継がれしスキル、動き出す運命——そして、すべてが変わる
ギルドの裏手にある訓練場。朝露がまだ地面に残るその場所で、クラフトとリリーの声が響いていた。
「強く——!」
クラフトの声に応え、リリーが拳を握る。空気の揺らぎとともに、魔力が一気に膨張する。
「次、弱く!」
リリーの眉間にしわが寄る。今度は一転して、細い糸のような魔力が流れる。
「太く——!」
魔力が太く濃く流れ、リリーの周囲に微かな放電が走る。
「細く!早く循環させろ!」
リリーの額には汗が浮かび、肩がわずかに震えていた。それでも彼女は真剣な表情で、魔力の流れを制御しようと集中している。
遠くのベンチに腰かけたブラスとキールが、静かにその様子を見守っていた。
「しかし……」ブラスが腕を組みながら呟く。「なんであそこだけ、あんな異常なモンスターの発生があったんだ?」
「確かに不可解な事件でしたね」とキールが頷く。「通常の魔導石とは明らかに性質が違っていました。とはいえ、なぜあの採掘場だけ……?」
二人が話しているその時、訓練場ではクラフトが満足げに声を上げていた。
「……よし、いい感じだな。魔力の循環、だいぶスムーズになってきた」
リリーが笑顔で頷く。
「これで、魔力を細く流しながら早く循環させれば……《雷耀貫徹》も少ない魔力で撃てるってことよね?」
「ああ、その通りだ。魔力量が少ない分、無駄なく集中させることが大事だ」
「ただな……リリー俺もアカデミア時代に似た経験があるんだが」
「えっ?」
「《光翼斬》っていうスキルを覚えたんだ。かなり威力がたくて、市場評価も高かった。教授たちにも褒められたし、“優等生のスキル”って感じでさ」
「それで……?」
「売ったよ。その金でシンプルで早いスキルを買った。今の戦い方のベースになってる」
クラフトは小さく肩をすくめる。
「冒険者でやっていくなら派手さより、実戦で使えるかどうかの方がずっと大事だ。……だから、合わなかったら売って、他のスキルに変えた方が早いぞ」
リリーはむくれたように口をとがらせる。
「それ、全然ときめかない……!」
「えっ」
「初めての派手スキルなんだよ!? ドーンってなるやつ! ロマンだよロマン!!」
「……そ、そうか。ロマン……」
「そうだよっ! というわけで、さっそく——」
「魔力を細く……うーん……こんな感じかなぁ……」
リリーが小さく呟いた、その瞬間だった。
「って、待てリリー!ここで撃つな!」
遅かった。
リリーの手が光を放ち、空気がピリッと震える。
《雷耀貫徹》
魔力の奔流が瞬間的に走るも、雷撃は空中でふわりと霧散した。
「せめて一言、発動前に……いや、もういい……」
クラフトが安堵の息を吐く。
だが——
「もう一回!」
「ちょっ!!!」
再びリリーがスキルを放ち、空中に光が走る。しかし、またしても雷は霧のように散った。
「むずかしいね!」リリーは無邪気に笑ってみせる。
クラフトは頭を抱え、天を仰いだ。
「俺が悪かった……何がとは言わないけど俺が悪かった……だから頼むから……せめて外でやってくれ……」
「ねぇ、クラフト。お姉ちゃんって、どんな派手スキル使ってたの?」
クラフトは目を瞬かせて、ふっと笑った。
「いや、派手ってわけじゃなかったな。リディアのスキルは、どれもバランスが良かった。攻撃力もそこそこ、でも何より……《閃光炎》みたいな精密で連射できるスキルを使ってたから、戦術の幅が広かったんだ」
「へぇ〜、かっこいいなぁ……」
リリーは感心したように目を輝かせ、胸元のネックレスに触れた。そこには、姉リディアの形見である小さな魔導石が光を宿していた。
「……お姉ちゃんのスキル、私も使えたらいいのにな」
そう呟きながら、そっと魔導石を握りしめる。
そして——
「こんな感じ……かな?」
リリーが静かに手を前に差し出した瞬間、魔導石がほのかに輝いた。
——《閃光炎》。
淡い閃光が指先から走り、空気を裂くような熱が瞬間的に辺りを照らした。
クラフトの目が見開かれる。
「……リディア……!?」
その名を、無意識に口にしていた。
しかし、次の瞬間——
「……違う」
呟きながら、クラフトは首を横に振った。
(そんなはずない……)
目の前にいるのは、リディアではない。
幼い頃から共に歩んできた、あの不器用で努力家な少女——リリーだ。
(落ち着け。これは……リリーのスキルだ。)
クラフトは、胸に込み上げる何かを必死に押し殺しながら、深く息を吐いた。
手が微かに震えていたが、それでも冷静を装おうとする。
「……お前、どうやってそれを……?」
そう問いながらも、心の奥底では答えが怖かった。
リリーは不安げな表情で、クラフトの目を見つめる。
「わかんない……でも、魔導石に魔力が引っ張られた感じ」
クラフトはリリーのその言葉に、そっと視線を落とした。
リリーの手の中で揺れるネックレスが、静かに光っていた。
「……今のって……」
「《閃光炎》じゃねぇか!?」
ブラスとキールが同時に声を上げ、クラフトとリリーのもとへ駆け寄ってくる。
「リリー、お前、あのスキルを覚えたのか?」
驚いた様子で問うブラスに、リリーは首を振った。
「ううん……覚えたっていうか、勝手に出たって感じ……」
「発動した時、ネックレスが光ってましたよね?」
キールが鋭い視線でリリーの胸元を見やる。
「あっ……そうかも……」
リリーはネックレスを手に取り、じっと魔導石を見つめた。その目に、微かな違和感が浮かぶ。
「ねえ、この魔導石……なんか、少しだけ違う気がする……」
「ちょっと貸してもらってもいいですか?」
キールが丁寧に手を差し出すと、リリーは頷いてネックレスを外し、手渡した。
キールは慎重に魔導石を握り、低く息を吸い込む。
「……《閃光炎》」
次の瞬間、キールの掌から淡い閃光が走る。確かに、先ほどリリーが放ったものと同じスキルだった。
「本当に……発動した……」
クラフトが驚愕の表情を浮かべる。
「おいおい、どういうことだよ……魔導石にスキルが刻まれてるってことか?」
ブラスがぽりぽりと頭をかく。
「……スキルが魔導石に転写された……ってことか?」
クラフトの呟きに、キールは頷いた。
「ありえないことですが……現実にそうなっていますね」
ネックレスをそっとリリーの手のひらに戻しながら、キールは小さく息を吐いた。
「ありがとうございます、リリー」
リリーはネックレスを受け取ると、再び魔導石を覗き込んだ。
その目が、何かを見つけたように見開かれる。
「……さっきまで、中に小さな光の粒が5つあったの。でも今、3つしかない……」
「……まさか、回数制限……か?」
ブラスが低く呟いた。
キールは目を細めると、静かに頷いた。
「興味深いですね……本当に制限があるのか、限界まで試してみましょう」
「えっ……!」
リリーの顔が曇る。クラフトが即座に立ち上がった。
「おい、それはリディアの形見だぞ!」
「クラフト、落ち着け。キールも悪気があって言ったわけじゃ……」
ブラスが諌めようとしたその瞬間——
ギルド長の怒声が、訓練場の空気を切り裂いた。
「てめぇらぁ!!訓練場の壁に穴が空いてんじゃねぇか!!!」
バァン! と扉が乱暴に開き、ギルド長が顔を真っ赤にして飛び出してくる。
その姿を見た瞬間——一同の表情が凍りついた。
リリーがそっとクラフトの袖を引っ張る。
「や、やばいかも……」
「……落ち着け、話せばわかる」
「これは不可抗力だったんだ。訓練中の事故で——」
クラフトは真剣な顔でギルド長のほうへ歩き出そうとした。
「ちょっと待てクラフト!」
ブラスがクラフトの襟をつかんで引き戻す。
「正面突破はバカがやるやつだぞ!!」
「俺たちはまじめに訓練してただけなんだ、それを伝えれば分かってもらえるはずだ……!」
「クラフト、それは理想論です!!」
キールが半ば悲鳴混じりに叫ぶと、すかさずリリーがクラフトの背中を押した。
「行こ行こ! ご飯ご飯ごはーん!!!」
「いや待て、逃げるのはよくない!俺たちは悪意があったわけじゃ——」
「うるせぇぇぇ!今は逃げろぉぉぉ!!」
ブラスがクラフトを担ぎ上げ、全力で駆け出す。
「お、おいっ!?ちょ、ちょっと!?説明を!!!」
「クラフト、いい奴だけどお前な…… どうやって生きてきたんだ!?周りが相当頑張ってたんだな!!」
キールとリリーも慌ててその後を追い背後からはギルド長の怒号がさらに響く。
「あとで全員! 修繕費払わせっからなァァァ!!!!!」
その叫びを背に、一行は陽の高くなった街へと全速力で駆け抜けていった。
そして、そんな騒がしさもいつもの「ノクス」らしさだった。




