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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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空回りの英雄と、目覚めし黒炎の使徒

翌朝クラフトの自宅から歩いて数ブロック離れた、魔導石採掘労働者たちが暮らす簡素な宿舎街。クラフトたちは、小さな広場に集まる労働者たちの前に立っていた。


「今日は、これを持ってきた」


クラフトは、木箱から魔導石を一つ取り出し、掌の上で見せる。それは彼らのスキルを転写したものだった。


「この魔導石には、俺たちが使ってる戦闘用のスキルが入ってる。採掘中に、モンスターと出食わしたら戦えるようになる」


男たちがざわついた。


「自分の身を守れるし……運が良ければ、その素材を売って生計を立てることもできる。慣れれば、冒険者として登録する道もある。……ただ、まずは手に取って、実際に使ってみてくれないか」


だが、男たちの反応は冷ややかだった。


「……はあ?」


「何、善人ぶってんだよ」


「どうせ俺たちなんかが使っても、失敗して終わりだろ」


「スキルがあっても意味ねぇよ。俺たちは、努力できなかったクズなんだからさ」


自嘲の混じった笑いが、ひときわ寒さを感じさせた。


その言葉に、クラフトは小さく息を呑む。


どれだけ誠実に語っても、届かない。どれだけ希望を提示しても、信じてもらえない。


「どうせ、お前がそれで何か得しようとしてるんだろ?」


一人の男が一歩前に出て、クラフトをじろりと睨んだ。


「お前、ノクスのクラフトだろ。アカデミアでも優秀だったって噂じゃねぇか。……結局、“上”の奴なんだよ」


クラフトの胸に、鈍い痛みが走った。


言葉が、出てこない。


「お前みたいなやつには、わかんねぇだろうけどな。俺ら、もう夢とか希望とか信じて失敗するのに疲れてんだよ」


横からキールは静かな声でキールが語る。


「……確かに、あなたたちの気持ちはわかります。けれど、それでも選ぶ権利はあるはずです」


「信じるかどうかは、あなたの自由です。ですが……可能性は、もう一度くらい試してもいいものだと、私は思います」


男たちが眉をひそめる。


その場の空気が、重く、閉ざされたものになっていく——


「えっ、それって……“上から来た人”ってこと?」


唐突に、リリーの言葉が場に落ちた。


全員の視線が彼女に集まる。


「でもクラフト、空飛べないよ?子供の時、何回か屋根から飛ぼうとして、膝すりむいてたし……」


ぽつぽつと語り出したその声には、からかいの色はなかった。ただ、思い出を語るような、優しい響きがあった。


「あとクラフトは昔『俺がモンスターを狩ってくる!』って出ていって、すっごく頼もしかったんだよ。……持って帰ってきたの、どんぐりだったけど」


「“盗賊に備えて罠を設置する!”って言ってたこともあったの。でも……庭に水たまり作っただけだったよ。すごいでしょ!お姉ちゃんにすごく怒られてたけど」


「あとね、昔“闇より目覚めし者”って名乗ってて……すっごくかっこよかったんだよ! 自分で名前入りの名札まで作ってたんだ。“漆黒の牙・クラフト”って!」


男たちの中から、くすっと笑いが漏れ始める。


「だからね、上から来たとか、偉そうとか、そんなの違うよ。クラフトは、昔からずっとかっこよくて、でも……“真面目”がちょっとだけ空回りしがちなだけだよ」


その言葉はどこまでも素直で、誇らしげだった。兄を慕う妹のまなざしそのものだった。


「……わかるぜ、同胞よ」


リリーがきょとんとその男を見ると、彼は一歩前へ出て、顔をやや伏せた。


そして、静かに指を立てる。


「我が名は、“深淵より目覚めし黒炎の使徒”……そう呼ぶがいい」


その場の空気が一瞬止まった。


男の目は真剣でどこか誇りすら感じさせる口ぶりだった。


「……あの、それは……」


キールが戸惑い気味に問いかけると、男は頷く。


「我が身に宿る黒き炎は、未だ醒めることなく……この右手に“禍の記憶”として刻まれている……」


右手を握りしめ、遠くを見つめながら言った。


「えっ、かっこいい!!」


リリーは、純粋に目を輝かせていた。


「クラフトの“漆黒の牙”もすごかったけど、“黒炎の使徒”って……なんかこう、背負ってる何かが違う気がする!」


「誰にも……わかってもらえなかった。……この、漆黒の咆哮を……」

「……ありがとう。名を捨てたつもりだったが……今日、救われた気がする」


「くぅ……感動したぜ……!」

周囲の男たちから、なぜか静かな拍手が起こる。


空気が変わったことを察して、ブラスがずいっと前に出る。


「まぁ、くだらねぇ理屈は後だ。とっとと使ってみろや」


強引に魔導石を一つ、男の手に握らせる。


「使ってみて、駄目だったら捨てりゃいい。そんときゃ俺が責任取ってぶん殴られてやるよ」


ブラスの豪快な一押しに、男は呆れたような、けれどどこか諦めにも似た笑みを浮かべた。


「……わかった。じゃあ、試すだけ試してやるよ。どうなっても知らねぇからな」


こうして、最初の一つが、手渡された。


沈んでいた空気に、小さな波紋が広がっていく。


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