疲れた夜と、言葉の灯り
夜の風が、ギルドの拠点を静かに撫でていた。
窓の外には星が瞬き、遠くで犬の吠える声がかすかに聞こえる。
クラフトはランプの灯りもつけず、薄暗い部屋の隅で一人、背もたれに体を預けていた。
魔導石の配布を終え、ようやくひと息ついたはずの時間。だが、心の中には妙な虚しさが残っていた。
活動のたびに、誰かに拒まれ、言葉を押し返される。
それでも諦めなかったが──それが、正しいことなのか、自信が揺らぐ瞬間もあった。
「俺の言葉なんて……届くわけないのか……」
ぽつりと漏れた声は、誰に向けたものでもなかった。
善意で差し出したものが、疑われ、拒まれ、疎まれる。
まるで、自分が嘘つきでもあるかのように見られた——その感覚が、静かに胸を蝕んでいた。
「……寄り添ったつもりだったんだけどな。結局……何も伝えられてなかったのかもな」
眉をしかめ、額を押さえる。自分の声さえ嘘くさく感じてしまう。理想を掲げるほど、現実の泥が重くのしかかってくる。
そんなクラフトの隣に、リリーがそっと座った。
「……私は、クラフトのやってること、間違ってないと思うよ」
いつもの明るさとは違う、柔らかくて静かな声だった。
「だって、少しずつだけど……ちゃんと、届いてる。今日だって、最後には受け取ってくれたじゃない」
クラフトは何も言わず、ただリリーを見つめた。その目には、ほんの少しだけ迷いが残っていた。
そこへ、のっしりと足音を響かせてブラスがやってくる。
「気にすんな。伝わるやつからでいい」
そう言って、彼はクラフトの背中をぽん、と乱暴に叩いた。
「最初っから全員に伝わるわけねぇしな。地道にいこうぜ、な?」
いつもの豪快な笑顔。だが、その声には確かな温かみがあった。
最後に、壁にもたれていたキールが、静かに口を開いた。
「昔から、あなたはそういう人でしたよ」
クラフトが目を向けると、キールは肩をすくめて苦笑していた。
「理想を掲げて、周囲の迷惑も考えず突っ走って……それでも、ちゃんと前に進んで、気づいたら周りを巻き込んでる」
「まぁ……散々巻き込まれた側の、客観的な意見ですけど」
皮肉めいた言葉だったが、どこか安心感すら覚える響きだった。
クラフトは、小さく息を吐いた。
「……なんだよ、それ」
「経験と事実に基づく客観的な意見ですよ?」
キールの目が、わずかに優しく細められていた。
その夜、クラフトは久しぶりに、ほんの少しだけ肩の力を抜いて、目を閉じた。
すべてがうまくいくわけじゃない。だけど、隣には、こうして並んで歩いてくれる仲間がいる——
それだけで、少しだけ前に進める気がした。




