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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
プロローグ

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星を見に行こう

クラフトと別れた後、リディアはひとり静かに夜道を歩いていた。


街灯の明かりが長い影を作り、夜風が微かに頬を撫でる。遠くで響く人々の話し声や、店の片付ける音。

——いつもの街の風景なのに、どこか違って見えた。


彼女はふと立ち止まり、空を仰ぐ。


そこには、澄んだ夜空が広がっていた。


瞬く無数の星々——その光は、どれもどこまでも穏やかで、どこまでも遠い。


リディアはそっと、胸元のネックレスを握りしめる。


「……こうして夜空を見上げるのも、久しぶりね。」


ゆっくりと息を吐きながら、リディアは目を閉じた。


(……そうだ)


瞼の裏に、幼い頃の記憶が蘇る。


母と一緒に見上げた、満天の星空。

あの時、母は言った。


「星はね、どんなに暗い夜でも、いつもそこにあるのよ。」


暗闇に迷うとき、目印になるもの。

たとえ離れても、ずっとそこにあるもの。


「……星を見に行こう。」


リディアは静かに呟き、家へと足を向けた。


家の扉をそっと開けると、中はひっそりと静まり返っていた。


暖炉の火がゆらゆらと揺れ、リリーはベッドの上で布団をかぶりながら、まどろんでいた。


「……リリー」


リディアは小さな声で呼びかける。


「ん……お姉ちゃん?」


リリーは目をこすりながら顔を上げる。


「寝る前に、ちょっとだけ出かけない?」


「え?」


眠そうな目が、一気に覚めたように見開かれる。


「もう遅いよ?」


リディアは微笑みながら、そっとリリーの頬に手を添えた。


「特別な夜にしたいの。」


その言葉に、リリーは一瞬考えるようにまばたきをしたあと、ゆっくりと頷いた。


「……うん!」


まるで小さな冒険に出るような、そんな瞳をして。


リディアはリリーの手を優しく取ると、外へと歩き出した。


夜空の下、姉妹は静かに歩いていく。

まるで、その先に、永遠が待っているかのように——。



丘の上に立つと、空が広く広がっていた。

漆黒の天幕に、無数の星々が瞬いている。

風は静かで、遠く街の灯りだけがぼんやりと見える。


「ずっと……リリーと一緒に来たかったの! 見て、この星空!」


リディアの声が少し弾んでいた。


リリーは目を丸くしながら、夜空を仰ぐ。


「……うわぁ、すごい……! こんな綺麗な星空、初めて……!」


その目には、星々の光が映っている。

リディアは、そんなリリーの姿を静かに見つめた。


リディアは、リリーの横顔を見ながらそっと口を開いた。


「ねぇ、リリー。あなたの夢は何?」


リリーは一瞬、驚いたように瞬きをする。


「え……?」


「ううん、もう知ってるんだけどね。」


リディアは微笑む。


「ずっと言ってたものね。アカデミアに行って、知識を学んで、強くなる。そして、お姉ちゃんみたいな冒険者になるって。」


「うん!」


リリーは嬉しそうに頷いた。


「お姉ちゃんと一緒に、たくさん冒険するのが夢だった!」


その言葉に、リディアの胸がかすかに痛む。


でも、今はその痛みを隠すように、優しく微笑んだ。


リリーは星空を見上げたまま、ふと口を開く。


「ねぇ、お姉ちゃんの夢は?」


「……私の夢?」


「うん。お姉ちゃんの夢って、聞いたことないなって。」


リディアは少しだけ目を細め、星空を見つめる。


「……そうね。」


リリーの問いかけに、一瞬、リディアの時間が止まった。


(私の夢——?)


そんなこと、最後に考えたのは、いつだっただろう。


昔——まだ何も知らなかった頃。

クラフトやキールと肩を並べ、「ヴェルシュトラに負けないくらいのギルドを作る!」と無邪気に叫んでいた。


夢を追うことができたあの頃。

リリーのことを考える必要もなく、ただ、強くなりたかった。

ただ、仲間と一緒に、高みを目指したかった。


でも——。


「……昔はね、クラフトやキールと、大きなギルドを作るのが夢だったの。」


ぽつりと、思わずこぼれる。


リリーは目を丸くした。


「えっ、お姉ちゃんがギルドマスターになりたかったの!?」


「そうよ。負けたくなかったの、ヴェルシュトラに。」


「あははっ! すごい夢だね! どうしてやめちゃったの?」


その言葉に、リディアはそっと微笑む。


「……母さんが死んでから、私とリリー2人っきりになっちゃったから、それどころじゃなかったのよ。」


「……」


リリーが口を閉じる。


リディアは、静かに星空を見つめた。


「でもね……今の私の夢は……あなたよ、リリー。」


「え?」


「リリー、あなたが幸せに生きること。それが、今の私の夢。」


「……そっか。」


リリーは小さく呟き、考えるように空を見つめる。


「でも……お姉ちゃんがまたギルドを作りたいって思ったら、それはダメなの?」


「……ううん。もう、私は決めたの。」


リディアは静かに微笑み、リリーの髪を優しく撫でた。


「あなたは、あなたらしく生きなさい。」


「うん……!」


リリーは力強く頷く。

その小さな決意が、リディアの胸の奥に染みわたる。


(——ありがとう、リリー)


——どうか、この夜が少しでも長く続きますように。




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