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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
プロローグ

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32/131

あの日から止まったまま


コンコン……!


玄関の扉を叩く音が響く。


クラフトは、動かなかった。


だが、ノックは止まらない。


「クラフト! 開けて!!」


リリーの声だった。


クラフトは眉を寄せるが、何も言わない。

ノックは、さらに強くなる。


「お願いだから……開けてよ……!」


その言葉に、クラフトは ゆっくりと立ち上がった。

まるで、身体の奥底から錆びついた歯車を無理やり回すような感覚だった。


クラフト、ドアを開ける


ギィ……


湿った空気とともに、ドアが開く。


そこにいたのはリリーだった。

雨に濡れた髪を肩に貼りつかせ、その瞳は赤く腫れていた。


「……クラフト」


リリーは、まるで信じられないものを見たような顔をしていた。


(これが……クラフト?お姉ちゃんを守ってくれた人が、こんな……)


目の前のクラフトは、まるで抜け殻だった。

どこか遠くを見つめ、焦点の合わない瞳。

以前の彼とはまるで別人のように、空っぽに見えた。


その姿を見た瞬間——


リリーの中で、何かが弾けた。


リリーの感情の爆発


「もうやめてよ!!」


リリーは叫んだ。



静まり返った部屋に、その声だけが響く。


「お姉ちゃんが死んでから、ずっと……ずっと……!!!」

「私は、クラフトが変わっていくのを見てたの!!!」


クラフトは微かに眉を動かす。

でも、それだけだった。


「あなたは私を鍛えようとした……! でも……でも、違うでしょ!?」

「何が『お姉ちゃんのため』なの!? 何が『リディアの意思』なの!?」


「そんなの、嘘だよ……!!!」


喉が震え、呼吸が乱れる。

けれど、止まらない。


「……だって、私……」


拳を強く握る。

視界が滲む。

クラフトを睨むはずが、涙で何も見えない。


「お姉ちゃんの代わりにならなきゃって……ずっと思ってた……!」

「でも……それで本当に……私はお姉ちゃんのためになってるの……?」


「わかんないよ……!!!」


「お姉ちゃんは……私に、こんな風に戦ってほしかったのかな……?」


クラフトは何も言わない。

ただ、リリーの言葉を浴びながら、ぼんやりと床を見つめていた。


(だからなんなんだ……)


そう思った。

それだけだった。


(ほっといてくれ……)


リリーの声が、遠くの波音みたいに聞こえる。

耳には届くのに、頭には入ってこない。


理解したくなかった。

理解したら、何かが崩れてしまう気がした。


クラフトの拒絶と静かな崩壊


「……俺は……」


掠れた声が、喉の奥から漏れる。

それは、ただの呟きだった。


「……俺は……違う……」


誰に向けた言葉なのかも分からない。

ただ、何かを否定したかった。


「……リディアは……」


「リディアは……そんな……」


何かを言おうとする。

けれど、言葉にならない。

思考が絡まり、うまく形をなさない。


「……違う……違う……違う……」


微かに首を振る。

喉がひりつく。


「……でも……」


クラフトは、息を詰まらせた。

胸が、焼けるように熱くなる。


「俺は……」


言葉が出ない。

口を開いても、何も出てこない。


そして——


「……何が……違うんだよ……!」


声が震え、拳がわななく。


「俺は……っ、俺は、リディアを……助けられなかった……!」


ドンッ!


膝に拳を叩きつける。


鈍い音が響いた。


「俺がもっと……何かできていたら……!」


「俺が……俺が、何か……!」


掠れた声が、歪んでいく。

握りしめた拳が、膝を強く殴る。


「俺は……何もできなかった……!!!」


「リディアが死んだのに……俺は、生きてる……!!!!!」


肩が震える。

喉が詰まり、息が苦しくなる。


ポタ、ポタ、と膝の上に雫が落ちた。


——涙だった。


「リディアは、俺に助けを求めなかった……!!!」


拳が、膝を打つ。


「俺は、気づかなかった……!!!」


「リディアがどれだけ追い詰められていたのか……!!!」


「ずっと隣にいたのに…一緒にいたのに……!!!」


「なんで……っ……」


喉がひりつく。

言葉が、うまく出てこない。


声が詰まる。

視界がぼやける。

胸が、焼けるように痛い。


「……俺は……俺は、そんなに信用されてなかったのかよ……!!!」


ドンッ!


もう一度、膝を殴る。

鈍い音が響く。


ポタ、ポタ、と膝の上に雫が落ちる。


——涙だった。


けれど、それでも、何も変わらなかった。


叫んでも、殴っても、涙を流しても、

何かが解決するわけじゃなかった。


何も変わらない。

何も、戻らない。


クラフトは、ただ拳を握ったまま、視線を落とした。

まるで、すべての感情が一気に抜け落ちたように——

先ほどまで荒々しく燃え上がっていた感情が、跡形もなく消えた。


クラフトは、再び沈黙に閉じこもった。


目を伏せたまま、何も言わない。

何も聞こえないふりをするように、ただ黙っていた。



リリーは、息を呑んだ。


けれど、言葉を止めなかった。


「そんなこと……お姉ちゃんが言うわけない!!!」


「お姉ちゃんがいたら……絶対にそんなこと、言わせない!!!」


「お姉ちゃんの代わりなんて、いらない……!!!」


「私も、あなたも……お姉ちゃんの代わりにならなくていい!!!」


クラフトの瞳が、ゆっくりと見開かれる。


リリーの目から、大粒の涙がこぼれた。


「もう私を置いていかないで!!」


リリーの声が、部屋に鋭く響いた。


クラフトの肩が、ビクッと震える。


リリーの拳は、震えていた。

唇を噛み締め、涙に濡れた瞳でクラフトを睨む。


「……お願いだから……」


先ほどまで張り詰めていた声が、一気に弱まった。

言葉の最後が、嗚咽にかき消される。


頬を伝った涙が、ポタリと床に落ちる。

肩がわずかに揺れ、絞り出すような声が震えていた。

ほんの数秒の沈黙が、痛いほど重く響く。


「……お願いだから……」


まるで、壊れかけた人形のように。

それでも、彼女は必死に言葉を紡ぐ。


「もう……誰も……いなくならないでよ……」



クラフトは、ただ膝の上に落ちる涙を見つめていた。

感情を吐き出したはずなのに、何も変わらない。

ただ、虚しさだけが残る。


それを見ていたリリーが、震えた息を吐いた。

彼女の唇が何かを言おうと動く。

けれど、声にならず、ただ喉が震えた。


そして——


「……ずるいよ……」


搾り出すような言葉だった。


クラフトが、わずかに顔を上げる。


「……クラフトばっかり……そんなふうに苦しんで……!!」


リリーの拳が震える。

言葉が詰まる。


「私だって……っ!!」


一気に堰を切ったように、彼女の言葉があふれ出した。


「私だって……お姉ちゃんのこと、ずっと……っ」

「私が、もっと強かったら……!!」

「私が、お姉ちゃんに頼らなかったら……!!」

「私が……アカデミアに行きたいなんて言わなかったら……!!」


喉がひりつく。

けれど、それでも止まらない。


「私が……お姉ちゃんと一緒に冒険したいなんて、言わなかったら……!!」


「私の足が治れば、一緒に冒険できるねって……!!」


「お姉ちゃん、すごく嬉しそうにしてた……!」


「なのに……! それで……っ!!」


「それで……お姉ちゃんは……!!」


涙が視界を歪ませる。

言葉が次々に溢れて、まとまらない。


「お姉ちゃんが……ロフタの町で……」


喉が詰まる。

苦しい。

でも、言わなきゃいけない。


「……お姉ちゃんが……私のために……っ」


「お姉ちゃんは……死なずに済んだのかもしれない……!」


その言葉に、クラフトの目がわずかに揺れた。


クラフトは、ぼんやりと彼女を見つめた。


自分だけが、あの日から止まったままだと思っていた。

自分だけが、リディアを失い、何もかもを見失ったと思っていた。


——でも。


目の前の少女は、崩れ落ちそうなほど脆く、

それでも、前を向こうともがいていた。


彼女は、何かを探していた。

どうにかして「進む理由」を見つけようとしていた。


それが、どれだけ苦しいことか。

どれだけ、足がすくむことか。


——リリーも、ずっと。


クラフトの拳が、わずかに緩んだ。


「私……お姉ちゃんの命と引き換えに、生きてるの……?」


クラフトの喉がひりつく。

リリーの涙が、震えた手が、あまりにも痛々しく見えた。


「……違う……」


クラフトから掠れた声が漏れる。


けれど、それ以上、何も続かなかった。


「お姉ちゃんがいたら……きっと……」


リリーは、声を震わせながら言葉を継ぐ。


「『バカだなぁ、そんなこと気にしなくていいのに』って……笑うんだろうけど……!!」


「でも!! でも……!!」


「そんなの……っ、無理だよ……っ!!」


リリーは、拳で顔を覆った。

崩れ落ちそうな肩が、小刻みに震えている。


「お姉ちゃんがいないのに……私はここに立ってていいの……?」


「違う……それじゃ……それじゃ、リディアが……」


そこで言葉が詰まる。


何を言おうとした?

リディアが何を望んでいたなんて、自分に分かるのか?


——リディアを喪った痛み。

——何もできなかった罪悪感。


リリーの嗚咽が、部屋の静寂に滲んでいく。

その声が、なぜだか自分のもののようにも思えた。

クラフトは、気づけば彼女の方を見つめていた。

お読みいただき、ありがとうございました。

小さな物語ですが、どこかに残るものがあれば嬉しいです。


※もし続きを読みたいと思っていただけたら、評価やブクマでお知らせください。

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