引っかかった。


「……これは……?」


一枚の資料、アカデミア進学支援者の記録。年齢別、スキル取得状況、収入推移。すべての数値が整っているはずだった。だが、その一部が、妙に“間引かれている”ように見えた。


「データが不自然に途切れている……」


ページを繰り、関連する書類を引っ張り出す。別の部署の記録を突き合わせる。スキル取得補助の対象、魔契約者の統計、生活支援者の報告書――次第に、特定の地名が何度も現れるようになった。


「……ロフタの町……」


その瞬間、胸の奥に、冷たい針が刺さったような痛みが走った。


呼吸が浅くなる。喉がひどく渇く。


(まさか……なんで、こんなところで……)


かつて、自分が冗談交じりに口にした言葉が、リディアの死に繋がった。

高額融資が受けられるという噂。それを「笑い話」にして語った夜。

彼女は、本当にそこへ行き、魔契約を結び、そして帰らぬ人となった。


「……ロフタの魔契約記録……こちらでは“融資成功例”として扱われているのに、ここでは……」


その矛盾を追ううちに、彼はひとつの死亡報告書に行き着く。


「死因:自殺」


記録としては、一般的な処理。しかし、キールの眼は鋭く細部を読み取っていた。死亡時の状況、支援対象との連絡記録、保険適用の異常な除外率。どれもが奇妙に一致していない。


「この資料も……こっちもだ」


指先が震える。重ねた資料の隙間から、何か“意図的に隠された構造”のようなものが透けて見える。


キールは、背筋に冷たいものが走るのを感じながら、静かに言葉を落とした。


「……ロフタで魔契約を結んだ者の死亡率が、異常に高い……?」


パチ、とランプの灯がわずかに揺れた。


彼は資料を抱えたまま、椅子に深く背を預ける。そして、沈むような低い声で呟いた。


「……これは、“自殺”じゃない。いや、少なくとも……普通の死ではない」


まるで、点と点がゆっくりと線になって浮かび上がってくる感覚。


「ヴェルシュトラ……いや、これはもう、単なる“制度の歪み”じゃない」


キールの目は、これまで以上に冷え切っていた。


そして、何よりもはっきりと確信した。


「これは、誤差じゃない。隠してる。“誰か”が、意図的に」



数日間、キールは経済部門の一室に籠もっていた。

孤児院支援プランの再検討。ハイネセンに歪められた案を、少しでも現実的かつ倫理的なものへと引き戻すため——


昼夜を問わず、あらゆる資料を突き合わせながら、数字の奥にある「人」の輪郭を探ろうとした。


その時だった。

「キールさん、ハイネセン様がお呼びです」



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