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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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その笑みは、どちらにも与さない

ヴェルシュトラのギルド――その掲示板の前で、クラフト、キール、ブラスの三人が立ち尽くしていた。


「……そろそろ依頼を再開しないと、活動資金が厳しいですね」


皮肉めいた口調でキールが呟く。


「……悪かったよ」


クラフトがバツの悪そうに頭をかいた。


いつもなら、こういう時に軽口の一つも返してくるのに、今日はそれがない。

キールは、珍しく居心地が悪くなり、慌てて拙いフォローを入れる。


「ま…まぁ、別に責めてるわけじゃありませんよ。ただ..あの、現実として資金が尽きれば、食事すらままならなくなるわけで……」


「……分かってるよ」


クラフトは苦笑するが、その表情にどこか申し訳なさが滲んでいた。


「こんなちっちぇえギルドじゃ、高報酬の依頼はなかなかなぁ」


ブラスが腕を組みながら呟く。


「へぇ、俺のギルドはちっちぇえってか?」


突然、背後から低く響く声。


ギルド長が皮肉げに笑いながら、カウンターの奥から出てきた。


「お前、今度から受注手数料を倍にしてもいいんだぞ?」


「いや、それは勘弁してくれ……」

ブラスが肩をすくめ、苦笑いを浮かべる。


その和やかなやりとりを遮るように、ギルドの入り口からバタバタと駆け込んできた一人のギルド職員。


「大変です!!」


息を切らしながら、血相を変えて駆け寄ってくる。


「ヴェ、ヴェルシュトラの重役が……! 直々に、ここに来てます!!」


その場にいた冒険者たちの間に、ざわめきが広がる。

ヴェルシュトラの名を聞くだけで、場の空気が一瞬にして張り詰めた。


クラフトとキールが反射的に視線を交わす。

ブラスの肩がピクリと硬直した。


そこに立っていたのは、ヴェルシュトラのハイネセンだった。


黒いロングジャケットを身に纏い、胸元には無駄に豪華な金のタイピンが光る。

一見、穏やかそうな微笑みを浮かべているが、その目の奥には狡猾な光が宿っていた。


クラフトとキールが一瞬、身構えたその刹那。


ブラスの体がピクリと硬直した。


そして、彼は無意識に背を向け、壁際へと動いた。


「……ブラス?」


クラフトが小さく呼ぶ。


だが、ブラスは何も答えず、拳を握りしめるだけだった。


そんな様子を、ハイネセンは愉しげに眺めながら、ゆったりと歩み寄る。


「君がノクスのクラフト君だね?」


にこやかに声をかける。


「聞いているよ。オーガ討伐にラットロード退治……なかなかの戦果だねぇ」


クラフトは無言でハイネセンを見据える。


「これはこれは……」


ハイネセンは、ゆっくりと視線をブラスへ移し、わざとらしく微笑んだ。


「ブラスくん、久しぶりじゃないか?」


ブラスは、その言葉にゆっくりと振り向く。


「……ハイネセン」


低く唸るような声だった。


「突然いなくなったからねぇ。皆、心配してたよ?」


その笑みは「心配してた」と言うにはあまりに楽しげで、どこか面白がっているようにも見えた。


「……あぁ、悪いな」


ブラスは唸るように答える。


「ヴェルシュトラを辞めたって聞いたときは、驚いたよ。まさかこんな場末のギルドに流れ着くとはねぇ?」


その言葉に、ブラスの拳が音を立てて握り締められる。


「まぁ、ブラスくんがいなくても、ヴェルシュトラは何の問題もなく回っているけどねぇ?」


ハイネセンは、まるで何気ない話でもするように、さらりと告げた。


「……」


ブラスの肩がわずかに揺れた。


「そうそう。君がいなくなってからも、ヴェルシュトラの仲間たちはよくやっているよ。

“前よりも統制が取れて、ずっと効率が上がった”なんて声もあるくらいだ」


「…………っ」


ブラスは言葉を発さなかった。


「でも君は、もう関係ない話だったね?」


ニヤリと笑うハイネセン。


それは、ただの事実の確認ではなかった。


それは、かつて誇りを持って戦ったヴェルシュトラの一員であったブラスに対する、あまりにも残酷な“突き放し”だった。


ハイネセンがブラスを痛烈に言い負かし、さらに言葉を重ねようとしたその瞬間——


「そのくらいにしときなよぉ、ハイネセン」


緩い口調の声が割り込んだ。


ハイネセンが振り向くと、そこに立っていたのは、長い外套を纏った男——オラクスだった。


「……オラクス」


「また随分と楽しそうなことしてるねぇ」


オラクスは、ギルドの片隅で椅子に腰掛けながら、気だるげにワインのグラスを揺らしていた。

口元にはいつもの飄々とした笑み。


「……貴様に関係のある話ではない」


ハイネセンは不機嫌そうに眉をひそめた。


しかし——


「まぁまぁ、それはそうなんだけどねぇ」


オラクスはくすくすと笑いながら、ハイネセンの耳元に顔を寄せる。


そして、彼だけに聞こえる声で、ぽつりと囁いた。


「——あんまり楽しみすぎると、例の件が表に出ちゃうかもしれないよ?」


一瞬で、ハイネセンの顔色が変わった。


「……っ!」


ハイネセンの手が、無意識に拳を握る。


「貴様……何を……」


「ん? 何のことかねぇ?」


オラクスはとぼけたように笑い、ワインを一口飲んだ。

その後、少し顔を寄せて、小声で耳打ちするように言った。


「僕さ、中立だから。けど……ヴェルシュトラのトップと、僕の仲。……忘れてないよね?」


「……」


ハイネセンはしばらく黙っていた。

そして、やや苛立たしげに舌打ちをひとつ。


「……くだらん」


そう吐き捨てると、クラフトへと再び向き直り、わざとらしく微笑んだ。


「それじゃあ、依頼はよろしく頼むよ。期待している」


最後にブラスを一瞥すると、ハイネセンは足早にギルドを後にした。


その背中には、先ほどまでの余裕が、ほんの少しだけ崩れていた。


オラクスはワインを揺らしながら、その様子を見送ると、にやりと笑った。


「やれやれ、ほんとに面白い連中ばっかりだねぇ」


ブラスは深く息を吐き、拳をゆるめた。


そして、小さく、だが確かに笑った。


「……わりぃな、オラクス」


オラクスは肩をすくめながら、ただワインを飲み干した。


——ギルドの空気が、少しだけ軽くなった気がした。


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