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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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孤高の終焉、連携の始まり


クラフトは戦線に復帰し、剣を握りしめる。


キールが一歩前に出る。


「ブラス、クラフト……わかりました。あの尻尾の大蛇です。」


「どういうことだ?」

ブラスが眉をひそめる。


「スキルで魔力を溜めると、あの大蛇がその方向を向くんです。」


クラフトが瞬時に理解する。


「なるほどな……さっき俺の攻撃が入ったのは、大蛇の死角だったか。」


キールが静かに頷く。


「えぇ…同調発動の時は、あの大蛇は私を見ていました。」


ブラスの口角がわずかに上がる。


「よし……蛇の方は俺が気を引く! クラフトは蛇の死角から攻撃してくれ!」


ブラスが魔力を練り、大蛇の視線を引きつける。

その隙を突き、クラフトは大蛇の視界の外から一気に距離を詰めた。


キマイラが咆哮を上げる。


「——崖に追い込むぞ!」


クラフトの剣が閃いた——。


キマイラは、最初こそ踏みとどまっていた。

しかし、クラフトの攻撃を避けるために、一歩、また一歩と後退していく。


ブラスは僅かに眉をひそめた。


最初は気のせいかと思った。

だが、キマイラの動きが変わってきている。


後退の間隔が、明らかに短くなっている。


一撃を捌くたび、半歩、次は一歩、そして次の瞬間には二歩——

気づけば、キマイラの巨体は徐々に押し込まれていた。


「……順調すぎる」


ブラスの表情が険しくなる。


違和感が拭えない。

このキマイラが、そう簡単に追い込まれるとは思えない。


(何かがおかしい……)


ブラスは、ふと視線をクラフトへと向けた。


そして、その瞬間——


ブラスの目が驚愕に見開かれた。


そこにいたのは、尋常ではない速さでキマイラを翻弄し続けるクラフトだった。


彼の動きは、まるで流れる水のようだった。

一つ一つの動作が途切れなく繋がり、無駄が一切ない。

攻撃は正確無比にキマイラの急所を打ち抜き、すべての反撃を紙一重で回避する。


ブラスは目を見開く。


(……なんだ、あの動きは……!)


もはや、計算や反射の域ではない。

クラフトの戦い方は、すでに常人のそれを超えていた。


——否、クラフト自身が、それに気づいていなかった。


彼の思考は、ただひたすらに穏やかだった。


(……なんだ?キマイラってこんなに小さかったか?)


(俺の踏み込みって、こんなに速かったか?)


キマイラの動きが読める。

前脚の筋肉がわずかにこわばる——右足が来る。

その次は左足——上からの叩きつけ。

向こう側のブラスの息遣いが聞こえる…..背後ではキールが魔力を練っているのを感じる。《影槍》か。


この空間のすべてが手に取るように分かる。


——これなら、やれる。


クラフトは静かに口を開いた。


「キール、《影槍》を適当に数発出してくれ。同調発動をするぞ」


キールが一瞬、驚いたように目を見開く。


「わかりました。カウントします!」


「カウントすれば避けられる。適当に打ってくれ」


キールは息をのんだ。


「無茶です!タイミングがずれれば死にますよ!」


「いいから!」


迷いはない。


キールはクラフトの動きが明らかに異常であることに気づいていた。

この異様な速度、精密すぎる回避、読みきったかのような攻撃の連携——


(できるのか?……今のクラフトなら?)


キールは奥歯を噛み締めると、影の中から槍を放った。


狙いは定めない。


ただ、無造作に撃つ。


——だが、クラフトは迷わず動いた。


簡単なことだったんだ


二人で魔力の流れを合わせるから難しい

ならば、俺がキールに合わせればいい


——それだけのことだ。


キールの魔力の流れを、肌で感じ、呼吸のリズムを読む。

脈動の波長を同調させ、ただ、それに従うだけ。


ブラスが瞬時に2人の動きを読み取り膨大な魔力を一気に練り上げる。

「おい蛇野郎、俺もいるぞ、ほら、ちゃんと全員見て戦えよ!」


結果——


複数の魔力の動きに、キマイラの尻尾の大蛇が戸惑い焦ったように蠢く。


今だ。


「——撃つ!」


《影槍》 と 《衝撃撃破》 が、まるで一つのスキルのように連動する。


轟音とともに、キマイラの巨体が吹き飛んだ——。



ブラスは心底嬉しそうに笑った。


「……化けやがったな」


その呟きは歓喜に満ちていた。


(これなら、できる……!)


ブラスは全身に湧き上がる熱を抑えきれず、豪快に叫ぶ。


「クラフト、俺の動きに合わせろ!」


その瞬間、ブラスは《雷耀貫徹》を撃ち放った。

雷撃が放たれると同時に、キマイラが素早く跳躍して避ける。


だが、その先には——


「甘い!」


クラフトが待ち構えていた。


狙いすました一撃、《衝撃撃破》がキマイラの側面を捉え、巨体が弾かれるように揺らぐ。

続く攻撃。クラフトが踏み込むと同時に、ブラスが動いた。


ブラスの一撃——

クラフトの一撃——


次々と繋がる攻撃の連鎖。


まるで、お互いの動きを完璧に読み合っているかのようだった。


ブラスが魔力を練る。

キマイラはそれに反応し、回避の準備をする——


だが、ブラスは何もしない。


キマイラの動きが一瞬止まる。


そこに——


「——そこだ!」


クラフトが回り込んでいた。

狙いすました一撃が、キマイラの後脚を砕く。


ブラスは笑う。


(いいぞ……もっとやれる……!)


「よし、ギアを上げるぜ!」


一瞬で二人の動きが加速する。


クラフトが踏み込み、ブラスが援護する。

ブラスが揺動し、クラフトがその隙を突く。


二人はお互いを全く見ずに、まるで一つの生き物のように動いていた。


攻撃、揺動、攻撃、揺動。


(何年振りだ? こんな戦い……)


ブラスの脳裏に、かつての記憶がよぎる。


ヴェルシュトラでの、訓練の日々。

実戦では、誰もが命を懸けて戦った。

だが、それでも、俺についてこられる奴はほとんどいなかった。


強くなりすぎたのかもしれない。


どれだけ戦いを重ねても、周囲はやがて俺の背を追うことを諦めた。

全力を出せば、仲間がついてこられなくなる。

手を抜けば、戦いそのものがつまらなくなる。


例外は、一握りだけだった。


ヴェルシュトラの中でも、俺の動きに完全に合わせられたのは、ほんの数人。

団長レベルの連中だけだ。


彼らと戦ったときの高揚感は、今でも覚えている。

「俺の限界を引き出し、それに応えてくれる仲間」

それがどれほど貴重で、どれほどの興奮を生むかを。


だが、それはもう何年も前の話だ。


——あの感覚を、もう味わうことはないと思っていた。

いつしか、俺の戦いは「独りでやるもの」になった。

仲間はいる、だが、誰もここまで来れなかった。


退屈……ではない。

だが、どこか満たされなかった。


——しかし、今。


目の前には、俺の全力に呼応する奴がいる。

俺の動きに完璧に反応し、俺をさらに強くする奴がいる。


(……そんな奴が、こんなところにいたのかよ……!)


胸の奥が熱くなる。

久しぶりに味わう、この昂ぶり。


ブラスの笑みが、さらに深くなる。

喉の奥から、熱が湧き上がる。

この瞬間——俺は生きている!!


「これだよ、これなんだよ……!」


何年も失われていた感覚が、今、ここで蘇った。


「さぁ、クラフト——お膳立てしてやるぜ!!」


ブラスが全身の魔力を練り、キマイラの注意を引くように《雷耀貫徹》の発動体勢に入る。

これは揺動だ。俺の攻撃を意識させて、その隙をクラフトに叩かせる。


それが、俺たちの戦い方——のはずだった。


——しかし、その瞬間。


「——なにっ!???」


異変に気づいたのは、スキルを放とうとしたその刹那だった。


俺の前に——

そこにいるはずのないクラフトが、飛び込んできた。


(待て……なんでお前がここにいる!?)


ブラスは一瞬、思考が停止する。

キマイラの隙を突くなら、通常は揺動に合わせて動くはずだ。

だが、こいつは違う。


——俺の魔力の波長に完璧に同調し、まるで待ち構えていたかのように動いた。


(いや、違う……まさか……!)


ブラスが雷撃を放つのと、クラフトが《衝撃撃破》を叩き込むのが完全に同じタイミングだった。


二人の魔力が重なり合う。


《雷耀貫徹》——

《衝撃撃破》——


同調発動。


炸裂する雷撃と衝撃波が、一体となりキマイラを吹き飛ばす。

その巨体が、崖の前まで弾き出された。


ブラスは、ようやく事態を把握したが思考が、追いつかない。


「……はっ!? 練習なしで!? 一発で!?」


クラフトは平然と剣を構え直しながら、あっさりと言い放つ。


「魔力をブラスに合わせるだけだ」


クラフトはまっすぐとキマイラを見据える。


「いくぞ、あとひと押しだ」


ブラスは、まだ脳内が整理できていなかった。


(待て……今のは……)


同調発動は、並大抵の訓練では成功しない。

部隊の仲間ですら、俺と合わせるには何度も調整が必要だった。


それをこいつは——


(狙ってやった……のか……!?)


「とんでもねぇな……」


ブラスは思わず、口から言葉が漏れた。



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