魔力切れを夢見て
賑やかな酒場の喧騒の中、ノクスの一行はそれぞれのスキルについて語り合っていた。酒が進むにつれ、話題は戦闘スタイルや習得スキルの数に移っていく。
ブラスがふと思い出したようにクラフトを見やり、問いかけた。
「そういや、クラフト。お前はいくつスキルを覚えられるんだ?」
「……6つだな」
クラフトがさらりと答えた瞬間、ブラスの表情が固まり、次の瞬間には思い切り酒を吹き出した。
「はぁ!?!?どういうことだ!?本当に人間か!?」
大声を上げると同時に、彼の口から噴き出した酒がテーブルに飛び散る。
「お前にだけは言われたくないよ!!」「あなたがそれを言いますか!!」
クラフトが即座にツッコミを入れると、隣にいたキールもすかさず口を挟む。
リリーは少し考え込むように指を折りながら言った。
「でもクラフト、戦闘では3つしか使ってないよね?あ、あと工作スキルか。でもそれを入れても4つだけ?」
「いや、実はアカデミアのある教授に言われたんだよ。まず、どんな戦況にも対応できて、瞬時に最適なスキルを反射的に発動できるまでは、3つだけで戦えって」
クラフトがそう説明すると、ブラスは腕を組み、納得したように頷いた。
「なるほどな……理にかなってるぜ」
そう言いながら、ブラスはジョッキを置き、真剣な表情になった。
「戦場で選択肢が広がるのは、一見良いことに思えるがな……選択肢が多すぎると、判断に時間がかかる。判断に時間がかかるってのは、つまり——命取りになるってことだ」
彼の言葉に、キールも静かに頷く。
「確かにそうですね。私も影槍と捕縛糸の二つに集中して戦っているときの方が、戦場全体を見渡せる感覚があります」
リリーは興味深そうにクラフトを見つめ、少し考え込んだ後に質問を投げかけた。
「その教授の名前は?」
「ロン教授だ」
クラフトの答えに、リリーは眉をひそめた。
「ロン教授……聞いたことないな?変わった名前だから、講義のリストにあれば覚えてると思うんだけど」
「あぁ、かなり実践派だからな。しかも異国の出身で、この国にはない魔力運用を教えてる。それが、どうも煙たがられてるみたいなんだ」
クラフトがそう説明すると、ブラスが苦笑しながら頷いた。
「ロンか……そいつ、ヴェルシュトラの俺のいた部隊にも特別顧問で来てたぜ。確かにあれは、煙たがられる技術だな」
「どういうものなんですか?」
キールが興味を示し、クラフトの方へ身を乗り出した。
「普通、魔力の込め方っていうのは、強く、弱く、細く、太く、で応用の曲げる――この5種類の組み合わせだろ?」
「えぇ、そうですね」
キールが頷く。
「例えば、細く流せば少ない魔力でもかなりの速度で走らせることができます」
クラフトはジョッキを軽く回しながら、続けた。
「でもな……ロン教授は、そこにもう一つの概念を加えるんだ」
リリーとキールは興味津々といった表情で彼を見つめ、ブラスも腕を組んで続きを待っている。
クラフトは一呼吸おいて、ゆっくりと口を開いた。
「それが――魔力を回転させる技術だ」
その言葉に、キールが眉をひそめた。
「回転……?」
「俺も最初は意味がわからなかった」
クラフトは苦笑しながら続ける。
「でもな、普通の斬撃スキルに回転した魔力を乗せると、とんでもない威力になるんだよ」
キールはしばらく考え込んだ後、小さく頷いた。
「……なるほど。確かに、それは煙たがられますね」
その反応に、リリーは不思議そうに首を傾げる。
「なんで?すごい技術じゃない!」
「……ただの斬撃スキルが異常な威力を出せるようになったら、市場に出回ってる高威力スキルの価値が暴落するんですよ」
キールが冷静に説明する。
「そんなことになったら、高威力スキルの価値なんて地に落ちますよ。市場が崩れます。だから、ロン教授の教えは危険視されるんでしょうね」
「そっかぁ……」
リリーは納得したように頷いた後、クラフトを見つめて問いかけた。
「じゃあ、クラフトはその技術をできるようになったの?」
クラフトは苦笑しながら首を横に振る。
「いや……結局、できなかった。少しは回せるようになったけど、それを戦闘中にやるのは絶対に無理だな」
「じゃあ、ブラスは?」
リリーが興味津々といった様子で尋ねると、ブラスはにやりと笑いながら答えた。
「俺は出禁になった」
「……は?」
クラフトが呆気に取られた声を漏らす。
「お前、何したんだよ?すごく温厚な先生だぞ?」
「いやぁ……」
ブラスは頭を掻きながら笑う。
「最初の訓練で、魔力のコントロール感覚を養うために、まず魔力を空にするってのがあったんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、クラフトはすべてを察した。
「あぁ……」
ため息交じりに頭を抱える。
「それでな、2時間経っても5時間経っても俺だけ魔力が空にならねぇんだよ」
ブラスは困ったように続ける。
「最初はロン教授もニコニコして見守ってくれてたんだけどな。時間が経つにつれてどんどん顔が引きつってきて、最終的には鬼の形相になって、『お前、そもそもこの訓練必要ないだろ!!』って怒鳴られた」
「……それで出禁になったのか」
クラフトは呆れたようにため息をついた。
「いや、でも俺だってな!」
ブラスがグラスを握りしめながら、真剣な顔で続ける。
「俺も魔力切れになりたいんだよ!!!」
「……は?」
クラフトとキールが同時にポカンとする。
「お前らさぁ『魔力切れ』がどうのって言うだろ?『魔力が尽きると意識が遠のく』とか、『全身の力が抜けて動けなくなる』とか言うけどよ……俺はいつも『へぇ~、そうなんだ』って聞いてるだけなんだよ!」
「いやいやいや!!」
クラフトが思わずジョッキを置いてツッコむ。
「普通、そんなのになりたくないだろ!!」
「むしろ、なりたくないからこそ、みんな工夫してんですよ……」
キールも呆れ顔でため息をついた。
「そうだとしても、俺だって一度くらい『魔力が尽きたぁぁ!!』ってなってみたいんだよ!」
酒場が静まり返る……かと思いきや、次の瞬間、周囲の冒険者たちが一斉に拳を突き上げた。
「おおおおおお!!!さすがブラス!!!」
「やっぱりお前は俺たちの憧れだぜ!!!」
「魔力切れを味わいたいとか、そこまで高みを求めるとは……すげぇ!!」
「くっ……魔力切れになる自分が恥ずかしいぜ……」
全く異なる方向に称賛が巻き起こる。
クラフト:「……え?」
キール:「……は?」
そして、リリーが感極まったようにブラスの手を握る。
「ブラス、可哀想…1人でそんな悩みを抱えていたんだね…!!」
「そ、そうだ!ブラスは、魔力切れを経験できないんだ!!!」
「おい誰か!酒場の連中、全員今から魔力全開でスキル連発しろ!ブラスに少しでもその感覚を分けてやるんだ!!!」
「うおおおお!!!」
酒場が異様な熱気に包まれる。冒険者たちは次々にスキルを放ち始め、光や衝撃波が酒場の天井を揺らす。
クラフトとキールは呆然とその光景を見つめる。
「……なぁ、キール」
「はい」
「俺たちの方がおかしいのか?」
「私も今、まったく同じことを考えてました……」
ブラスはそれを聞いて満足げに頷き、豪快にジョッキを傾ける。
「お前ら、わかってるじゃねぇか!」
「いや、何がどうわかってるんだ……?」
クラフトが深くため息をつくと、ふとリリーが静かに考え込むような表情をしていた。
「……リリー?」
クラフトが声をかけると、リリーは顔を上げる。
「ううん、ちょっと考えてたの。やっぱりスキルの使い方とか、戦闘での動き方とか、もっと学ばないといけないなって」
さっきまでの騒ぎとは違い、真剣な眼差し。
その変化を感じ取ったクラフトは、少し考えてから口を開いた。
「ロン教授のところに行ってみたらどうだ?林の奥の旧校舎にいるから」
リリーは真剣な表情で頷いた。




