洞窟突入
夕暮れの森、そして洞窟前
森へと続く道は柔らかな夕陽に照らされ、木々の間を心地よい風が通り抜けていた。
「……平和だな。」
琥珀色の瞳を細めながら、クラフトが呟く。
「まったくだぜ。こんな陽気の中でゴブリン退治なんて、俺たちも物好きだよな。」
ブラスが豪快に笑う。
「洞窟の中に罠があってオーガとか出てきたりしてな!」
リディアが呆れたように呟く。
「やめてよ、ブラス……あんたのそういうの、やけに当たるんだから。」
「はっはっは、心配性だな! 流石にオーガなんて出てくるわけねぇだろ!」
ブラスは豪快に笑う。
リディアは軽くため息をついた。
「油断は禁物よ。ゴブリンは群れで動くし、リーダー格がいる可能性もあるわ。」
「そのとおり。小さな群れなら楽勝だが、もし集落でも作ってたら厄介だな。」
ブラスも同意する。
やがて、一行は洞窟の前に辿り着いた。
「……さて、ここが今日の現場ね。」
リディアが腰に手を当てて言う。
洞窟の入り口はぽっかりと大きく開いており、その中からはひんやりとした風が吹き出していた。奥の暗闇へと続く道は、まるで異なる世界へと繋がっているかのようだ。
湿った苔の匂いとつんとした異臭が鼻をつく。足元にはゴブリンの食事の後だろうか動物の骨が転がっていた。
「よし、入る前にもう一度装備を確認しよう。」
クラフトの言葉に、全員が頷きながら装備を整える。
ブラスは斧を担ぎながら、メンバーを見回した。
「忘れるなよ。」
「何を?」
リディアが聞き返すと、ブラスは真剣な表情で答えた。
「洞窟の中じゃ、視界が狭い。敵の気配に気づくのが遅れたら、それだけで命取りになる。」
「分かってるわ。」
リディアが頷く。
「もう一つ。ゴブリンは逃げ足が速い。戦闘になったら、できるだけ逃げ道を塞げ。でないと、どこかで増援を呼ばれる。」
「なるほど…」
「さすが元ヴェルシュトラのエースね」
リディアとキールも感心したように言う。
「なぁ、クラフト。」
ブラスが少し声を潜める。
「リディアとキールは戦えるが、お前は前線で戦いながら状況を見極める必要がある。俺が後方を固めるから、お前は戦いながら判断しろ。」
クラフトは少し考えた後、頷いた。
「分かった。リディアは前衛、俺が中央、ブラスは後衛を警戒。キールは戦闘より索敵優先、必要なら囮役も頼む。」
「了解。」
キールが穏やかに頷く。
「よし、行くぞ。」
クラフトの号令と共に、ノクスのメンバーは慎重に洞窟の中へと足を踏み入れた——。
洞窟の入り口に立つノクスの面々。空気は冷たく、湿った岩肌から漂う苔の匂いが鼻をつく。洞窟の奥は真っ暗で、松明の光では先が見通せない。
「さて……行くぞ。」
クラフトが前に進もうとしたその時、巨大な岩が入り口の一部を塞いでいた。
「ちっ、随分と都合の悪い障害物があるじゃねぇか。」
ブラスが腕を組み、渋い顔をする。
「問題ない。」
クラフトは無造作に前へと歩み出ると、拳を固めた。
「《衝撃撃破》」
轟音とともに、クラフトの拳が岩にめり込む。瞬間、内部から爆発するように岩が砕け散り、粉塵が舞った。
「さすがアカデミー主席卒業」
ブラスがニヤリと笑いながら肩をすくめる。
「茶化すなよ。」
クラフトが小さく苦笑すると、キールが静かに呟いた。
「それにしても、これが自然にできた岩じゃないなら……何かの罠かもしれませんね。」
リディアはピクリと眉を動かし、すぐにブラスの方を振り向いた。
「……ねぇ、ブラス。あんた、さっき何て言ってた?」
「は?」
ブラスが訝しげな顔をする。
「『洞窟の中に罠があってオーガとか出てきたりしてな!』——って、言ってたわよね?」
「お、おい、まさかそんな都合よく……」
ブラスが苦笑いしながら言いかけた瞬間——
ガシャン!!
突如、背後の岩壁が落ち、入り口が閉ざされる。
「……ブラス。」
リディアが冷たい目を向ける。
「いや、俺のせいじゃねぇって!!」
ブラスが慌てて弁解するが、タイミングが最悪だった。
「……最悪。」
リディアが深いため息をつく。
クラフトは岩壁を見上げたまま、ぽつりと呟いた。
「……こういうの、本当に“予言”って言うんだろうな……」
真剣な顔つきで思案するその横で、キールがあからさまにため息をついた。
「偶然です。人間の脳は“嫌な予感が当たった”記憶ほど強く残るようにできているんですよ」
「……それ、慰めになってないわ」
リディアが呆れたように言う。
そして、ゴブリンの群れの奥から現れたのは、一際大きな個体。
ハイゴブリン。そして、その隣には、奇妙な杖を握るゴブリンメイジ。
「本当にオーガまでいたら、ブラスのせいだからね。」
リディアが半眼でブラスを睨む。
「勘弁してくれ……!」
ブラスが頭を抱える。
「さて……まずはこいつらを片付けるぞ!」
クラフトが前線に立ち、戦闘態勢を取った。
「……囲まれたか……!」
クラフトが低く呟く。
松明の光が照らす先には、無数のゴブリンたち。小柄な体躯ながらも鋭い目を光らせ、牙を剥いている。だが、これだけならば特に問題はなかった。
「ハイゴブリン……それにゴブリンメイジまでいるとはね。」
キールが鋭く周囲を見渡す。
通常のゴブリンとは違い、ハイゴブリンは明らかに知能が高く、戦闘力も上がる。そしてゴブリンメイジ――魔法を扱うゴブリンがいるというのが最大の厄介事だった。
戦闘の幕が上がる。
リディアの《閃光炎》が放たれ、先頭のゴブリンが焼き尽くされる。
クラフトが《連撃解放》を発動し、猛スピードでゴブリンを切り裂いていく。
しかし、数が多すぎる。
「クソ、次から次へと……!」
振り払っても、どこからか現れるゴブリンの物量に、徐々に押され始める。
キールの《影槍》がゴブリンメイジを狙うが、敵は素早く回避。ハイゴブリンが指示を出し、戦線を組み立て始めていた。
「まずい、こいつら、ただの烏合の衆じゃない……!」
リディアが僅かに息を呑む。
その時だった。
――ドォン……ドォン……
まるで地鳴りのような重低音が、洞窟内に響き渡る。
徐々に、徐々に、響くその足音の主は――
「オーガ……!」
クラフトが歯を食いしばる。
洞窟の奥から現れたのは、圧倒的な巨体を誇る怪物。
筋骨隆々の体躯、岩のように硬そうな皮膚、鋭く光る牙。
さらに、その腹部から下半身にかけては、分厚い体毛に覆われている。
まるで鎧のように密集したその毛並みは、ただの体毛とは思えないほど重厚で、下手な斬撃ではまともに通らなさそうだった。
それはまさしく、規格外の脅威だった。
リディアが口元を引き攣らせながら、半ば冗談のように呟く。
「……ほ、ほらね。だから言ったじゃない、ブラスの言うことって、やけに当たるって……。」
それを聞いたブラスも、苦笑しながらも額に汗を滲ませる。
「……俺、冒険者引退したら占い師にでもなるぜ……。」
「や、やっぱり予言だろこれ……な、なあキール、これは予言ってことでいいよな……?」
クラフトが焦り気味にキールに振る。
「……ブラスが未来を語り、現実がそれに従う。いよいよ世界の終わりが近い気がしてきましたね」
その声は冗談の体を取りながらも、明らかに焦りが滲んでいた。
だが、冗談を交わす余裕はそこまでだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
小さな物語ですが、どこかに残るものがあれば嬉しいです。
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