表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/131

理想は、ひとりで持つには重すぎる

クラフトはギルドの中庭の片隅、ベンチに腰掛けたまま、ずっと視線を落としたままだった。


その前に、ブラスが座る。酒の瓶を片手に、軽く息を吐いた。


「なあ、クラフト」


ブラスは少しだけ目を細め、まっすぐクラフトを見る。


「クラフト、てめぇの言ってることは、間違っちゃいねぇ。……誰だって、ガキの頃は“こうなったらいいのにな”って夢を持つ。大人になって、忘れちまうだけだ」


「でもな――夢を信じて突っ走るだけじゃ、周りの奴らが置いてかれんだよ」


ゆるやかに声をかけるその響きには、いつもの豪快さはなかった。


「お前、さっき“キールとはちゃんと話した”って言ってたよな?」


クラフトはうなずきかけて、ふと顔を上げる。ブラスは、まっすぐにその視線を受け止めなかった。ただ空を見上げたまま、言葉を続けた。


「……“ちゃんと”って、なんだろうな」


風が吹き抜ける。


「話し合いってのは、“意見をぶつけ合う”ことじゃねえ。“考え”を聞き合うことだろ」


「……」


「お前さ、キールの“提案”だけを見て、“こいつ間違ってる”って決めつけなかったか?その裏にある理由とか、思いとか……聞こうとしたか?」


クラフトの喉が、ごくりと動く。


「アイツのあの言葉、急に出てきたと思ってたら……違うぞ。ずっと、何か飲み込んでたんだ」


ブラスの声が、ほんの少しだけ低くなった。


「それに、お前……怖かったんだろ。キールが“金”を使って社会を動かそうとするのが。

でもな……お前のやってることも、“理想”って名前の力を使って、周りを動かそうとしてるように見える時がある」


「……!」


クラフトの目がわずかに見開かれる。


「理想を信じるのは、間違っちゃいねぇ。けどな、それを信じすぎて“他人の考えを聞く耳”をなくしたら……それはもう、理想じゃなくて、独善ってやつだ」


静かだった。まるで、長い旅の果てにたどり着いた言葉のように、ゆっくりと、胸の奥に落ちていく。


「お前の“正しさ”は立派だ。でも、それで人の声を押し潰したら……ヴェルシュトラと、何が違うんだ?」


クラフトは、何も言えなかった。


ただ、胸のどこか深い場所に、何かが音を立てて崩れるのを感じていた。




ギルドの中庭の片隅、クラフトは黙ってベンチに座っていた。

夕焼けが空を茜色に染め、風だけが静かに通り抜けていく。


リリーはそんな彼を少し離れた場所からじっと見つめていた。


(……空気、重い)


胸の中でつぶやいたリリーは、ふいに真顔になり、小さなノートを取り出す。


「この状況を打開するには……まずは現状分析よ!」


ぱらりとノートを開き、書き始める。


《現状:ノクスが重苦しい》《原因:クラフトとキールの仲違い》《結果:みんな沈黙》《副作用:空気が重い》《補足:私はお腹が空いた》


「よし、まずはSWOT分析ね」


ペンを走らせながら、口元を引き締める。


「S(強み):クラフトの理想は強い! みんなの信頼も厚い!

W(弱み):感情的すぎて論理性がない! キールと大喧嘩!

O(機会):市場に変革の兆し! 今が分水嶺!

T(脅威):空気が最悪。クラフトが夜ご飯を食べてない!


「……ん? 空気と夜ご飯って、SWOT分析に入れてよかったんだっけ?」


首をかしげるが、すぐに気を取り直す。


「気を取り直して……3C分析よ!」


Customer:ノクスのメンバー、そして市場全体。

Company:我らがギルド・ヴィス。

Competitor:ヴェルシュトラ……あと、ハイネセンはなんか嫌い


「市場の不安定、クラフトの精神、メンバーの団結力……この三つの“C”が交差すると……」


その瞬間、リリーの脳内で無数のシナプスが閃光のように弾けた。

数式、論理、感情の断片、そして謎の空腹感までが一気に走査されていく。

すべての情報が渦を巻き、的確な結論へと収束する。

——たったひとつの“答え”が浮かび上がる。


「C=Cooking!?」


「よし!」


クラフトが怪訝そうに振り向いた。


「……?」


「パーティ、やろう!」


「……は?」


近くで聞いていたブラスも驚いた顔をする。


「……え? 今“パーティ”って言った?」


「そう! パーティ! お祝いするの!」


「な、何を祝うんだよ……」


リリーは胸を張って言った。


「……クラフトの石頭がモース硬度10到達の記念のパーティよ!」


クラフトの顔が引きつった。


「……」


「おい、クラフトの顔が真っ青だぞ!」


「しかもそれ祝うのかよ?」


とブラスが茶化すように笑った。


「とにかく! 今このままだと、みんな顔が死んじゃいそうだし!」

「お姉ちゃんなら……こんな時、絶対“場を動かしてた”はずだから!」


リリーの言葉に、空気が少しだけ和らぐ。


「……分かった。手伝うよ」


クラフトが立ち上がると、リリーは拳を握ってガッツポーズを取る。


「よっしゃー! ブラス、お肉! クラフト、椅子並べて! リリーは料理する!」


「うし! 肉なら任せとけ! 俺が三キロくらい焼く!」


「ちょ、そんなに焼いてどうするんだ……」


夜になり、なんちゃってパーティが始まった。


ブラスは炭火を焚き、豪快に肉を焼く。煙がもうもうと立ち上がり、広場を包んでいく。


「煙が……っ、視界が……!」とクラフトが咳き込みながら肉を避ける。


「はい! 焦がしすぎスパイスカレー、完成!!!」とリリーが鍋を掲げる。


「えっと、これは……料理、なのか……?」とクラフトが眉をひそめた。


「食べれば分かる! たぶん平気!」


数分後、ブラスが皿を置きながら言う。


「……すげぇな、逆にクセになってきたぞ」


クラフトは苦笑しながらも、ほんの少し目を細めた。


「ふふっ……計算通り、計画成功ね!」


「本当に計算通りだったのか!?」とブラスが突っ込む。


笑い声と湯気が混じり、少しずつ、3人の空気が緩んでいった。


その片隅で、クラフトはリリーにだけ聞こえるように、小さくつぶやいた。


「……ありがとうな、リリー」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ