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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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癒しの空間と、託された炎

夜の帳がすっかり下り、クラフト宅にはランプの灯が柔らかく揺れていた。

窓の外は静まり返り、虫の声だけが微かに響く。


そんな穏やかな空間に——破滅の足音が近づいていた。


「よっしゃ、入れるぞ!」


ブラスの豪快な声とともに、ドゴォンッと何かが玄関にぶつかる音がした。


「ちょ、待てブラス!そのサイズは——」


クラフトの制止は一歩遅かった。


「へへっ、大丈夫だって! ここ通せば……」


言い終わるより早く、大岩のような魔導石が玄関の敷居にゴリゴリと擦り込まれてくる。


「おいおいおい……!」


クラフトが叫んだ時にはもう遅く、

魔導石の角が壁際に飾られた手作りの木製棚を盛大にへし折り、棚の上のガラス細工の小瓶が——


カシャァァン!


「……俺の作品が……」


「えっ、マジかよ?わるいわるい!でも置き場所がないんだよなぁこれ、重くてよぉ!」


ブラスは反省の色ゼロで、今度は方向転換して魔導石を横向きに押し込もうとする。


「ちょっ、おい! そっちは棚じゃなくて書類箱が……」


ガシャッ! ドン! パキッ!


「…………」


クラフトは、無言で頭を抱えた。


床には砕けた木片と折れた支柱、斜めに傾いた小物棚と、その上で無言を貫く魔導石。

まるで、そこだけ暴力による現代アートだった。


キールが静かに呟く。


「やはり、そうなると思って、クラフトの家を推奨したんです。正解でしたね」


クラフトはゆっくりとキールを振り返る。


「……お前……分かってて言わなかったのか?」


「ええ、言ったら止められますから」


キールは実にさらりと返す。


「ちょっと待て! こう見えて俺は配置にはこだわるタイプだぜ?」


ブラスはまるで美術館の彫像の位置を語るように、魔導石の角度を微調整し始めた。


——そしてその瞬間だった。


クラフトの膝が、カクンッと音を立てて落ちた。


「……ああ、もうダメだ。これは無理だ……」


その場にうずくまり、片手で額を押さえながら、床に突っ伏すように崩れ落ちる。


「どうして俺の家が“想定の範囲内”にされてるんだ……家具……配置……動線……俺の……癒しの空間……」


「おいクラフト、大丈夫か!?泣いてんのか?」


ブラスが屈みこむが、クラフトは床に手をついたまま動かない。


「クラフトの家でよかったと……心から思っていますよ」


口元にだけうっすらと笑みを乗せて、キールは静かに言葉を落とした。


「……なんで俺、こんな奴らとパーティ組んでんだろうな……」


クラフトの呟きは、誰にも届かず、魔導石のきらめきだけが無情に室内を照らしていた。


キールが壊れた棚を横目に、眼鏡もないのに指先で眉間を押さえる仕草。


「……とにかく、家具の弔いは後回しにしましょう」


「本題に戻ります。クラフト、始めましょうか」


その言葉で、部屋の空気が静かに引き締まっていく。


「よし、始めよう。何かわかるかもしれない」


四人の視線が自然とキールに集まる。キールは腕を組み、少し考えてから静かに口を開いた。


「……まず、あの時の状況を整理しましょう。スキルが魔導石に転写されたとしか思えませんが、条件があまりにも不明です」


クラフトはしばらく沈黙した後、ぽつりと呟くように言葉を紡ぎ始めた。


「大量のモンスターに囲まれてたのは覚えてる」


「……洞窟は狭くて、天井も低くて……あの時は、本当にひどい乱戦だった。リディアも……相当、疲れてたんだと思う」


言葉とともに、記憶の奥に沈んでいた光景が静かに浮かび上がる——


***


足場は泥と血でぬかるみ、あたりはゴブリンの断末魔と鋼の打ち合う音に包まれていた。


リディアは必死に戦線を支えていたが、足を取られて転倒した


「きゃっ……!」


体勢を崩しながらも、とっさに放った《閃光炎》。


炎の奔流は本来の標的を逸れ、壁際に埋まっていた一つの魔導石に直撃した。


次の瞬間——


魔導石がまばゆい閃光を放ち、戦場の空気が一変する。


あの光の中で、クラフトは確かに見たのだ。

殺気に満ちた敵の影、仲間たちの位置。すべてが、一瞬で“視える”ようになったあの奇跡の一幕を。




***




「……その時の魔導石を、戦いの後に拾って、ネックレスに加工したんだ」


クラフトは静かに言った。


「リディアが……気に入って……ずっと身につけてくれた」


彼の声には、懐かしさと、ほんの少しの痛みが滲んでいた。


キールが顎に手を添えて言った。


「……偶然だったにしては、出来すぎていますね。しかし……」


「再現するにも、何を再現すればいいかわかんねぇな……」


ブラスが頬をかきながら、難しい顔で呟く。


クラフトも、腕を組み、苦い顔をしたまま唸るように言った。


「……条件が多すぎる……狭い地形、戦闘中、乱戦、疲労、魔力の消耗……どれも当てはまりそうで、決定打がない」


クラフトが腕を組んだまま、うつむいて唸るように言った。


誰もが、答えのないパズルを前に黙り込んでいた。


室内に静寂が落ちる。


ランプの光が揺れる音だけが、時計のように響いていた。


——その時だった。


「……ねぇ」


不意に、リリーがぽつりと口を開いた。


静まり返った空気に、その声だけがやけに鮮明に響く。


「そもそも……なんでお姉ちゃん、転んだの?」


全員の視線が、ゆっくりとリリーに向けられた。


クラフトが目を細め、しばらく考え込んでから答える。


「足場が悪かったんだ。狭い坑道だったし、長時間戦ってたし……乱戦だったからな。足元まで気を回す余裕がなかった」


「狭い坑道で、長時間、乱戦……」

リリーが、ぽつぽつと繰り返す。


四人の会話に一瞬、沈黙が落ちる。

その空気をふわりと割るように、リリーがぽつりと呟いた。


「……ねぇ、その時の隊形って、どうだったの?」


クラフトとキールが顔を上げる。


「隊形?」クラフトが首を傾げる。


キールは軽く頷き、記憶を手繰るように口を開いた。


「私が後衛で《捕縛糸》を張っていました。クラフトが前衛で、リディアが中衛。私の射線と距離を確保するために、リディアは中間で前後に動いて援護していました」


「なるほど……」


リリーが考え込むようにネックレスに触れる。


「じゃあ、実際にモンスターをたくさん倒してたのって……クラフトの剣だったんだよね?」


クラフトはリリーの方を見つめながら静かに答える。


「あぁ、前衛だったからな。接近戦が中心だった」


「お姉ちゃんも、たぶん……いつもよりも近距離で剣での戦いが多かったんじゃないかな?」


リリーがぽつりと続ける。


「狭い坑道だったし、閃光炎を使うスペースなかったでしょ? 乱戦だったら味方にも当たっちゃうし……」


キールが静かに頷く。


「……ええ。確かにあの状況では、打てるタイミングが少なかったです。リディアも、主に剣で閃光炎を補助に使っていたはずです」


リリーは目を細める。

情報をひとつひとつ並べながら、何かを組み立てていくように。


「長時間戦ってて……狭くて……閃光炎はあまり使えなくて……ってことは……」


そして、ふと顔を上げた。


「じゃあ、あたり一面……血まみれだったんじゃない?」


クラフトが目を細める。


「……あぁ。あの時はモンスターの血がひどかった。床も壁も、べったりだったな……」


キールもリリーを見て、目を見開く。


「……リリー、つまりあなたが言いたいことは……」


リリーは胸元のネックレスをそっと握りしめると、はっきりと口を開いた。


「仮説だけど——

この魔導石には、モンスターの血が付着してたの。

そこに、お姉ちゃんのスキルが偶然当たった。

だから……魔導石に“転写”されたんじゃないかな?」


部屋に再び、静寂が満ちる。

だが、さっきとは違う。

重苦しい沈黙ではない——確信が形を成し始める、静かな前進の予感だった。


「……試してみるしかないな」


クラフトが、ゆっくりと立ち上がった。


キール、ブラス、リリーも、自然とそれに続く。


リリーの小さな問いかけが、ノクスの歩みに、またひとつ新たな道を照らし始めていた。


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