表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

73/131

広がる希望、歪んだ現実

クラフト達が魔導石を配り始めひと月が経った頃、昼下がりの街は、いつになく熱気に満ちていた。


ギルドの建物前――広場のあちこちで、人々が騒ぎ、笑い、怒鳴っていた。中でも素材買取所の前はひときわ混雑しており、行列がぐるりと建物を囲んでいる。


「次の方! 名前と素材を――ああ、ちょっと待って、一人ずつ!」


「このアッシュヴァイパーの尾、いくらになる!? さっき倒したばかりだ!」


「グロウファンとの牙もあるぞ! 今朝あのスキルで仕留めたんだ!」


係員たちは査定と記録に追われ、額の汗を拭う暇もない。テーブルの上にはモンスターの素材が山積みとなり、出荷待ちの列は広場の端まで続いていた。


その中には、顔を上気させた若者や、まだ装備の整っていない初挑戦の冒険者たちの姿もあった。


「本当に……タダでもらった魔導石だけで倒せるなんて、思ってなかった」


「このスキル、マジで威力がやばい……!リリーのやつだったんだけど、一撃で大型のモンスターが吹き飛んだんだぞ」


「魔力食うけどな! 俺、次の一撃撃つ前に倒れてたわ」


「わかってねぇな。やっぱりブラスの《震雷斧》だろ。爆音と光の洪水、あれはもう……芸術だ!」


中でも話題になっていたのは、リリーの《雷耀貫徹》だった。


高威力の一点集中型魔法。使えば確実に結果が出るが、膨大な魔力消費により、一部の使用者は昏倒するほど。それでも、大型モンスターを一撃で仕留められるという圧倒的火力は、一攫千金を狙う者たちを強く惹きつけていた。


「こんな俺たちでも何かできるのかもな……」


希望が、街に根を張り始めていた。


だが、その裏では、別の声が漏れ始めていた。


「おい、見たか?この《縮地》スキル、前は十万ゴールドだったのに、今は五千だってよ……」


「くそっ、在庫抱えてるってのに。あいつら何してくれてんだよ」


「スキルの価値が……暴落してる……!」


焦燥の声を上げていたのは、スキルを商材として扱っていた一部の業者たちだった。彼らは、目に見えない敵に資本を奪われていく焦りに駆られていた。


そして、遠く離れたヴェルシュトラ本部の会議室。


報告を受けた幹部たちは、椅子に深く沈みながらも、どこか余裕のある表情を浮かべていた。


「ノクスのクラフト……聞いたことはある。だが、しょせんは地方の小ギルドのやり口だ」


「無償配布など、理念だけの幻想。数年と持たん」


「我々が動く必要はない。やがて自滅する」


誰もがそう思っていた。


だが、その“幻想”は、確実に現実を動かしつつあった。


街の喧騒は数日前よりも増していた。

スキルの転写と無償配布は、当初の目的通り、幾つかのギルドや冒険者の支援になっていた。モンスターの素材買取所には行列ができ、活気ある声が飛び交っている。


「見てみろよ、昨日あのスキル使って、三匹倒したんだ!ほら、これがその爪!」


「こいつぁすげぇな……本当に、ただで配ってくれるのか?」


「おう、信じられねぇよな……でもこれがあれば、俺たちも冒険者になれるかもしれねぇ」


だが、そんな熱狂の裏で、確かに“歪み”が広がっていた。


「……おい、そのスキル、いくらで売ってくれる?」


裏路地で、男が声をひそめて尋ねる。


「五千でどうだ?」


「はっ、昨日は三千だったろ。もう値上がってんのかよ」


「仕方ねぇだろ。今、みんな欲しがってるからな……高く買うやつに売るのが筋ってもんよ」


そんな会話が、あちこちの陰で囁かれていた。


さらに、広場の掲示板にはこんな張り紙まで出回っていた。


《転写スキル高価買取中!特にリリー印の高威力スキル求む!》


ギルドの一角では、数人の男が怒鳴り合っている。


「俺らの方が必要だって言ってんだよ!」


「は? お前らよりうちのほうが人手不足なんだよ!」


本来“平等”を目指した配布は、いつの間にか“取り合い”と“選別”の舞台になりつつあった。


その夜。

ギルドの会議室に集まったクラフトたちは、重苦しい空気の中にいた。


机の上に並べられた数個の魔導石。それは今日配りきれなかった分だった。


「……これじゃあ、スキルを配っても意味がない……」


クラフトが、ぽつりと呟いた。声に、疲れと悔しさが滲んでいる。


「本当に必要な人間より、金を持ってる奴に渡ってる。転売されて、闇取引に使われて……しまいには、犯罪にまで……」


拳を机の上で握る。


「こんなことをしたかったわけじゃない……!」


キールは黙って資料の束をめくっていたが、ふと顔を上げた。


「クラフト、一旦配布を停止しましょう」


「なに?」


「これ以上、拡散すれば制御できなくなる。少し間を置いて、仕組みの見直しを。まずは現状を分析し、次の配布基準を考えるべきです」


クラフトは、しばらく口をつぐんだあと、首を横に振った。


「……でも、それじゃあ“今”困ってる人を見捨てることになる」


「魔導石のスキルには回数制限がある。もう限界まで使った人間がいたら、供給を止めれば……生活に関わる」


リリーが不安そうにクラフトを見つめる。


「……でも、どうするの? このまま続けても、どんどん混乱が広がる……」


「分かってる。けど……止めたら、使ってる人たちの生活が……」


クラフトは顔を伏せたまま、誰にも答えを出せなかった。


部屋の隅で、ブラスが小さく息を吐いた。


「……厄介なもんだな、“理想”ってのは」


その言葉が、妙に静かに響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ