祝勝会とゴブリンの笑顔
ギルドの門をくぐった瞬間、空気が変わった。
ざわざわ……とした声が広がり、冒険者たちの視線が次々とクラフトたちに向けられる。
「おいおい……」
「マジかよ、あれ……」
「……オーガ、討伐したのか……?」
周囲にいた冒険者の何人かは息を呑み、驚きに目を見開いている。
ギルド内の片隅で酒を飲んでいた男たちも、口にしていたジョッキを音もなく置き、目の前の光景を凝視していた。
――圧巻だった。
並べられた素材の数は、まるで小さな貿易商の荷物のよう。
ゴブリンの牙や爪が大量の袋に詰められ、オーガの分厚い皮や、試験管に収められた黒ずんだ血液が異様な存在感を放っている。
「素材の買取を頼む」
クラフトが受付に声をかけると、買取担当の男は目を丸くした。
「……お、お前ら、マジでオーガ仕留めたのか?」
「あぁ、なんとかな」
「……は、はぁぁ……」
男は頭をかきながら、並べられた素材をじっくりと見回す。
「いや、これ……すげぇな……ゴブリンの群れ相手ならまだしも、オーガまで……しかもこんなに綺麗な状態で持ち帰るなんて……」
ギルドの受付カウンター周辺は、いつの間にか小さな人だかりができていた。
「やっぱりノクス、すげぇな……」
「オーガを仕留めて帰ってくる奴なんて、そうそういねぇぞ……」
「ヴェルシュトラに行かねぇのが不思議なくらいだ……」
冒険者たちがひそひそと囁き合う。
だが、その場の注目を一身に浴びながらも、クラフトは淡々としていた。
男は、素材をひとつずつ確認し始める。
数分後――
「……よし、査定完了だ。全部合わせて、これでどうだ?」
提示された金額を見て、クラフトは満足そうに頷いた。
「十分な報酬だな。これで――」
「待ってください」
横から、キールがさっと口を挟んだ。
「この価格、今の市況と比べると安すぎませんか?」
買取担当が眉をひそめる。
「……どういう意味だ?」
「隣国で戦争が始まっています。それに伴い、上級ポーションの需要が急騰しているはずです」
キールは淡々とした口調で言った。
「つまり、オーガの血液の価値も上がっている。買取価格はもう少し高くなるべきです」
「……キール、いいよ。これで十分だ」
クラフトが落ち着いた声で言う。
「安く買い取られたポーションが、怪我をした兵士や冒険者に届くなら、それでいい」
「クラフト、それは建前ですよ」
キールが、わずかに呆れた表情を浮かべる。
「あなたが安く売ったところで、ポーションは流通の過程でギルドや商人の手に渡り、結局市場価格で取引されるんです」
「でも、多少なりとも安くなれば――」
「ならないんですよ」
キールは軽く肩をすくめる。
「戦争需要で値が吊り上がる市場に、少し安く素材が入ったところで何も変わりません」
クラフトが口を開きかけると、すかさず言葉を重ねる。
「どうしても怪我人を助けたいなら、直接ポーションを買って寄付すればいいんです」
「……」
クラフトは少し考え込み、でもすぐに首を振った。
「俺は、商売がしたいわけじゃない。誰かの助けになれば、それで――」
「でも結局あなたの善意が、商人の儲けに変わるだけですよ?」
「ぐっ……!」
クラフトが言葉に詰まる。
「これ、何回目だっけ? 俺、もう数えるのやめたぞ」
後ろで見ていたブラスが、隣のリディアを肘でつついた。
「そろそろ賭けを始めるか? どっちが折れるか」
リディアは肩をすくめ、ため息をついた。
「……ったく、またこれか」
遠巻きに見ながら、子供の頃から何度も繰り返された光景を思い出す。
理想を掲げるクラフトと、冷静な現実を語るキール。
「そろそろ看板でも作る?『クラフト&キールの白熱討論、毎週開催』って」
呆れつつ、リディアは肩をすくめた。
そして――
「はいはい、そこまで!」
ぱんっ! と手を叩き、二人の間に割って入る。
「いい加減、ギルドで討論するのやめなさいよ」
リディアの言葉に、クラフトとキールは同時に口をつぐんだ。
リディアは腕を組みながら、少しげんなりした表情を浮かべる。
「放っておくと、どっちかが絶交宣言するまで意地を張り続けるんだから……そんなことになったら、また私が後で仲裁しなきゃいけないでしょ? 面倒くさいのよ!」
クラフトとキールは、それぞれ微妙な顔をして目をそらした。
「……いや、そんなことは――」
「あったわよ、何度も!」
ぴしゃりと言い切るリディア。
「だから、そろそろ学習してよね」
クラフトはため息をつき、キールは肩をすくめる。
「……わかったよ」
「ええ、了解しました」
ようやく場が落ち着き、ギルドのざわつきも徐々に消えていった。
「よし、仲直りもできたところで、とりあえず祝勝会行こうじゃねぇか!」
ブラスは豪快に笑いながら軽い足取りでギルドを出ようとする。
その背中を見送りながら、リディアはふと思いついたように口を開いた。
「ねぇ、リリーも連れて行っていいかしら?」
クラフトとキールは顔を見合わせた後、クラフトが頷いた。
「もちろんだ。リリーも一緒に祝おう」
「なら、迎えに行かないとね」
「よし祝勝会だ祝勝会だァ! 肉だ、酒だ、オレの胃袋が戦いを求めてる!」
ブラスが拳を突き上げ、豪快に笑う。
「……嫌な予感がするのは、気のせいかしら」
リディアがため息をつくと、キールが隣で眉間を押さえた。
「どうせまた“おすすめの店がある”とか言い出すんですよ」
「よぉし、今日の祝勝会は、俺のオススメの店を紹介してやる!」
「ちょっと待ってくれブラス!」
クラフトの言葉に、全員が同時にブラスを睨んだ。
「まさか……また、あの店じゃないよな?」
「えっ、あの伝説の“ゴブリン肉専門料理屋”か?」
「うわ……思い出したくなかったのに」
リディアが顔をしかめて頭を抱える。
「なんでよりによって、ゴブリンの脳みそをバターでソテーして出すのよ……」
「しかも丸焼きですよ。ゴブリンの顔が、こっちを見てましたね……」
「“ニヤリ”って笑ってた……よな?」
「違う違う、あれは“焼き目”がそう見えただけで――」
「明らかに目が合ったから!絶対“また来てね”って言ってた!」
「オレ、一晩中悪夢にうなされたんだからな。ベッドの下から“こんがり焼けた奴”が出てきて、“おかわりどうぞ”って……!」
「二度と行かないからね、あんな店!」
「満場一致で却下よ!」
リディアがぴしゃりと手を叩いた。
「……そもそも、なんでそんな店に行こうと思ったのよ」
「いや、だって“ゴブリンも部位によってはうまい”って聞いたし……あと、珍味好きの間じゃ有名で……」
「グルメぶってもダメだから」
「リリーのトラウマを形成するという点では、完璧な選択ですね」
クラフトがやれやれとため息をついた。
「というわけで、今日は“いつもの酒場”でいいよな? あそこなら、少なくともゴブリンは出てこない」
ブラスがぶつぶつ言いながら肩を落とす。
その横で、リディアはくすっと笑った。
「じゃあ決まりね。私は先にリリーを迎えに行ってくるわ」
「……了解。あいつ、きっと喜ぶよ」
クラフトがうなずき、リディアは軽やかな足取りでギルドを後にした。
お読みいただき、ありがとうございました。
小さな物語ですが、どこかに残るものがあれば嬉しいです。
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