光と影の策略
クラフトは即座に距離を詰め、《衝撃撃破》を繰り出した。
一瞬のうちに拳をオーガの体へと叩き込む――が。
ゴッ……!
硬い。
まるで岩を殴ったかのように、衝撃が吸収されていく。
「……スキルが通らない!?」
クラフトの瞳が揺れる。
その間に、オーガの拳が振り上げられる。
「伏せろ!!」
ブラスが叫ぶと同時に、オーガの巨大な腕が振り下ろされた。
轟音とともに、洞窟の床が砕け、砂埃が舞い上がる。
「一旦下がるぞ! まともにやり合ってたら、こっちが潰される!」
クラフトが叫ぶと、全員が後方へと飛び退く。
狭い洞窟内では、大型のオーガが動くたびに天井から岩が崩れ落ち、視界を遮る。さらにゴブリンたちが押し寄せることで、戦線の維持は難しくなってきた。
「オーガが邪魔で遠距離攻撃も満足に撃てないわ。」
リディアが歯を食いしばる。
「物量を減らさないと、どうしようもねぇ……。」
ブラスが苦々しく呟く。
「クソッ……!」
クラフトが悔しげに奥歯を噛みしめた。ゴブリンの物量に押され、オーガの圧倒的な力に阻まれ、状況は悪化の一途を辿る。
「どうする?」
リディアが息を整えながら周囲を見渡す。
キールは一歩後ろに下がり、冷静に全体を俯瞰していた。そして、静かに口を開く。
「......ブラス、あなた一人でオーガを足止めできますか?」
その言葉に、一瞬場の空気が張り詰める。
「……おい、冗談だろ?」
クラフトの声に怒気が混じる。
だが、当のブラスは動じることなく、ニヤリと笑う。
「オーガとタイマンか……俺に惚れるなよ?」
ブラスは大斧を肩に担ぎながら軽口を叩くが、その目は真剣だった。
「待てよ!!そんな無茶なこと――」
クラフトが強い口調で否定しようとするが、その言葉を遮ったのはリディアだった。
「クラフト、ちょっと待って。一旦、キールの話を聞きましょう。」
クラフトはリディアを見つめ、僅かに息を吐く。キールがこう言う時は、ただの無謀な作戦ではないはずだ。
「……分かった。聞こう。」
キールは静かに頷くと、冷静な口調で作戦を説明し始めた。
「この状況での勝利条件は、まずゴブリンの物量を削ること。そして、最も厄介なゴブリンメイジを無力化することです。」
キールは指を洞窟の壁へ向けた。そこには狭い坑道が伸びている。
「まず、遠距離攻撃が厄介なゴブリンメイジを最優先で狩ります。それから、坑道の細道へゴブリンたちを誘導し、狭い空間で戦闘を行う。」
「なるほど、物量の差をなくすってことね。」
リディアが理解したように頷く。
「ええ。さらに、私の《捕縛糸》を坑道内に仕掛け、ゴブリンの機動力を奪います。細い道で動きが制限されれば、一度に襲いかかってくる数も減る。そこで各個撃破していく。」
「……それで、ブラスがオーガを抑えている間に、俺たちでゴブリンを片付けるってわけだな。」
クラフトが腕を組みながら確認する。
「えぇ。ブラスが持ちこたえている間に、こちらは戦力を整理し、最後にオーガを仕留めます。」
キールは冷静な眼差しのまま、一同を見渡した。
「……できますか?」
しばしの沈黙の後、ブラスが豪快に笑った。
「できるかって?楽勝すぎてあくびが出るぜ。お前らはゴブリンと仲良くお茶会でもしとけ」
「決まりね….」
リディアが頷き、杖を構えた。
クラフトは一瞬迷ったが、すぐに意を決したように剣を握り直す。
「……分かった。やるぞ。」
ノクスの面々はそれぞれの役割を確認し、改めて戦闘態勢を整える。
そして、新たな戦略が動き出す。
ノクスの面々はそれぞれの役割を確認し、改めて戦闘態勢を整える。
そして、新たな戦略が動き出す。
キールが素早く印を結び、《捕縛糸》を発動。無数の魔力の糸が地を這い、ゴブリンの足元に絡みついた。逃げようとしたゴブリンたちが次々と転倒し、混乱の渦が生まれる。
「今です、クラフト!」
キールの声に呼応するように、クラフトが足元の罠を軽やかに飛び越えながら前方へと突進する。
「……逃がすか!」
クラフトの剣が閃き、ゴブリンメイジへ一直線に切り込む。その瞬間メイジの護衛をしていたハイゴブリンがその動きに反応し、背後からクラフトに踏み込んだ。
「危ない、クラフト!」
リディアが叫び、《閃光炎》を発動。眩い閃光と炎の衝撃がハイゴブリンの目前で炸裂する。
「ギィィッ!!」
強烈な光に目を焼かれたハイゴブリンが苦悶の叫びを上げて体勢を崩す。クラフトはすかさず振り返り、その隙を見逃さずに斬り返した。
「助かった、リディア!」
戦場は、緻密な連携の中で少しずつ均衡を崩し始めていた。
ゴブリンメイジを討伐し、狭い坑道へと誘い込むことで物量差を克服する。
しかし、それは同時に長期戦を意味した。
「はぁ……はぁ……くそ、どれだけいるんだ……!」
クラフトが息を切らしながら剣を振るう。斬り伏せたゴブリンの血が飛び散り、すでに洞窟の床はぬめりを帯びていた。
リディアは《閃光炎》を放ち、キールは《影槍》で狙いを定める。
だが、終わりが見えない。
「……っ、さすがに、そろそろ……」
リディアが呟いた、その時。
ズルッ――!
「――っ!?」
リディアの足が滑った。
モンスターの血でぬめった床に足を取られ、リディアの体勢が崩れる。
パシッ!
反射的に放った《閃光炎》が洞窟の壁へと弾かれ、近くに転がっていた魔導石に命中した。
そして――
魔導石が光り出す。
「えっ……?」
リディアの顔に驚愕の色が浮かぶ。
激しく光った魔導石が徐々に淡い輝き帯びていく。
「光った……?」
「――いや、それより……!」
キールがすぐに警戒の声を上げる。
その光に、周囲のゴブリンたちが反応していた。
「……ギィイイイ!!!」
悲鳴のような叫びが響く。ゴブリンたちが一斉に怯え、混乱し始めた。
「……光に弱いのか!」
クラフトがすかさず叫ぶ。
「なら――一気に押し切るわよ!」
リディアが魔導石の光に気づき、素早く構え直した。
キールも即座に《魔光弾》を放ち、ゴブリンの群れを蹴散らす。
「今だ、畳みかけろ!」
クラフトが《連撃解放》を発動し、ゴブリンの群れへ猛攻を仕掛ける。
リディアが魔導石の光を利用しながら、次々と敵を撃破していく。
数瞬後――
ゴブリンの群れが、完全に沈黙した。
静寂が訪れる。
「はぁ……はぁ……っ、なんとか……」
リディアが荒い息を吐きながら、剣を杖代わりに立ち上がる。
キールが洞窟の奥へと目を向ける。
「……ブラスの援護に向かいますよ」
その言葉に、クラフトは弾かれるように顔を上げた。
「――っ、そうだ!」
くそっ、予想以上に時間がかかった。
ブラス、無事でいてくれ……!
胸の奥が焦燥感で締めつけられる。
鼓動が早まるのを感じながら、クラフトは振り向くことなく、傷だらけの体を押し、駆け出した。
リディアとキールもすぐに続く。
崩れかけた壁を乗り越え、瓦礫を避けながら奥へと急ぐ。