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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
プロローグ

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託された願いと、届かなかった声

ギルドの一室。

静寂が支配する中、クラフトはリディアの荷物をじっと見つめていた。


机の上には、彼女が使っていた装備、小さなポーチ——そして、日記。

どれも見慣れたものなのに、今はまるで別の世界の遺物のように感じる。


ふと、背後から誰かの気配がした。


「大丈夫か……?」


ブラスだった。彼は腕を組みながら、迷ったように視線を落とす。


「荷物、俺が整理しようか?」


その申し出に、クラフトは静かに首を振った。


「……いや、俺がやる」


ブラスは一瞬、何かを言いたげだったが、結局、軽く息をついて肩をすくめた。


「……わかった。でも、無理はするなよ」


そう言い残し、ブラスはそっと部屋を出て行った。


クラフトは机に手を伸ばし、リディアの魔導書を開いた。

ページの隙間から、折りたたまれた紙が落ちる。


それは、彼女の日記の一部だった。


「クラフトと街を歩く。久しぶりに、子供の頃みたいに」

「あの頃のように、ただ笑い合っていたい」

「でも、それはきっと叶わない」

「私の選択は、間違っていない。これでいい」


クラフトは息を飲んだ。

指先が震える。


「……なんでだよ……」


声がかすれる。喉が詰まる。


「どうして、相談してくれなかった……?」


机の上に拳を置き、強く握りしめる。


「俺たちは、ずっと一緒にやってきたはずだろ……?」


「ふざけるなよ……そんなの、俺は……納得できるわけないだろ……」


感情が抑えきれず、思わず近くにあった小物を手に取ると、力任せに壁へと投げつけた。

鈍い音が響き、物が床に散らばる。


扉の向こうで、小さな足音が止まった。


キールが、物音を聞きつけて近づいてきた。


「……クラフト」


思わず声をかける。けれど、次の言葉が出てこない。


彼がどんな気持ちでいるのかは痛いほど分かる。

それでも、何を言えばいいのか分からなかった。


キールは拳を握りしめる。


「……何でもない」


そう呟くと、そっと扉から離れた。


「明日から、やることは山ほどある……」


誰に言うでもなく、小さく言い聞かせるように呟く。


感情を押し殺しながら、強がるようにして前を向いた。



喉が焼けるように熱くなり、胃の奥が捻れるような痛みを覚える。

リディアは、最初から分かっていたのか?

自分がどうなるかを、全部分かっていた上で、それでも何も言わなかったのか?


——いや。


違う。


「……俺じゃ、ダメだったんだ……」


何も言わなかったんじゃない。

相談する価値がないと、そう思われていたんじゃないか?


クラフトは膝に手をつき、ぐっと前髪を握る。


「……俺が……もっと……」


もっと何をすればよかった?

リディアを助けられたか?

いや、そんな答えはどこにもない。


結局、自分は彼女の最後の決断にすら立ち会えなかった。

本当に「一緒にいた」と言えるのか?


考えたくない。


もう、何も考えたくなかった。

視界がぼやける。

何かを振り払うように、拳を握りしめる。


静寂の中、クラフトはふと リディアの最後の言葉 を思い出した。


「もしこの先、私に何かあったら、リリーのことお願いね。」


「もしもの話よ。でも、お願いできる?」


「……あぁ、約束する。」


あの日、何の気なしに交わした言葉。


なら——


「リリーを……強くしなきゃ……」


唇を噛み締め、震える指でゆっくりと日記を閉じる。


リディアはもういない。

ならば、リリーは……絶対に生き延びなければならない。


何もできなかった自分が、せめてできることがあるとしたら——

それは リリーを鍛えること だ。


頭の中で何度も反芻する。

「強くしなければならない」

「リリーは、もっと力をつけなければならない」

「そうでなければ、また誰かを失う」


足が勝手に動き出す。

考えるよりも先に、訓練場へ向かっていた。


その言葉の裏に、何があるのか自分でも分からなかった。

これは贖罪なのか、逃避なのか。

ただ、自分の中に渦巻く感情の歪みを、何かにぶつけずにはいられなかった。


リディアの願いを果たすために——

いや、リディアが相談すらできなかった 「俺自身」 を変えるために。


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