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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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魔導石採掘に必要なのは、知識、計画、そして

柔らかな陽光が差し込む丘の上。ノクスの面々は木陰に腰を下ろし、昼食のパンとスープを囲んでいた。風が穏やかに吹き抜け、遠くで鳥のさえずりが聞こえる。


だが、雰囲気とは裏腹に、彼らの話題は真剣そのものだった。


「……どう思う?」


クラフトがパンをちぎりながら、キールに向かって問いかける。


キールはスープの中でスプーンを静かに回し、少し間を置いてから答えた。


「にわかには信じられませんが……スキルが魔導石に転写されたとしか、説明がつきません」


「うーん……しんじられねぇなぁ……」


ブラスがパンに肉を挟みながら眉をひそめ、うーんと唸った。


リリーは、自分の胸元に下がるネックレスを手に取り、じっと見つめていた。魔導石は、光が当たるたびにほのかに淡く輝いている。


「……そもそも、なんでこの魔導石、光ったの?」


「たしか……」


クラフトが記憶をたどるように目を伏せた。


「あの時、リディアの《閃光炎》が魔導石に直撃した。そうしたら、石が一瞬、強く光ったんだ」


「その光で、私たちは助かりましたね」


キールが頷きながら言った。


あの時の光がなければ、モンスターの大群は防ぎきれなかっただろう。全員、その場の緊迫した空気を思い出して、自然と口を閉じる。


だが——


「……じゃあさ」


リリーが、ふと思いついたように顔を上げた。


「もう一度、あの場所に行って再現してみたらどうかな? もしかしたら、この魔導石自体が特別なものなのかもしれないし」


提案された一同は、顔を見合わせた。


「……前回のことを思い出すと、あまり気が進みませんね」


キールが肩をすくめ、慎重に言葉を選ぶ。


「……とはいえ、現象が再現できれば、法則性が掴めるかもしれない」


クラフトは少し考えるように空を見上げ、それでも真剣な声で答えた。


「まぁ、行ってみればわかるだろ!」


最後に明るく言い放ったのはブラスだった。勢いよく残りのパンを口に放り込み、立ち上がる。


「突発戦闘になるかもしれねぇし、一応装備は整えておくか」


「うん……そうだね」


クラフトも頷きながら立ち上がるが、ふと、ブラスに向き直ると真剣な顔で告げた。


「あと……ブラス。今から現地に着くまで、何も喋らないでくれ」


「はぁ!?なんでだよ!?」


「ダメです、今のうちに封じておきましょう。あなたの“何気ない一言”がどれほど危険かわかってないんですか?」


キールが眉をひそめて口を挟む。


「ちょっちょっと待てよっ!」


しかしクラフトとキールは「何も言うな」と圧をかけつづける。

ブラスは、思い返してみれば、これまでの“予言”じみた発言があまりにも当たりすぎている。今さら「何が悪い」とも言えない。

思い当たる節が多すぎて、反論の糸口すら見つからない。自覚がある分、何も言い返せなかった。


やがて、ブラスは諦めきったように目を伏せて、肩を落とす。


「……わかったよ!黙ればいいんだろ、黙れば!!」


不満を顔に出しながらも、ブラスは口をつぐむ決意を固めたらしい。


——そして数時間後、太陽が西へと傾く頃。


ノクスの一行は、再びあの洞窟の前に立っていた。


空は茜に染まり、洞窟の入り口は薄暗く口を開けている。そこから吹き出す冷たい空気に、微かな血と苔の匂いが混じっていた。


「……着いたな」


クラフトが小さく呟いた。


やがて、一歩、また一歩と、彼らは洞窟の奥へと足を踏み入れていく。

夕暮れの光が差し込む洞窟内。岩肌のあちこちに、魔導石がちらほらと顔をのぞかせている。


「……魔導石、結構あるな」

ブラスが洞窟の奥を見渡しながら呟いた。


「えぇ……これだけあれば、モンスターが生まれてもおかしくありませんね」

キールが慎重な声で返す。


「だよな。例えばだが——」


ブラスが何かを言いかけた瞬間だった。


「待てっ!」

「何であなたは!!」


クラフトとキールが同時に反応し、全力でブラスの口を塞ぐ。


「頼む! 頼むから何も言わないでくれ!!!」

クラフトが必死の形相でブラスの肩を押さえつける。


「あなたには学習能力というものがないんですか!!」

キールも鬼のような形相で、ブラスを強引に壁際に追い込む。


「んんー!!(わかったって!)」

ジタバタと暴れるブラスだったが、抵抗むなしく、二人にがっちりと押さえつけられる。


数秒の格闘の末、ようやく三人がゼェゼェと息を整えながら手を離す。


「……はあ、わかったよ……しゃべらなきゃいいんだろ、しゃべらなきゃ……」

ブラスが肩を落とし、心底不服そうに口をとがらせる。


ひと段落ついたところで、キールが静かに息を整え、真剣な面持ちで言葉を紡ぐ。


「では……実験してみましょう。クラフト、あそこの手頃な魔導石にスキルを撃ってもらえますか?」


「あぁ」

クラフトが頷き、腰から剣を抜いて魔導石に狙いを定める。


スキルが発動されると、鋭い破壊音と共に魔導石が粉々に砕け散った。


「……だめだったかぁ……」

リリーがしょんぼりとうなだれた。

「ごめんね、私が言い出したのに……」


その肩に、大きな手がそっと乗せられる。


ブラスが豪快にリリーのわしゃわしゃと頭を撫で回す。


「はっはっは! 気にするなよ、リリー!」

その明るい声に、リリーも思わず笑みをこぼす。


「えへへ……」


クラフトもつられて小さく笑い、キールは顎に手を当ててじっと魔導石の破片を見つめていた。


しばらく黙考したのち、キールが口を開く。


「……現象には、必ず法則があります。一旦、ここの魔導石を持ち帰って、もう少し詳しく調べてみましょう」


薄暗い洞窟の奥、まだ手つかずの魔導石がゴロゴロと転がる採掘場跡地で、クラフトたちは魔導石の回収方法について話し合っていた。


「色々と試すには、なるべくたくさんの魔導石がいるな……」


クラフトが足元の岩を蹴りながら呟く。魔導石の特性がまだ不明な今、数多くのサンプルを確保することが必要だった。


「何か鶴嘴の代わりになるものがあれば……」


キールが辺りを見渡しながら提案する。確かに、岩に埋まった魔導石を剥がすには、道具が必要だ。


「ここは元・鉱山だ。多分、探せば落ちてるんじゃないか?」


クラフトは壁際の積まれた廃材を指差す。


「そうですね……ですが、持ち運ぶのが問題です」


キールは魔導石の大きさと重量を見て、眉をひそめた。


「馬を借りてくるべきだったか……」


「それは……後の祭りですね。手分けして少しずつ運びましょう」


二人は真剣な表情で、採掘効率と運搬手段についてあれこれと議論を重ねていた。


……が、そんな彼らのやりとりをよそに、ブラスは何やらのんびりと巨大な魔導石の前にしゃがみ込んでいた。


「おーい。この辺の魔導石でいいか?」


「ちょっと待ってください、今どう運ぶかを——」


「……何言ってんだお前ら??」


ブラスが本気で首を傾げながら、巨大な魔導石の前に立つ。


「運ぶったって、こうすりゃいいだろ?」


そう言うやいなや、ブラスは両手を魔導石の根元にねじ込み、腰をどっしりと落とした。


「ふ……ぬぬぬぬぬっ……!」


背筋に浮かび上がる筋肉。

全身に力が込められ、洞窟の空気がわずかに揺らいだ。


——ギシィ……ギリリ……!


魔導石の下の地盤が悲鳴を上げる。

まるで大地がブラスの腕力に屈するのを拒んでいるかのように、石と岩が軋んだ。


クラフトとキールは、目の前の光景に言葉を失う。


「うそだろ……?」


「うおおおおおおおぉっ!!!」


ブラスの叫びと同時に——


ドゴォォン!!


魔導石が地面ごと引き抜かれた。


土煙が舞い上がり、ゴロゴロと大小の石が転がり落ちる中——

ブラスは岩のような魔導石を、まるで薪でも担ぐかのように軽々と肩に乗せていた。


「よし、とれたぞーーー!!」


あまりの光景に思考の歯車が止まり、クラフトとキールはただ立ち尽くすしかなかった。


「……なぁ、キール」


「……なんですか?」


「魔導石って……もぐものなのか?……野菜みたいに」


「いえ……クラフト……魔導石は……“採掘”するものです……」


クラフトとキールはそのまま、どこか遠くの一点を見つめた。


静かに、心が迷子になっていた。


そんな二人の間を、軽やかな足音が響く。


「すごーい!さすがブラスね!」


リリーが目を輝かせながらブラスに駆け寄ってきた。


「はっはっは、そうだろ!」


ご満悦のブラスが、肩に担いだ魔導石を軽く揺らす。


「私もできるようになる?」


リリーがキラキラした目で見上げると、ブラスは即座に胸を張った。


「もちろんだ!肉食って、訓練して、ぐーすか寝てりゃリリーにもできる!」


「なるほど……タンパク質の摂取と十分な睡眠によって成長ホルモンが促進されるってことね!」


リリーが両拳を握って、元気に笑う。


クラフトはしばらく沈黙し、遠くを見つめながら呟いた


「……そっか。俺も……肉、食べるか……」


「はぁ……」


隣のキールが深いため息を吐いた。


それでも、どこかほんわかとした空気が洞窟に広がっていた。


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