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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
プロローグ

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巨獣を屠るには


クラフト、リディア、キールの三人がオーガが待つ洞窟の奥へと駆け込んだ。


駆け抜けながら、焦りが全身を突き刺すように走る。

頭では分かっていた。ブラスは強い。俺よりずっと、ずっと……でも本当にすべてを任せたままでよかったのか?

どんな英雄にも限界はある。


だがそこにあったのは…..


血まみれのブラスの姿だった。


「ブラス――ッ!」


クラフトの叫びが洞窟に響く。


壁際に倒れ込んだブラスの体は、傷と血にまみれ、見るも無惨だった。

砕けた盾の破片が足元に散らばり、斧の刃は欠け、柄には深いひびが入っていた。

彼が倒れた地面には血の水たまりができ、肩口からは肉が裂けたような傷口が見えた。


ブラスは、斧を杖のようにして支えていたが、その腕は痙攣し、力がほとんど入っていない。

ブラスの呼吸は荒く、胸が上下するたびに血の泡が唇から零れ落ちる。


それでも、ブラスは笑った。


「……何だ……ずいぶん早いな……」


顔を上げたブラスの口元には血が滲み、喉から掠れた声が漏れた。


「あと10分もすれば、オーガと心が通じ合いそうだったのによ……お前ら、邪魔しやがって……」


その言葉とは裏腹に、ブラスの膝は震え、もう立っているのがやっとだった。


「ブラス……!」


リディアが駆け寄ろうとする。


しかし、その瞬間――


オーガが、轟くような咆哮とともに動いた。


「――ッ!」


クラフトが咄嗟に前へ飛び出す。


振り下ろされたオーガの拳が地面を砕き、石片が飛び散る。


「チッ……! 健在ですか」

キールが鋭く睨む。


リディアが駆け寄り、ブラスの肩を抱え上げる。

ブラスの体は驚くほど軽く、血の流出による体温の低下が肌越しにも伝わった。


「待て、俺はまだ——」


「いいから下がって!!」


珍しく怒気を含んだリディアの叫びに、ブラスはかすかに目を見開いた。


ブラスは息を吐き、観念したように肩を落とす。


力が抜けた斧の柄が、カランと虚しく地面に転がった。


「リディア、ブラスを後方に。オーガに近づけさせるな」


「わかった!」


リディアがブラスを後方へと運ぶ。



キールが素早く状況を分析し、提案する。


「クラフト......」


「……分かってる」


クラフトは鋭くオーガを睨んだ。


「今、撤退すれば全員生き延びる可能性が高い」


「だが、オーガを倒さなければ――俺たちはここから出られない」


リディアはブラスの傷を確認しながら歯を食いしばる。


「時間をかければ、ブラスの回復が間に合うわ…….」


「でも……それまで、オーガが待ってくれると思う?」


キールが冷静に首を振る。


クラフトは肩で息をしながら、オーガを睨みつけた。

「いや、まだ終わってない。」


「まさか、何か策があるんですか?」


「……同調発動だ。」


「……は?」


キールの眉がわずかに動いた。クラフトも自分の言っていることがどれほど無謀かは理解していた。それでも、言うしかなかった。


「同調発動なら、あいつの皮膚を貫けるかもしれない。」


「それは熟練のペアが訓練を積んで使えるものです。私たちは一度も試したことがありません。」


「でも、やるしかない。」


キールは短く息を吐いた。


「ブラスが言ってたんだ。『同調発動は、相性が合えば成功する』って。訓練じゃどうにもならないが、直感的に噛み合う相手ならいけることもある、と。」


「……直感ですか?」


クラフトは笑みを浮かべる。「お前とは小さい頃から一緒にいた。俺は戦いの流れを読むのが得意だし、お前は俺の動きを瞬時に見極める。俺たちなら、合わせられる。」


キールはオーガを一瞥し、唇を噛んだ。――確かに、他に手はない。


「……分かりました。ただし、タイミングは完璧に合わせてください。ズレたら、我々が殺されます。」


クラフトは無言で頷いた。


キールは小さく鼻を鳴らし、皮肉げに笑う。「ブラスが占い師でも始めるなら、あなたは賭博師ですね。」


「だったら、お前も付き合え。」


二人はオーガに向かって同時に踏み込んだ――。




オーガの巨体が動いた。


ゴォンッ――!!


分厚い拳が振るわれ、洞窟の壁が砕ける。

岩片が飛び散る中、クラフトは剣を逆手に構えながら、すれすれの距離で攻撃を回避した。


「……くっ!」


鋭い眼光とともに、クラフトは剣を振り抜く。


キィンッ!!


オーガの分厚い皮膚を削り取るが、深くは届かない。

血の一滴すら流れないほど、その肉体は頑強だった。


(……ダメージが通りにくい)


だが、攻撃を止めるわけにはいかない。

オーガがすかさず振るった腕を、クラフトは剣を使って受け流す。


オーガの体制が微妙に崩れた、その瞬間――。


「キール、今だ!」


二人は同時に構えを取る。

クラフトは《衝撃撃破》、キールは《影槍》。


同調発動は魔力の波動が交差し、わずかなズレでも失敗するほど繊細な制御が求められる。

―それを、今、この場で初めて試みる。


クラフトの剣に魔力が収束する。

キールの魔力の槍が黒く輝く。


「カウントします——3、2、1……」



「《衝撃撃破》!!」


「《影槍》!!」


二つのスキルが同時に放たれた。


轟音が洞窟に響く。


魔力が共鳴し、圧倒的な一撃となってオーガの胸を撃ち抜いた。

肉厚の皮膚が裂け、衝撃が内部へと食い込む。


「——効いた!?」


リディアの驚き混じりの声が響く。


オーガの巨体が揺らぎ、膝をついた。

ごつごつとした床に拳を突き、荒い息を吐く。


「やった……!」


リディアが希望を感じたその瞬間――。


「ウォォォォオオオ……!」


オーガが咆哮した。


その巨体が大きく揺れ、膝をついたままの姿勢で拳を振り上げる。


「……効いてる……!」


クラフトが確信する。


これまでの攻撃はまるで歯が立たなかった。

だが今――確かに、オーガは膝をついた。


同調発動は、成功した。


「……このまま畳みかける!」



クラフトとキールは荒い息をつきながらも、互いに視線を交わした。


「キールもう一度やるぞ」


クラフトがそう言うと、キールは一瞬躊躇った。


「……魔力の負担が大きい。私もあなたも、先ほどのでかなり消耗しています」


「それでも、やるしかない」


キールは小さく息を吐いた。


「……分かりました。ただし、タイミングは完璧に合わせてください」


「ズレたらこっちが殺される、だろ?」


クラフトが薄く笑い、剣を構えた。


キールは静かに頷く。


再び、オーガとの剣戟が始まる。


オーガは明らかに警戒を強めていた。

先ほどの一撃が効いたのか、今度は安易に攻撃を仕掛けてこない。


しかし、それでも巨大な拳の振り下ろしは、避けるだけでも大きな負荷を強いる。


「くそ……!」


クラフトは額に浮かぶ汗を拭う暇もなく、オーガの隙を狙い続けた。


キールもまた、魔力を練りながら攻撃の機会を窺う。


「クラフト、右に回って下さい!


「あぁ!」


「——3、2、1……」


クラフトはオーガの腕を避けながら、側面へ回り込んだ。

そして——その瞬間。


「——今だ!!」



「《衝撃撃破》!!」


「《影槍》!!」


再び魔力が交差する。

だが――。

ごく僅かに、しかし致命的なズレ。


オーガが動いたのだ。


先ほどの攻撃で学習したかのように、踏み込みの瞬間に体をわずかに捻る。

その影響で、クラフトとキールの魔力の波長が微妙に狂った。


「——しまっ」


次の瞬間、オーガの拳が追撃を仕掛けてきた。


「……ッ!!」


クラフトは避ける間もなく、その拳をまともに受けた。


「——ッ!!」


次の瞬間、クラフトの体が強烈な一撃を受け、吹き飛ばされた。


鈍い音が響く。


クラフトは壁へと叩きつけられた。

全身に衝撃が走り、視界が暗転する。


(……くそ、力が……入らない……)


腕の骨が砕け、肋骨にもヒビが入った感覚があった。

呼吸がうまくできない。


「クラフト――ッ!!」


リディアの叫びが遠く聞こえる。


(くそっ……意識が……)


視界が揺らぐ。

冷たい岩の感触を背中に感じながら、クラフトの意識が深い闇へと沈んでいった。



お読みいただき、ありがとうございました。

小さな物語ですが、どこかに残るものがあれば嬉しいです。


※もし続きを読みたいと思っていただけたら、評価やブクマでお知らせください。

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