表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
プロローグ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/131

遺された手紙、託された未来


ギルドの内部は、いつものように活気に満ちていた。


木製のカウンターの奥では、受付係が冒険者たちの依頼を次々と処理し、掲示板には新たなクエストが貼られていく。大広間には様々な装備に身を包んだ者たちが集い、酒を酌み交わしながら談笑し、報酬を分け合う声が飛び交っている。


ただリディアとの待ち合わせ時間を過ぎても、彼女は現れなかった。


「……遅いな」


クラフトが腕を組みながら呟く。


「リディアが時間を守らないなんて珍しいですね」

キールが壁にかかった時計を見つめながら淡々と言った。


「何かあったのかもしれねえな」

ブラスが顎をさすりながら言う。


クラフトは少し考え込んだあと、決断するように顔を上げた。

「……家に行ってみるか」


リディアの家の前。


玄関の扉が、わずかに開いていた。


「……開いてる?」

クラフトの眉が僅かにひそまる。


「リディアは無用心なことはしないはずですが……」

キールの表情がわずかに硬くなる。


不穏な空気が胸を締め付ける。

クラフトはためらいながらも、ゆっくりと扉に手をかけた。


——ギィ……


扉を押し開けた瞬間、空気が凍りついた。


そこには、床に座り込み、肩を震わせながら泣き崩れるリリーの姿があった。


「……お姉ちゃんが……!」


しゃくり上げるような声がかすれ、言葉にならない。


目を真っ赤に腫らし、呼吸もままならないほどに嗚咽を漏らしている。

リリーは小さな体を丸めながら、何かを訴えようとしているが、言葉が続かない。


「……リリー?」


クラフトが一歩踏み出す。


リリーの傍らに目をやると、

——ベッドのそばで、静かに横たわるリディアの身体があった。


微動だにせず、まるで眠っているような顔。

そして、彼女の手のそばには、一通の手紙が置かれていた。


遺書——。


「……なんで……?」


「……なんだよ、これ……」


声が掠れる。


何度か視線を落とし、遺書を持つ手が震えゆっくりと手を伸ばす。

指先が紙に触れた瞬間、冷たい汗が背中を伝った。


(まさか……)


喉がひどく乾いていた。

鼓動がうるさいほど響く。


震える手で、封筒を拾い上げた。

表には何も書かれていない。


(開けるな……)


開けるな、知りたくない——そんな感情が胸をよぎる。

それでも、彼は遺書の封を開き、中から紙を取り出す。


無意識のうちに、クラフトは声に出していた。


「……リリー、アカデミア入学おめでとう……」


その瞬間——


「やめて!!」


リリーが悲鳴のような声をあげた。


「やめて……読まないで……!」


両手で耳を塞ぎ、震えながら首を振る。


「……お姉ちゃんは、そんなこと言わない……! こんなの……こんなの……嘘だよ……!」


クラフトは愕然とした。

自分の手元にある紙へと視線を落とす。


ようやく、そこに記された言葉の意味を理解する。


「リリー、アカデミア入学おめでとう、一緒に冒険行けなくてごめんね」

「クラフト、リリーのこと、よろしく」


(……リディア……)


視界がぐらりと揺れる。

手の中の紙が重い。いや、重すぎる。


まるで、この言葉が全てを決定づけるかのように——。


「……嘘だろ……?」


かすれた声が漏れた。


リディアの筆跡。

どこか優しく、淡々とした文字。

まるで——未来を託すような、それでいて、もう何も求めないような。


(そんな顔をするな……!)


クラフトは唇を噛み締めた。

リリーの言葉に、否定する力はなかった。


——こんなの、嘘であってほしかった。


「……っぁ……お姉……ちゃん……!」


リリーが崩れるように床に座り込み、涙に濡れた顔を伏せる。

小刻みに肩を震わせながら、必死に嗚咽をこらえていた。


クラフトは、ゆっくりと遺書を握りしめた。


リディア、お前は……何を思いながら、これを書いたんだ……?


紙の端を爪が食い込むほどに握りしめる。

だが、彼にはもう、それを問いただすことはできなかった。


沈黙の中、キールがそっと目を伏せる。

ブラスは拳を握りしめ、悔しそうに歯を食いしばっていた。


誰も、何も言えなかった。


視界が霞む。

耳鳴りがする。


——これは夢か?

いや、違う。


目の前の現実を、心が拒絶しているだけだ。


「リディア……?」


それでも、クラフトは震える手で彼女の肩に触れた。

けれど、返ってくるはずの温もりは、もうそこにはなかった。


「いや……そんな……」


力が抜け、膝が崩れそうになる。


「……っぁ……お姉……ちゃん……!」


リリーが泣き叫びながら、リディアにすがりつく。

声にならない声が、喉を引き裂くように漏れた。


「起きてよ……! お姉ちゃん、起きてよぉ……!」


震える手でリディアの頬を撫で、肩を揺さぶる。

だが、彼女はもう、目を開けることはなかった。


「うそ……やだ……やだよぉ……!」


リリーの悲鳴のような声が、静まり返った部屋に響く。


彼女の世界が崩れていく。


「リリー……」


クラフトは何か言おうとしたが、言葉にならなかった。

かけるべき言葉が見つからない。


リリーはただ、壊れたように泣き続けた。

嗚咽が止まらない。

呼吸が詰まり、しゃくりあげる。

「お姉ちゃん……お姉ちゃん……!」

声が、震える指が、必死に彼女を呼び戻そうとする。


だが、もう二度と、その声に応えることはない。


——死。


それが、今ここに確かにあった。


キールが、リディアの枕元に置かれたもう一枚の書類を拾い上げた。


「……契…約書?」


震える指で紙をめくる。


そこに記されていたのは、膨大な融資額の契約書。


「ロフタの町……」


かすれた声が、静寂の中で響いたと同時にブラスの顔が青ざめる。


キールの手が震える。視線が揺れる。一瞬、彼の理知的な瞳が、感情の波に呑まれた。


(ありえない……そんなことが……)


その動揺を振り払うように、キールは目を閉じた。


「……なんだそれは? ……なんで、リディアがこんな契約を……?」

クラフトが低く問いかける。


だが、その声には明らかな動揺が混じっていた。

クラフト自身も、何かが崩れ落ちていくような感覚に襲われていた。


リディアが、ロフタの町でこの契約を結んだ?

なぜ?

どうして、こんな高額な借金を?


頭の中が混乱する。

理解が追いつかない。


「なんだよ、それ……なんでリディアが……?」


クラフトはキールを見た。


キールは一瞬、口を開きかけたが、喉が詰まるように言葉を失う。


彼の指先は、まだかすかに震えていた。


そして、沈黙の中——


「……ロフタの町で大金が手に入ると……私が、彼女に教えました。」


静かな声。

それなのに、どこか割れたような響き。


「私が彼女に教えました…..ロフタの町で大金が手に入ると。」


「……お前が……リディアに……?」


クラフトの声が低くなる。


キールは契約書を握りしめる。

指先がかすかに震えた。


こんなことになるとは思わなかった。だが、それは単なる責任逃れに過ぎないと、自分が一番よく分かっていた。

本当は、わずかでも「もしかしたら」と思っていたのではないか?


「……彼女は、自分で選んだんです……」


キールはそう言いながら、

自身の言葉の中に、わずかな疑念が滲むのを感じた。


クラフトは拳を握りしめ、キールを睨む。


「……なぜ……俺に相談しなかった……?」


彼の胸の内に渦巻く感情は、悲しみだけではなかった。

なぜリディアは、自分を頼らなかったのか。

なぜ、誰にも言わずに——。


その問いの答えを、もう聞くことはできない。


「……まさか……」

ブラスの瞳が大きく揺れた。

胸の奥がざわつく。冷たい汗が背中を伝う。


「あの町に……」

それだけは、違うと言ってくれ。そう願いながらブラスが呟いた。

だが、誰も否定してはくれない。


「……また、俺は……」

指先がかすかに震えた。


——ただ、リリーの泣き声だけが、静まり返った部屋に響いていた。


お読みいただき、ありがとうございました。

小さな物語ですが、どこかに残るものがあれば嬉しいです。


※もし続きを読みたいと思っていただけたら、評価やブクマでお知らせください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ