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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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理想という言葉が、最も遠い場所で


ヴェルシュトラ本部の経済部門に配属されてから、キールの働きぶりは目覚ましかった。


需給予測に基づくスキル価格の再編成、魔導石の影響を受けない遠方地域への販路拡大――冷静かつ正確な分析力をもって、次々と改革案を打ち出していくキールの姿に、幹部たちの評価も日増しに高まっていた。


「市場を保護するには、“感情”より“構造”を正すことが先決です」


そう語る姿は、理論に支えられ、誰よりも説得力を持っていた。


スキルの価値が揺らぎ始めたこの時代。ヴェルシュトラはその動揺の渦中にあったが、キールという新たな異端は、まさにその中心で静かに台頭していく。


そんな折、彼は一つの提案を持ち込んだ――孤児院の再建計画だった。



ヴェルシュトラ本部・経済部門の会議室。

石造りの天井から吊るされたランプが、朝の光と交差するように重たい光を落とす。窓辺から差す陽射しは冷たく、黒檀の円卓を淡く照らしていた。


その中心に、キールが立っていた。手には整然と綴じられた一冊の書類。


「これは、孤児院支援の再建プランです」


声音は冷静で明晰。だが、その奥には、何かを押し込めるような抑制の気配が漂っていた。


「衣食住の保障を前提に、子供たちに基礎的なスキル教育を施します。成人後にはヴェルシュトラで雇用し、給与から教育費を段階的に返済する形式です。返済が困難な場合には代替職場の斡旋、返済期間の延長も考慮します」


数名の幹部たちが書類に目を落とし、静かな紙の音が広がる。


「魔導石によってスキル経済が流動化し、安定的な人材供給が困難になりつつあります。本案は、その不安定さを是正する礎になるはずです」


一人の幹部が頷く。


「整っている。さすがだな」


すると、椅子の背にもたれかかっていた男が、にやりと笑った。


ハイネセン。


「本当に……実に、素晴らしい提案だよ。久しぶりに胸が躍る。いや、本当に、君のような人材がいてくれて、助かるよ」


声には過剰なほどの称賛と、妙な艶っぽさがあった。


「……孤児院に目をつけるとは、流石だキール君。逃げ道のない子供たち、従順で、育てれば利益にもなる。本当に……君は善人の皮を被った資本家の素質があるかもしれなねぇ」


キールの眉が、わずかに動いた。


「……それは、制度設計としての“利便性”という意味で?」


ハイネセンは小さく笑う。まるでキールの真顔にこそ滑稽さを感じたかのように。


「そのとおりだとも。実に便利だよ。しかも……いくら死んでも、家族に補償はいらない。最高じゃないか」


その言葉は、楽しげだった。本当に、心から嬉しそうだった。哀れみも罪悪感もない。ただ、“壊れやすい命”が数字に変わることを、彼は心底面白がっていた。


キールの喉元に、冷たいものがこびりつくような感覚が走った。


だが、表には出さない。


「……そうだこうしよう!」


ハイネセンは手をパチンと叩き笑った。


「雇用開始は成人後ではなく、“10歳”から実践に投入しよう。なにより、“使える”うちに労働させるべきだ。教育コストを抑えられる、人材は鮮度が大事だ!」


キールは、数秒遅れて返した。


「……それは、つまり“捨て駒”ということですか」


「キール君そんなふうに言うと聞こえが悪いじゃないか。ただのリソースだよ。“役割”を与える。素晴らしいことだろう?」


本気だった。彼は、心の底から、そう信じていた。


そして——最後の釘を打つ。


「契約の解除についても取り決めよう。教育費の“十倍”を違約金とする。……途中で死んだ場合は?そうだな……損金処理でいいか。」


そのときだった。


キールの中で何かが弾けた。


静かに、息を吸い、言葉を搾り出すように口を開いた。


「……希望のない制度で、誰が……誰が生きたいと思うんですか……?」


ハイネセンは目を細める。


「ん?君らしくない理想主義者に鞍替えかね? ふふ……やれやれ、そういう“純粋な言葉”に、心が揺れるのは若いうちだけだよ」


キールは、わずかに目を伏せた。


その手は、机の下で震えていた。理屈で支えてきた自分の正しさが、今、音を立てて崩れていく。


(私は……こんなもののために、ここまで来たのか……?クラフトなら……あいつは、こんな現実を見ても、それでも“理想を信じる”と言うんだろうか?)


ハイネセンは、嬉々として続ける。


「だがまぁ、私は君のプラン、気に入ったよ。早急に稟議にかけよう。これは……夢だね。“人間”って商品、ようやく本格的に回せそうだ」


会議室に微かな拍手が広がる。


キールは、声もなく立ち上がった。


(……この組織……いやこの男は危険すぎる)


それは、どんな敵よりも確かな直感だった。


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