興味を持った時点で、ゲームは始まる
ヴェルシュトラの中枢、その一角にある執務室。
重厚な木製のデスクの上には、山のように積まれた書類が並ぶ。
厚みのあるカーテンが陽の光を遮り、部屋全体に沈んだ空気が漂っていた。
その中心にいるのは、一人の男——ハイネセン。
黒いジャストコールのロングジャケットを羽織り、無駄に豪華な金細工のタイピンが胸元で鈍く光る。
一見、実用的で洗練された装いのはずが、権力の誇示にまみれた装飾が異様な存在感を放っている。
椅子に深く腰を沈め、太い指で前髪を撫でつけながら、ハイネセンは退屈そうにスカウト候補の書類をめくっていた。
「……どいつもこいつもパッとしないな」
ぶ厚い指で書類を弾きながら、つまらなそうに呟く。
机の上に並べられたのは、ヴェルシュトラが求める戦力のスカウト候補たち。
どれも一定の実力を持っているが——
「戦闘能力はそこそこ……頭もそこそこ……だが決め手に欠ける」
ハイネセンはため息をつき、書類を無造作に放る。
そのとき——
「ハイネセン様」
机の前に立つ部下が、慎重に一枚の書類を差し出した。
「こちらは、いかがでしょうか?」
ハイネセンは、無関心そうに手を伸ばし、書類を取る。
しかし——
次の瞬間、彼の目が細められた。
「……ほう」
先ほどまでの退屈そうな表情が消え、口元の微笑みの端がわずかに吊り上がる。
指で書類の端をなぞりながら、じっくりと目を通す。
「ノクス……」
名前を転がすように呟きながら、ページをめくる。
ゴブリンの群れを壊滅させ、たった4人でオーガを討伐。
さらにラットロード討伐では、優れた戦略眼を見せた。
どれも申し分のない戦果だった。
「……面白い」
机の上に肘をつき、指先で書類をトントンと軽く叩く。
「しかし、一つ気になるな……」
「は?」
「メンバーの一人が入れ替わっている」
ハイネセンは書類の端をめくり、もう一度ノクスの情報を確認する。
「元々いたリディアという女がいなくなり、代わりにリリーという少女が入っているな……」
部下が頷く。
「ええ、リディアは死亡し、妹のリリーが正式にノクスの一員となったようです」
ハイネセンは指先で書類を軽く弾きながら、じっとリディアの戦績を眺める。
「リディア……治療、遠距離攻撃、近接戦、あらゆる状況に対応できるオールラウンダーだな」
「はい。突出した個性こそありませんが、補助と攻撃の切り替えが迅速で、特に連携戦では高い評価を受けていました」
「……それが抜けたとなると?」
ハイネセンは、片眉を上げて部下を見た。
「戦闘のバランスが崩れる可能性があります。特に治療役を兼ねていた点は大きいかと」
「ふぅん……」
ハイネセンは、書類の端を軽く叩きながら、考え込むように目を細めた。
「代わりに入ったリリーという少女、実力のほどはどうなんだ?」
部下は少し言葉を選ぶようにした後、慎重に答えた。
「彼女はアカデミアで学んでおり、座学の成績は優秀ですが、実戦経験はほぼありません」
「なるほどな」
ハイネセンは満足げに笑いながら、椅子の背もたれにゆったりと身を預ける。
「戦力にどんな変化があったか……確かめる価値はありそうだな」
「もう一度、ヴェルシュトラから適当な依頼を投げろ。
彼らがどれだけの実力を持ち、どんな戦法をとるのか……じっくり見極めるとしよう」
「承知しました」
部下が恭しく頷き、執務室を後にしようとする。
だが——
「いや、待て」
ハイネセンの声が低く響いた。
部下が振り返ると、彼の指が書類の一点を指していた。
「このメンバーの中に……クラフト、リリー、キールそれと……」
その名を口にした瞬間——
ハイネセンの肩が震えた。
次第に、彼の喉の奥から、くくくっと含み笑いが漏れ出す。
「……ふっ……」
「ふふ……くくっ……こりゃ傑作だ!!」
突然の笑いに、部下が戸惑いを見せる。
「ハ、ハイネセン様……?」
「これは……実に、実に面白いことになったぞ……!」
ハイネセンは書類を指でトントンと軽く叩いた。
「ブラス」
にやりと笑いながら、その名前を転がすように口にする。
部下は眉をひそめた。
「いや、今回は私が直接ノクスに依頼しに行く」
「なっ……!?」
部下が驚愕の表情を浮かべる。
「ハイネセン様が、直々に依頼を? それではヴェルシュトラの威信に——」
「ふっ……心配するな。古い知り合いがいてねぇ……」
ハイネセンは書類を軽く指で弾きながら、満足げに笑うと、そのまま椅子から立ち上がった。
「さて、どんな顔をするか……楽しみだ」
ハイネセンはニヤニヤと笑いながら、ロングジャケットの襟を正し、ゆっくりと部屋を出ていった。
その後ろ姿を見送りながら、部下は嫌な予感を拭えなかった。




