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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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剣が冴える、教えが刺さる

日が完全に落ちた頃、ノクスの一行はゆっくりと採掘場を後にしていた。


ブラスは両肩に巨大な魔導石を一つずつ抱え、クラフトとキールもそれぞれの背に袋を背負い、リリーはネックレスを胸元で握りしめながら、少し疲れた様子でクラフトの隣を歩いていた。


「ふぅ……やっぱり重いな、魔導石って」


クラフトが汗を拭いながら呟くと、隣でキールが息を切らしながら返した。


「そうですね……しかも採掘しても……買取価格は安く非効率な労働です」


少し離れて歩いていたブラスが、岩のような魔導石を担いだまま、後ろを振り返った。


「おいおい、疲れてる場合か?いい風が吹いてるぞ!」


「いや、だからそれを担いで元気なのお前だけだって……」

クラフトが苦笑する。


「しかもあの大きさ、完全に見せびらかしてますよね……」

キールがぼそりと呟いた。


「何か言ったかー?」

ブラスが振り向きざまに声を張る。


「いえ、ブラスような人類基準の外側の存在には毎度驚かされます」

キールは肩をすくめながら、丁寧な笑顔を作った。

だが、その言葉の端々に、じんわりと染み出す疲労と毒気は隠せなかった。


「だろ〜?」


まんざらでもなさそうに笑うブラスだったが、その直後——


「しかし、退屈だなぁ。たとえばよ、せめて数匹くらいモンスターが出てきたら面白——」


クラフトとキールの顔色が変わった。


……だが、止められなかった。


油断。

その二文字が、キールの脳裏に冷たく突き刺さる。


帰路という安心感が、判断を鈍らせたのか。

「今回は平和だった」と、気が緩んでいたのか。


——いいや、そんなことはどうでもいい。

問題はただ一つ。


なぜこの男の口を、物理的に塞がなかったのか。


いや、違う。あの場で捕縛糸で縛っておけば——いや、もっと確実に気絶させておくべきだった。

いっそ、帰路の安全が確認されるまで“昏倒状態”を維持しておく薬の調合を検討すべきだろうか……。


「黙って歩かせる」などという曖昧な信頼が、どれほどの損害を生むのか——

今回の事例で十分証明されたはずだ。


……次こそは、必ず封じる。

物理的に。確実に。


茂みの奥で、バサバサッと枝が乱れた。

まるで獣が身をよじって飛び出そうとしているかのように、草木が大きく波打つ。

その瞬間、空気がざらついた。


「——ッ!気配!」


キールが立ち止まり、瞬時に気配を探る。


「来ます、前方……コボルト、五体!」


リリーもすぐに魔力を練り上げ、視線を敵に向ける。


だが、次の瞬間——


「え……?」


彼女の視界に映ったのは、すでに地に伏した三体のコボルトの亡骸だった。


クラフトの姿は、既に残り二体のコボルトの間を駆け抜けていた。


一閃。


最初の一体の喉元に閃く刃。


間髪入れず、反転しながら二体目の脇腹を断つ。


敵を倒す動きに、これほどまでの“美しさ”があるのか。

そう思わせるほど、クラフトの剣は洗練されていた。

刃が描いた軌跡には、一分の狂いもない。

無駄がないからこそ、速く、切るべき筋肉だけを裂き、致命に至らしめる。


「な……」


キールが思わず言葉を失う。


「もう……終わったの……?」


立ち尽くすリリーとキールの間を、クラフトが何気なく歩いて戻ってくる。


「大丈夫か?」


いつもの声。


だが、その動きと処理速度は、もはや冒険者という枠を超えていた。


呆然とするリリーとキールをよそに、ブラスが肩に担いだ魔導石を軽く下ろしながら、ニヤリと笑ってクラフトに声をかけた。


「お前、右足で踏ん張りすぎてて切り返しで反応遅れるぞ」


「なるほど……重心の位置と軸のブレがあるのかもな」


クラフトは顎に手を当て、先ほどの自分の動きを頭の中でなぞるように考え込む。


「あとよぉ、お前……多分、モンスターの体の微妙な動きで読んでるよな?」


「……あぁ。予備動作の前の筋肉の弛緩を見て、それで予測してるんだ」


クラフトが頷くと、ブラスがさらに言葉を重ねる。


「じゃあよ、息づかいは見てるか?」


「……!」


クラフトの目がわずかに見開かれる。


「……あぁ!なるほど。呼吸の“吸い込み”のタイミングか……」


気づいた瞬間の閃きに、クラフトの声がわずかに熱を帯びる。


「吸気直後は一瞬だけ動きが止まる。そこを狙えば、より先手を取れる……!」


「おう、それだ」


ブラスは満足げに頷き、軽くクラフトの肩を叩いた。


「あともう一つだけ言ってやる。お前の動き、フォームが綺麗すぎる」


「え?」


「基本に忠実なのは悪くねぇ。でもな、長丁場になるとキツいぞ。同じ筋肉に負荷が集中しちまう」


「……つまり、動きに変化をつけて、別の筋肉に負荷を分散させるってことか?」


「そういうこった。片方を休ませながら、もう片方で戦え」


クラフトは納得したように深く頷いた。


「体も頭も、使い切った奴が勝つんだよ」


「……しかし、お前のアドバイスって、いつもわかりづらいんだよな」


クラフトが苦笑まじりに言うと、ブラスはふんと鼻を鳴らす。


「でも今はわかっただろ?」


「……ああ。言ってる意味が、ようやくな」


クラフトの言葉に、ブラスが満足そうに笑みを浮かべた。


リリーとキールは、一歩距離を取りながらその様子を見つめていた。


「クラフト……キマイラと戦ってから変わったよね……?」


「えぇ、明らかに」


キールはため息をつきながら肩をすくめた。


「……ついにクラフトも、ブラスと同様、“人間”という枠に飽きたようですね」


「じゃあ!クラフトも魔導石を引っこ抜けるってことね!」


リリーが目を丸くし口を手で覆いながら言った。


茜はすでに群青に変わり、星の灯りだけが頭上に揺れていた。

魔導石を担いだノクスの足音だけが、夜の道を静かに刻んでいく。



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