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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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道はまだ見えない。でも歩いてる


訓練を終えた夕暮れ、広場には涼しい風が吹き抜けていた。

燃えるような夕日が地平線に沈みかけ、二人の影を長く伸ばしていた。


「……今日も疲れたな」

リリーは木剣を肩に担ぎながら、大きく息を吐いた。

汗に濡れた髪が額に張りついているが、それを気にする余裕もないほど、全身が心地よい疲労感に包まれていた。


ブラスはそんなリリーを見て、大げさに笑った。

「おう、頑張ったな! まぁ、俺にはまだまだ届かねぇけどな!」


「……むぅ」


リリーは頬を膨らませた。

しかし、その表情もどこか和らいでいる。


訓練が終わった後、こうしてブラスと他愛のない会話をするのが、最近の習慣になっていた。

剣を教わるだけじゃない。

ブラスの言葉や態度が、どこか安心感をくれるのだ。


——けれど、どこかで心がざわついていた。


ふと、リリーの手がぎゅっと木剣の柄を握りしめる。

ブラスが「ん?」と眉を上げた。


「……ねぇ、ブラス」


「ん?」


「私……お姉ちゃんみたいになれなかったら……みんな、失望するかな?」


ぽつりと零れたリリーの声は、小さかった。

しかし、その言葉は、自分でも驚くほどに深く、胸の奥に刺さった。


ブラスの笑みが、そこで止まった。


夕日の光が、赤く二人を包む。

リリーは俯いたまま、ぎゅっと拳を握る。


「私は、お姉ちゃんの代わりになれると思ってた……」

「でも、いくら頑張っても、お姉ちゃんみたいにはなれない……」

「みんな、私がお姉ちゃんと違うことに気づいたら、がっかりするんじゃないかって……」


喉がひりつく。

でも、今言わなかったら、きっとずっと言えない気がした。


「……クラフトも……ブラスも……キールも本当は、私がお姉ちゃんだったらよかったって……思ってるんじゃないの……?」


どこか怯えるような声だった。

それは、自分自身の恐れを確かめるような問いだった。


ブラスは、しばらく黙っていた。

リリーは、答えを待つのが怖かった。


だが——

次の瞬間、ブラスの拳が「ゴンッ」とリリーの頭を軽く小突いた。


「痛っ!」


リリーが思わず頭を押さえる。

涙が滲んでいた目が、驚きに見開かれた。


「バッカヤロウ」


ブラスは、大きく腕を組んでいた。

さっきまでの軽い笑みは消えていて、真剣な眼差しが、まっすぐリリーを射抜いていた。


「いいか、リリー」


「クラフトも、キールも、リディアも……そんなこと、ひとっことも思ったことねぇよ」


リリーの喉が、ぎゅっと詰まる。


「お前はお前だろうが」


ブラスは、拳をぽんとリリーの頭に乗せた。

さっきみたいな軽い小突きじゃない。

ただ、そこに優しく手を置いただけだった。


「そりゃ、リディアはすげぇやつだった。誰かのために無茶もできた」

「でもな、お前が無理してそれを真似する必要はねぇんだよ」


「誰かの代わりになんてなろうとすんな」


どこか不器用で、それでも真っ直ぐな言葉だった。

甘やかすでも、突き放すでもなく、ただそこに寄り添っていた。


「……でも、私……まだ、自分で何がしたいのかわからないの……」


リリーの声は震えていた。

それでも、さっきよりほんの少しだけ、自分の言葉がしっかりと地に足をつけているように感じた。


すると——


ブラスは、突然大きく笑い出した。


「当たり前だろ!」


「そんな簡単に見つかるかよ!」


リリーは驚いて顔を上げる。

ブラスは腕を組みながら、にやりと笑った。


「でもな、それでいいんだよ」


「道なんざ、迷ってるうちに踏み固まってくもんだろ。地図なんてあとで書けばいい」


「それがお前の人生なんだからよ」


リリーは、その言葉を噛みしめるように、胸の奥で繰り返した。


——と、そこでブラスが「さて」と言いながら、懐からゴツゴツとした小瓶を取り出した。


「よーし、こんな時はコイツだな!」


「?」


リリーは首を傾げる。


「……なにそれ?」


「オーガの血だ!」


ブラスが満面の笑みで言う。


「これが俺の強さの源だぜ! ゴクッ!」


リリーの目がキラリと光った。


「えっ、それ飲めばブラスみたいに強くなれるの!? 」


ブラスはニヤリと笑い、小瓶をくるりと指で回しながら言う。


「おう」


その一言で、リリーの中の好奇心に火がついた。

迷いなくブラスから小瓶を奪い取り、勢いよく一口——


ゴクッ——!!


——次の瞬間。


「……っっっ!!!!」


リリーの顔が凍りついた。

舌に触れた瞬間、味覚が爆発し、脳が「これは摂取してはいけないものだ」と警告を出す。


「……」


「……」


「ごふっ!!!!! なにこれまずっっっ!!!!!」


リリーが悶絶しながら、涙目でブラスを見る。


「まさか……お姉ちゃんの料理を….超える存在がこの世にあるなんて……!」


「はっはっは! そりゃすげぇ!」


「すごくない!! なんでこんなの飲めるの!? 」


リリーは泣きながら地面に倒れ込み、ゴロゴロと転がる。

ブラスはそんなリリーを見て大笑いしながら肩を叩く。


「いやぁ、お前、いい飲みっぷりだったぜ!」


「うぅ……!! ……味覚が総動員で逃げ出したいって泣いてる……!!」


ブラスは大笑いしながら、リリーの背中をバンバン叩いた。


「お前、顔真っ青だぞ! くっくっく……」


「うぅ……騙された……」


リリーは地面に崩れ落ちるように座り込み、息を整えた。


夜空には、満天の星が広がっていた。

さっきまでの雰囲気はどこへやら——

それでも、リリーの表情はどこか晴れやかだった。


「……ブラス、ありがとう」


小さく呟いたリリーの言葉は、夜風に溶けていった。


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