ノクス、それぞれのスキル
酒場の扉を開けると、湧き上がる喧騒と酒の匂いがノクス一行を包み込んだ。木造の店内には冒険者たちがひしめき合い、笑い声とジョッキのぶつかる音が響いている。そして、中央のテーブルでは一際目立つ男――ブラスが、周囲の冒険者たちに囲まれながら豪快に笑っていた。
「ブラス、今回もまたすごいことをやったんだって?まさか本当にキマイラを倒したのか?」
興奮気味に問いかける声に、ブラスは自慢げに笑いながら酒を煽った。
「おうよ!だがな、今回の討伐はこいつがいなかったらヤバかったぜ!」
そう言うや否や、ブラスは隣にいたクラフトの背中を思い切り叩いた。ドンッ!大きな音とともにクラフトの体がわずかに揺れる。
「お前……意外とやるじゃねぇか!」「えっ、お前ってそんなに強かったのか!?!?」
「いや、俺は別に……」
クラフトは苦笑しながら謙遜するが、ブラスは豪快に笑い飛ばした。
「何言ってんだ!もうこいつはヴェルシュトラの団長クラスと遜色ねぇぞ!」
酒場が一気にざわついた。歓声が上がり、興奮した冒険者たちが次々とクラフトを賞賛する。彼は居心地悪そうに視線を逸らしたが、ブラスの勢いは止まらない。
「よし、大金も入ったことだし、今日も俺の奢りだ!みんな、飲みまくれ!!」
ブラスが豪快に叫ぶと、店内は一層の熱気に包まれた。酒瓶が次々と運ばれ、ジョッキを手にした冒険者たちが歓声を上げる。
しかし、その瞬間。
「待て待て待て待てぇい!!」
カウンターの向こうから響く怒号に、場の空気がピタリと止まる。酒場の店主が腕を組み、ブラスを睨みつけていた。
「ブラス、てめぇ先にツケを払えよ!!」
「……え?」
「え?じゃねぇんだよ!!お前、先月の分まだ払ってねぇだろ!!」
「……あぁー、そっかぁ……」
ブラスは気まずそうに後頭部をかきながら、ちらりとクラフトを見る。
「……クラフト、なんとかならねぇ?」
「知らねぇよ!!」
クラフトが即座に突っ込むと、周囲からも笑いが漏れた。
「まぁまぁ、今日の分はちゃんと払うからよ。今回は頼むって!」
ブラスが調子よく言い訳すると、店主は深いため息をついてから一言。
「……ったく、今回だけだからな」
そう言って渋々酒を出し始めると、再び場の熱気が戻り、酒場は活気を取り戻した。
ジョッキを手にした冒険者たちが歓声を上げる。そんな中、ノクス一行はテーブルにつき、それぞれの杯を掲げた。
「乾杯!」
ジョッキがぶつかり合い、酒が溢れる。喉を鳴らして一気に飲み干した後、ブラスは満足げに息をついた。そして、リリーの方を見やりながらニヤリと笑う。
「で、どうだったよ?リリー、初めての冒険は?」
リリーは一瞬目を輝かせ、弾けるような笑顔を見せた。
「すごく楽しかったよ!」
その表情には純粋な喜びがあった。しかし、ふと視線を落とし、真剣な表情になる。
「……でも、スキルのバランスを考えないといけないなって思ったの」
少し落ち込み気味にそう呟くリリーの言葉に、クラフトたちは静かに耳を傾けた。
「戦闘中、思ったように動けなかったんだ……スキルの使い方も、もっと工夫しなきゃって」
リリーの言葉には、初めての実戦を経験した者ならではの戸惑いと、成長への意欲が滲んでいた。
クラフトはそんな彼女の様子を見つめながら、ジョッキを置いて静かに頷いた。
「そうだな……スキルの習得には上限があるからな。リリー、お前はいくつスキルを覚えられそうなんだ?」
リリーは少し考え込んだあと、真っ直ぐクラフトを見て答えた。
「アカデミアで測った時は、4つだったよ」
その瞬間、ブラスとキールが同時に驚きの声を上げた。
「ほぅ、すげぇな!」
ブラスが感心したように腕を組みながら続ける。
「4つもありゃ、かなり戦術の幅が広がるぜ!」
キールも冷静に頷いた。
「普通は2、3個ですからね」
リリーは意外そうに目を瞬かせる。
「えっ、4つってそんなにすごいの?キールとブラスは?」
「俺は3つだ!」
ブラスが誇らしげに胸を張る。
キールは少し考え込みながら、ジョッキを揺らしてため息をついた。
「私は3つ……と言いたいところですが、厳密に言うと2.7くらいでしょうか」
リリーは不思議そうに首を傾げる。
「2.7?どういうこと?」
キールは慎重に言葉を選びながら説明を始めた。
「オーガと戦った時から違和感があったんですが……魔光弾の消費する魔力が不安定なんです。おそらく、完璧に使いこなせるのは2つが限界ですね」
ブラスが豪快に笑いながら、キールの肩を軽く叩く。
「まぁでも、お前にはあの異常な捕縛糸があるからな」
「異常って、なんでだ?」
クラフトが首を傾げる。
「捕縛糸は捕縛糸だろ?」
ブラスは目を丸くしてクラフトを見つめ、呆れたように言う。
「……クラフト、お前、もしかして他のやつの捕縛糸を見たことないのか?」
クラフトはしばらく考え込んだあと、小さく頷いた。
「そう言われれば……確かに、キール以外の捕縛糸を見たことがないな」
ブラスは椅子にもたれかかりながら、苦笑交じりに言った。
「普通の捕縛糸ってのはな、もっと単純なんだよ。せいぜい対象に絡みつけるか、ちょっと強度を上げるくらいだ。だが、お前の捕縛糸は……編み込んで強度を上げたり、網みたいに複雑な形を作ったりするだろ?あれ、一体どうやってんだ?」
キールは少し考えたあと、懐かしそうに微笑んだ。
「捕縛糸は、子供の頃に発現したんですよ。孤児院にいた時、特におもちゃもなかったので、魔力をコントロールしながらいろいろ試していたんです」
彼女はジョッキを手に取り、くるくると回しながら続ける。
「そのうち、クラフトとリディアが『トランポリンを作れ』『今度はブランコだ』と無茶なリクエストをするようになりましてね……」
皮肉を込めた笑みを浮かべるキールに、クラフトは少しバツが悪そうに視線を逸らした。
リリーは真剣な表情で考え込みながら、ポツリと呟く。
「なるほど……ただスキルを打つだけじゃなくて、魔力の込め方を変えるんだ」
彼女の瞳には、新たな可能性への興味と探求心が宿っていた。




