勝利の代償と査定額
ギルドの扉を押し開けると、いつもと変わらない活気が迎えてくれた。
依頼を吟味する冒険者、武具を手入れしながら次の仕事を相談する者、酒場の一角で報酬の使い道を語り合う者たち。
そんな賑わいの中、クラフトたち「ノクス」はカウンターへと向かった。
「すみません、魔物の素材の買取をお願いします」
クラフトがギルドの職員に声をかける。
「はい、どのような——」
職員の言葉が途中で止まる。
クラフトが次々と素材をカウンターへと置いていくと、周囲の冒険者たちがざわめき始めた。
「ヘルハウンドの牙」
「ミノタウロスの毛皮」
「トロールの舌……」
そして——
「キマイラの角と爪、尾の鱗、血」
一瞬、ギルドの空気が静まりかえった。
「……え?」
職員の手がぴたりと止まり、カウンターの周囲にいた冒険者たちも驚いた顔でこちらを見ている。
「おい、あれってキマイラの素材じゃねえか?」
「まさか……そんなわけないだろ!」
「いや、でも本物に見えるぞ……」
ざわめきが一気に広がる。
職員は青ざめた顔で席を立つと、ギルドの奥へと駆けていった。
「えっと……どうしたんだ?」
クラフトが首を傾げる。
「キマイラの素材なんて、普通のギルドじゃまず扱えませんからね」
キールが淡々と答える。
しばらくして、ギルドの奥から屈強な男が姿を現した。
低い笑い声を漏らしながら、カウンターの奥から悠々と歩いてくる。
「ははっ、なんだぁ? うちみたいなギルドに、とんでもねぇ代物を持ち込むバカはどいつだ?」
ギルド長が腕を組み、皮肉げに笑いながらカウンターの前に立つ。
「お前らか?」
「あぁ」
クラフトが微笑む。
「……何かの冗談かと思ったが、こりゃ間違いねぇな」
ギルド長はキマイラの角を指でなぞりながら、呆れたように溜息をついた。
「えぇ、冗談だったらよかったんですが、残念ながら本物です」
キールが淡々と答える。
「まぁ、見りゃ分かる。問題は、こんなもんをどう扱うかだ……」
ギルド長が額を押さえながら、職員に合図を送る。
「……お前ら、悪いがしばらく待ってろ。慎重に査定しねぇと、うちの財政が吹き飛ぶ」
こうして、ギルド長を交えた買取査定が始まった。
慎重な査定、そして納得のいかない取引
数十分後——
「査定が終わった」
ギルド長が一枚の書面を差し出す。
そこには、買取価格の詳細が記されていた。
クラフトが書面を覗き込み、思わず目を見開く。
「……こんなに?」
予想を遥かに超える金額だった。
しかし——
「この仲介手数料はなんですか?」
キールが、顔を顰めながら紙を指差した。
「キマイラの素材なんざ、うちじゃ裁けねぇよ」
ギルド長が率直に言う。
「一旦ヴェルシュトラに流すしかねぇからな。こっちも商売だ、手数料はもらうぜ」
キールが理解したものの、まだ納得しきれない表情を浮かべていた。
「では、このトロールとミノタウロスの素材の買取価格が安すぎる理由を教えていただけますか?」
ギルド長が呆れた顔をする。
「ああ、それは……素材の損壊が激しすぎるからだ」
「うっ……」
キールが顔をしかめる。
「どうしたらこんなにズタボロになるんですか?」
職員が逆に質問を返し、その後ふと考え込むように首をかしげた。
「ところで、ミノタウロスとトロールの血液はどうしたんです? 多少損壊が激しくても、血液なら採取できたのでは?」
その言葉に、キールが静かにため息を吐く。
「……蒸発しました。」
「蒸発???」
職員の声が上ずる。
「えっと、つまり……血液が、全部?」
「ええ、完全に。」
キールは疲れたように肩をすくめ、ゆっくりと後ろを振り向いた。
視線の先には——
ブラスとリリー。
「……」
キールの鬼のような形相に、リリーがビクリと肩を震わせる。
「今後、あれは禁止です!」
「えええ!? なんでよ!」
リリーが抗議する。
「あなたたちの“ブラス式魔導回転砲”のせいで、素材が見るも無惨な状態なんですよ!」
「でも戦闘では派手さが大事なんだよ!」
「よく言ったリリー!戦闘のなんたるかを理解してるぜ!」
ブラスがリリーの背中を叩き、満足そうに頷く。
キールはそのやり取りを見て、ぐっと額を押さえた。
「……もうダメだ。何を言っても無駄だ。」
現実を受け入れるように、ゆっくりと首を横に振る。
「いいじゃないか、今回はヴェルシュトラからの依頼料もあるし、周りの村の被害も防げた」
クラフトがキールをなだめるように言う。
しかし、キールは納得がいかないようだった。
「またですか….そうやってあなたは……」
クラフトとキールの言い争いが始まる。
「……またはじまったよ」
ブラスがため息をつく。
「誰が止めるんだよ?」
ブラスが呆れたように言うと、リリーが自信満々に胸を張った。
「私に任せて!」
「……は?」
「お姉ちゃんがいつもこういう時、喧嘩を止めてたの! だから、私もできるはず!」
リリーは勢いよくクラフトとキールの間に割って入った。
「二人とも、ちょっと落ち着いて!」
リリーが両手を広げ、真剣な表情で言い放つ。
「この問題は、数学的に解決できるわ!」
「……は?」
「数学?」
「まず、クラフトの意見をA、キールの意見をBとします。」
「そして、議論が長引くストレスをX、さっきの戦闘での消耗をY、さらに空腹による集中力の低下をZと仮定するの!」
「……つ、つまり?」
「なんでいきなり変数増えたんだ……?」
リリーは無視して、適当な紙を取り出し、数字を書き始める。
「つまり、この状況を数式にすると——」
(A + B) × X + Y - Z = 0
「これが成り立つわけよ!」
「……え?」
「いや、何も分からん」
「ここでAとBがぶつかり合うことでXが増大するわね!」
「でも、空腹の影響Zがマイナス方向に働いて、最終的にこの方程式は解決不能になるの!」
「えっと…どう言うことですか?」
「ちょっ、ちょっとまってくれYが消耗で……」
ブラスはリリーの数式をじっと睨みつけた後、満面の笑みを浮かべた。
「……なるほどな、全然わからねぇが、これは……間違いなく正解だぜ!!」
リリーはバッと紙を破り捨て、満面の笑みで宣言した。
「つまり、議論を続けるとエネルギーの無駄だから、今すぐご飯を食べに行くのが最適解ってことよ!」
「どこが数学的なんですか!?!?」
「えっと…Zが空腹で….」
「さあ、行きましょう!」
リリーが二人の腕を引っ張り、結局よく分からないまま祝勝会へと突入するノクスのメンバーだった——。




