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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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その目が見据えるものは


「普通のスピードで当たらないなら——」


《連撃解放》——発動。


スキルでギアを切り替える。空気を切り裂くような疾走。


キマイラの前足が鋭く振り下ろされる。

クラフトは剣を横に弾き、爪と刃がぶつかり合い、火花が散る。

衝撃の余波を利用して即座に跳び、刃を逆手に構え直す。


(こいつ、速い……!)


真正面からの攻撃では押し切れないと判断し、クラフトは攻撃の薄そうな側面を狙い、踏み込む。


しかし——


ブンッ!!


大蛇の尻尾が鋭くしなり、クラフトの接近を遮る。


「っ……!」


反射的に側方に飛び退き、ギリギリで回避する。

だが、その回避した先は——


キマイラの真正面、至近距離。


クラフトは目を見開いた。


(しまった——!)


獅子の瞳が光る。

強烈な爪撃が振り下ろされる。


クラフトは瞬時に剣を構え、紙一重でその一撃を受け止めるが、衝撃が腕を痺れさせる。


(あの尻尾、思ったより厄介だ……)


しかし、今は距離が近すぎる。


クラフトは一か八か、至近距離での《衝撃撃破》を発動する。


「——ッ!」


強烈な衝撃波が爆ぜる。

その一撃がキマイラの顔面に直撃し、巨体がわずかに後退する。


(……当たった!?)


クラフトは着地しながら、叫ぶ。


「こいつ、巨体の割に意外と軽いぞ!」


瞬時に、脳裏にある考えがよぎる。


「ヘルハウンドを落とした崖——あそこに落とせないか!?」


その言葉が響くや否や、キールの思考が疾走する。


スキルでのけぞらせた距離は、わずか数メートル。

キマイラと崖の距離は……絶望的。

誘導するしかない……だが……


キマイラを引きつけながら崖へ誘導? いや、リリーが走れる状況じゃない。

ブラスがリリーを抱えて避難? そんな余裕はない。

最悪、リリーを置いて誘導……? 馬鹿か!

魔力切れで疲弊したリリーが、真っ先に狙われるのは明白。

崖までの距離を考えると、現実的ではない……しかし


「……もうそれしかないですね」


キールが決断を下した。


「俺が引きつける! クラフト、頼む!」

ブラスが前に出る。


クラフトは剣を構え直し、キールに目を向けた。


「キール、あれをやるぞ。カウント頼む!」


「……わかりました」


《連撃解放》を発動してクラフトが疾走する。

キマイラの攻撃が嵐のように降り注ぐ。


前脚の鋭い爪、尻尾の大蛇の一撃、牙を剥いた獅子の咆哮。

そのすべてを、紙一重で避けながら走り抜ける。


キールが目を細め、魔力を練る。


「行きます——3、2、1……」


(……キマイラの動きが変わった?)


違和感が走る。


何かがおかしい。


「——ッ!」


キールの背筋が粟立つ。


だが、もう止められない。


クラフトとキールの魔力が完全に重なり合う。

同時に、**《影槍》と《衝撃撃破》**が完璧なタイミングで発動——


「……完璧だ!」


クラフトが確信を持って放った攻撃が、しかし——キマイラが、躱す。


「なっ……!?」


その瞬間——大蛇の尻尾がうねり、クラフトの死角から鋭く振り抜かれた。


「——ッ!!」


クラフトは咄嗟に剣を構え、衝撃を正面から受け止める。

刃が尻尾を弾くが、衝撃は強烈で、腕にしびれが走った。


(まずい——!)


体勢を立て直す間もなく、剣ごと弾き飛ばされる。


視界が揺れた。重力が逆さまになる。


次の瞬間——岩壁が目前に迫る。


「——ッ!」


瞬間的に腕を交差させ、衝撃を肩と背中で受ける。

激しい衝撃とともに、身体が岩肌に叩きつけられた。

岩が衝撃で砕ける。

砂煙が舞い、クラフトは崩れた岩の隙間に倒れ込んだ。



「クラフト!!!」

リリーが絶叫した。


崩れた岩の隙間に、クラフトが倒れ込んでいた。


リリーが駆け寄る。

震える手でポーションを口元へと傾ける。しかし、クラフトの喉は微動だにせず、液体は口の端からこぼれ落ちる。

リリーが揺さぶると、彼の腕がだらりと落ち、虚ろなまま動かない。


「お願い……飲んで……!」


「ブラス!! クラフトの意識がない!!」


リリーの叫びに、ブラスが歯を食いしばる。


「くそっ……!! これを飲ませろ!」


ブラスが盾を構えながら叫ぶ。


「気付けに効く! 今すぐ飲ませろ!!」


小瓶に入った赤い液体をリリーに投げ渡す。


リリーはそれを見て、一瞬戸惑う。


ブラスが**《剛壁の構え》**で攻撃を受け流しながら叫ぶ。

(これで起きなければ、かなりやばいな……)


キールは短く息を吐き、素早く影槍を放つ。

その軌道はランダム。狙いを悟られないよう、不規則なタイミングで次々と放った。


しかし——


「……すべて避けられた。」


キールは目を細める。

あまりにも不自然だ。


(普通の魔物なら、どれかは当たる……。だが、こいつはすべて見切っている。)


速さの問題か? それとも勘が鋭いのか?

いいや、違う——回避の瞬間、大蛇がわずかに動いた。


影槍の放たれるタイミングと、キマイラの回避の動き。

それがピッタリと一致している。


(まさか……)


キールはもう一度影槍を構え、魔力を込める。

その瞬間——キマイラの大蛇の視線がこちらを向いた。


(やはり……)


魔力を放つ前に、既に反応している。

キマイラではなく、大蛇が——魔力を感知している。


「やっぱり……間違いない。」


キールは静かに呟いた。


リリーは受け取った小瓶を見ながら呟いた。

「これって……オーガの血……?」


「……お願い、クラフト……」


リリーは震える手でクラフトの口元にオーガの血を流し込んだ——。


リリーはクラフトの口元に小瓶を傾ける。


「……お願い、飲んで!」




ドロリとした赤黒い液体がクラフトの唇を濡らし、喉を流れる。

次の瞬間——


「——ッ!!!」


クラフトが激しくむせ返りながら目を見開いた。


「俺はどのくらい……気を失ってた?」


リリーが安堵の表情を浮かべ、力強く答えた。


「……一瞬だけ!」


クラフトは、まるで眠りから覚めるように静かに呼吸を整え、ゆっくりと上体を起こした。


目の前のクラフトは、確かに彼女の知るクラフトだった。

だが、どこか違う。

力強く答えながらも、胸の奥に生まれた小さな違和感が、消えなかった。


「クラフト…?」


問いかけたのに、反応がない。


クラフトの視線は、ただキマイラに向けられたまま。


どこか違う。リリーの指が微かに震える。

だが、その理由を、彼女はまだ理解できなかった。


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