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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
プロローグ

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同じ夢を見ていたはずなのに


夜風が心地よく吹き抜ける静かな道を、リリーとリディアは並んで歩いていた。遠く酒場の喧騒がまだかすかに響いているが、ふたりの周りは穏やかな静寂に包まれていた。


「今日は楽しかったね、お姉ちゃん」


リリーが嬉しそうに笑いながら言う。

リディアはその表情を見て、少しだけ安堵したように微笑んだ。


「そうね。みんな本当に楽しそうだったわ」

「うん。特にブラス、すごかったよね!」リリーはクスクスと笑いながら、楽しそうに続ける。「あんなに人気者だなんて、ちょっとびっくりしちゃった!」


「ふふ、ブラスはどこに行っても注目の的だからね」


「最初に会ったときはちょっと怖かったけど……実はすごく優しい人なんだね」


リリーの言葉に、リディアは頷く。

ブラスの豪快な笑い声や気さくな態度、そして根っこの部分にある仲間思いの優しさ。それが、今日の祝勝会でリリーにもちゃんと伝わったのだろう。


しかし——リリーの手が、車椅子の車輪を回す動きを少しだけ緩めた。


「……ブラスは、あぁ言ってくれたけど」


リディアも横目で彼女を見つめる。


「でも、やっぱり私には……冒険者は無理なんだよね」


彼女の声は、少しだけ震えていた。


「スキルを覚えても、魔力がなければ使えない。私の身体じゃ鍛えることもできないし……」

リリーは視線を落としながら、ぽつりと呟くように言った。

「……やっぱり、私がどれだけ頑張っても、お姉ちゃんみたいにはなれないんだよね」

「私、お姉ちゃんと冒険するの、ずっと夢だったのにな……」


リディアは、一瞬口を開こうとして、すぐに閉じた。

リリーの言葉が、あまりにも胸に刺さったからだ。

本当のことを言えば、リディアも分かっている。リリーが冒険者になるのは厳しい。それでも——


「……今は、そんなふうに決めつけなくてもいいんじゃない?」


リリーは驚いたように顔を上げる。


「無理かどうかは、まだ分からないわ。アカデミアに行けば、色んなことを学べる。もしかしたら、リリーに合った道が見つかるかもしれない」


「でも……」


「だから、もう少しだけ考えてみて」

リディアは微笑もうとしたが、ぎこちなくなった。


リリーはしばらく俯いていたが、やがて小さく頷いた。


リディアはそっと彼女の肩に手を添えたが、それ以上何も言えなかった。


夜風が、ふたりの間を静かに吹き抜けていく——。


数日後、アカデミアの試験結果を受け取るため、リディアとリリーは並んで封筒を手にしていた。息を飲みながら封を開くと、そこには「合格」の文字が刻まれていた。


「やった……!」


リディアが笑顔を弾けさせる。リリーも歓喜に満ちた表情で封筒を握りしめた。


「筆記はかなり自信あったけど、魔力運用の実技がボロボロだったから、ちょっと心配だったよ」


リリーが苦笑しながら言う。


「でも、合格したんだから問題ないわ」


リディアは安心したように頷き、勢いよく立ち上がる。


「すぐに手続きしてくる!」


リディアは顔を輝かせ、勢いよく立ち上がると、そのまま弾むような足取りでアカデミアへと向かった。

胸の内に広がるのは、長年の願いがついに叶うという高揚感だった。


アカデミアの受付に到着したリディアは、書類を手に意気揚々と窓口へ向かった。


「リリーの入学手続きをお願いします」


受付の職員は書類を受け取りながら、淡々とした口調で答える。


「確認しますね……しばらくお待ちください」


数分後、職員の手が止まり奥にある書棚で何かを調べ出した。確認を終えた職員が視線をリディアへと向け、静かに口を開く。


「申し訳ありませんが、リリーさんは元貴族の血筋にあたるため、学費が通常の三倍となります」


「……え?」


思いがけない言葉に、リディアの思考が一瞬止まった。


「元貴族?」


「はい、お祖父様が貴族籍にあった記録が残っています。そのため、特別な学費が適用されます」


「でも、祖父には会ったこともないし、うちは裕福な家庭でも何でもないです!」


リディアは食い下がるように声を上げる。しかし、職員は静かに首を振るだけだった。


「これは規則です。元貴族の家系の方々ばかりが優遇されれば、本来の目的である公平な教育の機会が損なわれます。アカデミアはすべての者に平等な学びの場を提供するための機関です。そのため、この措置は必要なのです。ご理解ください。」


「……そんな……」


「元貴族ばかりの生徒が集まれば貴族制と何ら変わりません。この制度があることで、多くの生徒が公平に学べるのです」


職員は淡々とリディアに事実を伝える。


リディアは奥歯を噛み締める。


「何か方法はないんですか?」


「奨学金の制度はありますが、リリーさんの成績では厳しいかと」


リディアの表情が強張る。


「筆記試験は優秀でしたが、実技試験の結果が足を引っ張っています。奨学金は、総合成績が基準を満たしていることが条件です」


「……」


「学費の支払い期限は一週間以内です。それまでに手続きを完了させてください」


「….わかりました」

かすれた声でそう答えると、リディアはどこか力なく受付を後にした。

外へ出た瞬間、澄み渡る空の明るさが、かえって胸に重くのしかかる。

さっきまで満ちていた喜びは影を潜め、押し寄せるのは言葉にならない焦燥感と、どうしようもない無力感だった。


どうにかしないと——何か、方法は……。


考えれば考えるほど、胸の奥が苦しくなっていった。


リディアは家の扉の前で深く息を吸った。


この顔のまま帰れば、リリーに気づかれてしまう。


大丈夫。気丈に振る舞わなければ。


軽く頬を叩き、意識的に表情を明るくする。


「ただいま!」


扉を開けると、すぐにリリーが笑顔で振り向いた。


「お姉ちゃん! 結果、どうだったの!?」


その顔を見ると、一瞬胸が締め付けられた。


……言えない。


「ちゃんと受理されたわよ」


リディアは努めて明るく答えた。


「よかった!」


リリーの顔がぱっと輝く。


「これで私、アカデミアに行けるんだね!」


「……そうね」


リディアは笑顔のまま頷いた。


「私、もっともっと勉強して、強くなるよ!」


リリーは無邪気に語る。


「お姉ちゃんと一緒にいられる未来が、やっと来るんだもん!」


その言葉に、リディアの手が一瞬止まった。


「……え?」


「私、頑張るよ! そうすれば、きっとお姉ちゃんと一緒に冒険できるかもしれないでしょ?」


リリーは目を輝かせながら言った。


「お姉ちゃんと同じパーティで、一緒に戦える日が楽しみだなぁ」


リディアは何も言えなかった。


「……リリー」


「うん?」


「その……どうして、そんなに私と一緒に冒険したいの?」


リリーは目を瞬かせた。


「だって……お姉ちゃんが好きだから。一緒にいたいから」


あまりにも当たり前のように、まっすぐに言われた。


リディアは息を呑んだ。


「でも、リリーには……」


言いかけた言葉を、呑み込んだ。


「リリーには安定した未来もあるのよ」

「アカデミアでしっかり学んで、スキル指導員や研究者の道を考えるのも——」


「……待って」


リリーの笑顔が、一瞬で消えた。


「それじゃ……私、お姉ちゃんと一緒にいられないの?」


「……リリー」


「いや! 私、お姉ちゃんと一緒に冒険したいの!」

「私の夢なんて、どうでもいいってこと?」


リリーの声が震え始める。


「だって、ずっとそう思って勉強頑張ってきたのに!」


リディアは、歯を食いしばる。


「リリーには、安定した未来のほうがいいのよ」

「でも、それは……現実的じゃないのよ」


「——現実的って、何?」


リリーが鋭く問いかける。


「私が努力しても、お姉ちゃんには届かないってこと?」


「違う、リリー、そういう意味じゃ——」


「じゃあ、何!? どうしてそんなに否定するの!?」


「私は……リリーを守りたいだけなの」


リディアの声は、小さく震えていた。


「守る……?」


リリーは俯いた。


「それって……結局、お姉ちゃんの中では、私は何もできない存在ってこと?」

「お姉ちゃんは私が冒険者になることを本気で考えてくれたことがある?」


リディアは言葉を詰まらせる。


リリーは顔を上げ、リディアの目をまっすぐ見つめた。


「ねぇ、お姉ちゃん。私がいない方が楽?」


「違う!」


リディアは即座に叫んだ。


でも、リリーの瞳はすでに揺らいでいた。


「……もういい」


リリーはリディアから目を逸らし、車椅子のタイヤを強く握った。


「お姉ちゃんなんて、大っ嫌い!」


リリーは背を向け、外へと飛び出した。


リディアは、何も言えなかった。


ただ、その場に立ち尽くすしかなかった。


お読みいただき、ありがとうございました。

小さな物語ですが、どこかに残るものがあれば嬉しいです。


※もし続きを読みたいと思っていただけたら、評価やブクマでお知らせください。

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