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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
番外編

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【番外編2】顔が覚えられないから国家作った話

今回も、息抜きです。


今日は「ラットロードの裏話」です。

そう、あの“王”がなぜ「ep.16 偽りと、真実の刃」でグリスラットを「ちいさきもの」と呼んでいたのか――

その背景には、切実でどうしようもない個体識別の悩みと、王のPR戦略がありました。


この話に重要な意味はありません。


ただし、読後にちょっとだけ「管理職って大変だな」って思えるかもしれません。


それではどうぞ、真顔の王様とちょっと残念なネズミたちの物語をお楽しみください。

巣穴の最奥――静寂と冷気が支配するその空間に、

ひときわ高く積まれた岩座が、神殿の玉座のごとく鎮座している。


そこに立つは、たった一匹のラット。

否――“王”である。


かつて地を這い、泥を啜り、生存のためにすら他種に侮られていた“グリスラット”。

その群れをまとめ、鍛え、導き、いまや地上のオーガすら屠るに至った――その頂点に立つ存在。

名を、ラットロード。


「……我はグリスラットの王、ラットロード。

我が咆哮のもとに集うは、弱者と嘲られし同胞ども。

されど今、我らは誇りを得た。鋼の隊列、牙と策略、影より迫る死の群れ……!

その武威、かのオーガをも屈させるに足る!」


岩座の上で前足を広げ、王は静かに吠える。

その声はよく通り、巣穴の隅々にまで響いた。


紅き瞳は燃え、姿勢は揺るがず。

そこには確かに、孤高の支配者の風格があった。


……だが。


「……しかし……それでもなお、我が胸を蝕むものがあるのだ……ッ!」


王の言葉が低く、苦悶を帯びる。


完璧であらねばならぬ王の背後に、突如として刺さるささやかな記憶――

それは、過去の断片。

些細で、取るに足らぬはずの“日常のひと幕”が、今や王を悩ませる“呪い”として蘇る。



──回想──


「おはようございまっス! ラットロード様〜!」


巣穴の通路をすり抜けてきた一匹のグリスラットが、満面の笑みで頭を下げる。


(……誰だっけお前……)


ラットロードの笑顔が引きつる。


(この喋り方……確か、食料班のやつ……。でも名前が……えっと……フンギ?フミオ?)


「そういえば先日、ウチの乾燥キノコ倉庫にアレが発生してですね~」


(喋りながら自己紹介してくれないか!?)


そこにもう一匹、顔に傷のあるグリスラットが現れる。


「ラットロード様! このたび子が産まれました! ぜひ、名を授けていただきたく! できれば私と妻の名から一文字ずつ……!」


(……誰の!? ていうかお前の妻って誰だよ!?)


ラットロードの耳がピクつく。


(待て、冷静になれ。まずお前、俺の記憶に一切ない。ていうかそもそも全員、顔が同じなんだよ!!)


──回想終わり──


「分からぬわ!!」


王が絶叫した。

巣穴に響く王の声は、虚しさすら孕んでいる。


「違うのだ……私が悪いのではない……そもそもだ……顔が同じ! 名前が似ている! 声も近い! あまつさえ親戚同士で全員つながっているせいで、誰が誰だかわからんのだッ!!」


荒ぶる王。しかし、すぐに自分の頬を叩き、呼吸を整えた。


「落ち着け……私よ……我はラットロード。グリスラットの王。孤高なる支配者……我が威厳を保つためには……なにか、改革が……改革……」


ふと、王の瞳に閃光が走る。


「……妙案!!」


──


数時間後。巣穴の広場には、大量のグリスラットが集まっていた。


「うおおお〜〜!」「なんだなんだ、ラットロード様からのお知らせだってよ!」


ごった返す群れの前に、王は堂々と現れる。


「集まったな。今日、貴様らに重大な発表がある!」


「おおおおお!!」「さすが王だ!」


「我らの軍は日々拡大を続け、今や大型モンスターすら狩猟対象だ。これは誇るべき成果である!」


歓声。足踏み。尻尾同士のハイタッチ。


「そこで本日より、私を――“王”と呼べ!」


「うおおおおおお!!!」「王! 王!! 王!!!」


ノリが異様に軽い。だが、王は構わない。ここまでは計画通り。


「そして! 貴様たちを――“小さきもの”と呼ぶことにする!!」


……沈黙。


巣穴に流れるのは、気まずさでも、怒りでもない。理解の遅延だった。


「小さき……もの……?」


一匹がつぶやいた。その瞬間。


「カッコイイ!!」「さすが王!」「俺、今日から“小さきもの”って刺青入れるわ!」


「“王と小さきもの”……語呂、最強じゃないスか!?」「バンド名みたいで好き!!」


ラットロードは、内心で静かに頷いた。


(……やはり、響きの妙は群れの感性に届いたか……)


(“小さきもの”――その語感が持つ、自己卑下と親しみの両義性。

それが“王”という絶対的存在を浮き彫りにする。対比と構造によるブランディング……成功だ)


(……顔を覚えられない、という極めて戦術的な弱点を、むしろ“カテゴリー”として統合し、

結果として敬称に昇華する……これこそ、“王の語彙戦略”)


満足げに目を細める。


(完璧な計算……いや、“必然”だ)


ただ、ほんの僅かに眉が動く。


(……しかし……..バンド名とはなんだ……)


だがそれでも、王は微笑んだ。


「我が“小さきもの”たちよ。我らのPriorityは、明確だ。

トキメキと威厳、そして顔の識別――この三本柱を忘れるな!」


グリスラットたちは前足を掲げた。


「ラットロード万歳ーッ!」「Priorityってなんか響きがスゴい!!」


──こうして、ラットロードの“個体識別不能問題”は、

過剰なブランディングと言葉の圧で解決されたのであった。

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