そのスキル、派手ですか?
いつもの席に腰を下ろし、クラフト、キール、ブラスの三人が依頼書を囲んでいた。
テーブルの上には、ハイネセンから渡された依頼書が広げられている。
「……魔導石採掘場での異常発生、か」
クラフトが依頼書を眺めながら、静かに呟く。
「採掘場のモンスター発生なんて、珍しくもない話だろ?」
ブラスが腕を組みながら、胡散臭そうに書類を覗き込んだ。
「確かに、魔導石が一定量集まるとモンスターが発生するのは事実です」
キールが冷静に言葉を補足する。
「ですが、今回のケースは『すでに回収済みの採掘場』で異常発生が続いている……これは、少し妙ですね」
「回収済みの採掘場ってことは、魔導石がもうねえんだろ?」
「そのはずです。しかし、もしもモンスターが発生し続けているとすれば、何か見落としている可能性があります」
キールは依頼書をめくりながら、細い指で記された文言をなぞる。
「ヴェルシュトラがこの依頼を出したのも、単なる異常発生では済まされない状況だからでしょうね」
「そりゃまた光栄な話だな! 俺たちが先にぶつかって、何が起こるか確かめてくれってか?」
ブラスが鼻を鳴らしながら、背もたれにどっしりと寄りかかる。
「……まぁ、やつらの考えそうなことだぜ」
クラフトはため息をつく。
「この依頼、どうする?」
キールが、二人を見やる。
「選択肢なんてねぇよ。財布が空腹で泣きすぎて、もう干からびちまってる!」
ブラスは豪快に笑いながら肩をすくめた。
「それに、これだけ話を聞かされたら、逆に気になっちまう。
回収済みなのにモンスターが発生し続ける理由……そこんところ、ちょっと確かめてみたくなったぜ」
「……そうだな」
クラフトも頷く。
「でも、俺はもう一つ気になってることがある」
クラフトは依頼書をじっと見つめたまま、静かに息をつく。
「……これがもし、これからも続くとしたら?」
キールとブラスがクラフトを見る。
「今回の異常発生がたまたまならいい。でも、もしこれが何かの兆候で、今後も繰り返されるとしたら……?」
クラフトはゆっくりと視線を上げた。
「俺たちは冒険者だから、こういう異常に気づくことができる。でも、力のない人たちはどうだ? 近くの村に住んでる人間は? 次に被害が出るとしたら、そこだ」
クラフトはゆっくりと、キールとブラスを見つめる。
「今回の犠牲者はいないかもしれない。けど、次は? さらに次は?」
ふと、クラフトの脳裏にリディアの姿が頭をよぎる。
「手遅れになってからじゃ、もう遅いんだ……」
キールが静かに息をつきクラフトの方に視線を向ける。
「つまり、クラフトは……この異常発生が放っておけるものなのか、きちんと確かめたい、というわけですか?」
クラフトは頷いた。
「そうだ。たとえ単なる偶発的なものでも、確認しなきゃ分からない。
もしこれが本格的な危険の前触れなら、手遅れになる前に対処しないといけない」
「クラフトの博愛精神には頭が下がりますね。まぁ、財布の中身はついてこないですが」
キールがため息をつきながら、肩をすくめる。
「そうかもしれない。でも、冒険者がそういうことを考えなくなったら、結局一番困るのは、弱い立場の人たちなんだ」
クラフトの言葉は、理想論といえばそれまでだった。
だが、その目には迷いがなかった。
「……まぁ、ついでにやるか」
ブラスがにやりと笑い、背もたれにどっしりと寄りかかる。
「依頼を受けなきゃ飯が食えねぇしな」
「どうせなら、意味のある仕事をした方がいい」
キールも微かに笑うと、依頼書を指で軽く叩いた。
「よし、決まりだな…ただ…あとは、リリーをどうするか、だな」
クラフトが腕を組みながら呟く。
キールも依頼書から目を離し、冷静に言葉を続けた。
「実戦経験がほぼない彼女を連れていくのは、やはりリスクがあるかと。彼女が負傷すれば、依頼にも支障が出る可能性があります」
「まぁな……」
クラフトは頷きながらも、どこか煮え切らない表情を浮かべる。
そこに——
「おいおい、そんな心配する必要ねぇだろ?」
ブラスが椅子の背もたれにどっしりと寄りかかり、豪快に笑った。
テーブルに足を投げ出す勢いで、肩をすくめる。
「もうリリーは自分の身は自分で守れる。俺がみっちり鍛えてやったからな!」
「あなたの“みっちり”ほど信用できないものはないんですよ……」
キールが呆れたように呟くと、クラフトも小さくため息をついた。
「リリーの努力は認める。でも、今回の依頼は危険すぎる」
「だからって、いつまでも甘やかすのか?」
ブラスは鼻を鳴らしながら腕を組んだ。
「お前らの言いたいことも分かるがよ。あいつだってもう立派な冒険者だ。そろそろ“守られる側”じゃなくて、“戦う側”にならねぇと」
クラフトとキールが視線を交わし、言葉を探そうとしたその時——
「——心配しないで!」
明るい声がギルドに響いた。
振り返ると、そこにはアカデミア帰りのリリーが立っていた。
制服のスカートの裾を翻しながら、堂々と胸を張ってこちらに歩いてくる。
「私だってちゃんと訓練してるんだから! ブラスに鍛えてもらってるし、それに……」
リリーは少し得意げな表情になり、口元をニヤリと歪めた。
「アカデミアで新しいスキルを覚えたわ」
「……新しいスキル?」
クラフトが慎重に尋ねる。
するとリリーは目を輝かせ、拳を握りしめた。
「ええ! しかも、派手で威力もバカでかいスキルをね!」
「派手で……バカでかい……?」
クラフトとキールが同時に顔をしかめた。
「おお! さすがリリー!!」
しかし、一人だけ大喜びする男がいた。
ブラスがガハハと笑いながら、リリーの肩をバンバンと叩く。
「お前、しっかり俺の教えを守ってるじゃねぇか! スキルはな! 何よりも派手さが大事だ!!」
「でしょ!? さすがブラス! ちゃんと分かってる!」
リリーも満面の笑みで拳を突き上げる。
二人の間で、謎の意気投合が生まれていた。
「いや、待て待て待て」
クラフトが即座に手を上げ、ツッコミを入れた。
「派手さは必要ない。威力が高ければいいってものでもないだろ」
「そうですよ、クラフトの言う通りです」
キールも腕を組み、冷静に続ける。
「効率的な戦い方と、魔力の運用が何より重要なはずです。派手さだけを追求するのは、全くの無意味です」
「なぁに言ってんだ、お前ら!」
ブラスが腕を組みながら、ドンッとテーブルを叩いた。
「戦場ってのはな、派手で目立ってナンボなんだよ! 敵に『あいつはヤベェ』って思わせりゃ、それだけで戦闘は有利になるんだ!」
「そんなんで勝てたら苦労しないだろ!!」
クラフトが即座に反論した。
「俺……ブラスにリリーを預けたの、正解だったのか?」
クラフトが疲れたように眉間を押さえると、キールが皮肉めいた笑みを浮かべながら肩をすくめた。
「ほら、言ったでしょう? 責任は全てあなたにありますよ、クラフト」
「おい、俺のせいか!?」
「当然でしょう。リリーにブラスを任せたのは、あなたの判断ですからね」
「ぐっ……」
クラフトが唇を噛む横で、リリーとブラスは二人で「威力がどのくらい派手か」「どんな場面でぶっぱなすか」などと楽しげに話し合っていた。
——どうやら、今回の依頼もまた、一筋縄ではいかなさそうだった。




