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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
プロローグ

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英雄たちの乾杯、少女の小さな願い


店の扉を開けた瞬間、ブラスに向けられた歓声が酒場の天井を揺らした。


「おお、ブラス! 今度も大活躍だったらしいじゃねぇか!」

「酒場の英雄だな!」

「いや、英雄は俺だけじゃねぇ! こいつらも一緒に戦ったんだぜ!」


彼は豪快に笑いながら、後ろにいるクラフト、リディア、キール、リリーを振り返る。


「おいおい、こいつらも称えてやれよ! 俺だけじゃなく、こいつらがいなきゃラットロードは討伐できなかったんだぜ!」


ブラスの言葉に、酒場の冒険者たちはクラフトたちにも注目を向ける。


「おお、クラフト! トドメはお前が刺したんだろ!」

「キールの作戦で、敵を追い詰めたんだろ!」

「いや、リディアが敵の巣穴を片っ端から調べたって話だ! あと何故か分からんが、市場の店主たちから恐れられているらしいぞ」


リディアは苦笑いを浮かべながら、さりげなく話を逸らすように微笑む。


「さてさて、皆さん、飲みましょうか!」


歓声が上がり、ジョッキが次々と運ばれる。

酒が注がれ、あちこちで乾杯の声が飛び交う。


「よっしゃ! 今日は俺が奢るぜ!」


ブラスが腕を振り上げ、酒場全体に響くような声で叫んだ。

周囲が一気に盛り上がり、店主もニヤニヤしながら追加の酒樽を用意しようとする。


……その時だった。


「ブラス」

リディアの穏やかな声が、酒場のざわめきを切り裂いた。


ブラスは「お?」と振り返る。


リディアは微笑んでいた。

だが、その目は優しくも鋭い光を湛えている。


「……何?」


「あなた、まさかまたこの酒場全員に奢るつもりじゃないでしょうね?」


ブラスは一瞬「しまった」という顔をしたが、すぐに苦笑しながら胸を張る。


「へへっ、いいだろ? 今日は祝いの席だし、俺たちは英雄なんだぜ?」


「それで、あなたは前回の奢り分、ちゃんと帳尻合わせたの?」


ブラスの笑顔が少し引きつる。


「え、えーと……」


「あと、これから新しい装備も買わないといけないわよね? それに、食費も、宿代も」


リディアは指を一本ずつ折りながら、淡々と事実を並べていく。


「……いや、まぁ、そうなんだけどよ?」


「それに、リリーのアカデミアの入学祝いに少し良い贈り物をしたい、なんて言っていたのは誰だったかしら?」


リディアの微笑みが深くなり、店内の空気が一瞬張り詰める。


ブラスは完全に言葉を失った。


「うっ……」


周囲の冒険者たちも、その場の流れを察してクスクスと笑い始める。


「おいおい、ブラス、リディアに睨まれたらお前でも分が悪いぞ」

「今回くらいは、やめといた方がいいんじゃねぇか?」


店主も酒樽を運ぼうとしていた手を止め、苦笑いを浮かべながらブラスを見る。


「えぇっと……」


ブラスは助けを求めるようにキールやクラフトを見るが、彼らはそれぞれジョッキを傾けながら、まるで「俺たちは関係ないぞ」とでも言うようにそっぽを向いていた。


「……あー……しゃーねぇな……」


ブラスは渋々ジョッキを持ち上げ、 「自分の分だけ」 で乾杯する。


「それでいいのよ」


リディアは満足そうに微笑みながら、自分のジョッキを軽く傾けた。


店内に笑い声が響き渡る。



次々と称賛が飛び交い、クラフトたちは少し気恥ずかしそうにしながらも、ブラスに促されるように席へ向かった。

酒が運ばれ、乾杯の声が響く。


テーブルには肉やパン、スープなどが並べられ、リリーが楽しそうにそれを見つめていた。

そんな彼女に、リディアがふと微笑みかける。


「ねえ、リリー。ついにアカデミアの入学金が貯まったわよ」


「ほんと!?」

リリーの瞳が輝き、表情が一気に明るくなる。


クラフトも安堵の息をつき、「間に合ったんだな」とリディアに言った。


「間に合った?」

ブラスが首を傾げる。


クラフトが説明する。「アカデミアは成人すると入れないんだ。リリーは今年で十五歳ギリギリだったからな」


ブラスはリリーの方を向き、優しく頷く。「それはよかったな、リリー」


だが、リリーの笑顔がふと曇る。

「でも……私、こんな足だし……スキルを覚えても、魔力がなくちゃ使えないよね……? こんなんでアカデミアに行く意味、あるのかな……?」


「魔力は鍛えた肉体に宿ります。」


キールが冷静に言葉を紡ぐ。


「肉体を鍛えられなければ、魔力も増えない。魔力がなければ、スキルも発動できません」


場が静まる。


「それは違うぞ」


クラフトが優しく口を開く。


「アカデミアに行けば、魔力を効率的に運用する方法も学べる。魔力を増やすだけじゃなく、どう使えば無駄なく運用できるか、どうすれば負担を減らしてスキルを発動できるか……そういう技術を学ぶんだ」


リリーは戸惑いながら顔を上げる。


「……そんなこと、できるの?」


「じゃあ……私、冒険者になれるかな?」

リリーが恐る恐る口に出す。


「車椅子では、無理ですね」

キールは淡々と答えた。「戦場では仲間を守ることが第一です。リリーが戦えない状態で前線に出れば、敵だけでなく、仲間にも危険が及ぶ」


「キール!」

クラフトが険しい表情で制した。


リディアはリリーの肩をそっと抱く。

「スキルが使えるようになれば、スキル指導員として安定した生活を送れるわ。高ランクの職人スキルを身につけてもいい研究者だって。優秀な成績を収めれば、アカデミアやヴェルシュトラの職員への道も開かれる……リリーには、たくさんの選択肢があるのよ」


リリーは俯いたまま黙り込む。


沈黙を破ったのはブラスだった。


「おいおい、そんな深刻になるなよ」


彼は豪快に笑いながら、酒杯を掲げる。


「だったら俺がリリーを背負って、回転しながら突撃する! その名も『ブラス式魔導回転砲』!」


「す、すごい……!!」

リリーは目を輝かせた。「ブラス、それなら私、冒険者になれるわ!!」


キールが溜息をつく。「……また新たな伝説が生まれそうですね。『戦場に現れた謎の回転体』とでも言われるでしょうか」


クラフトも感心したように頷く。「なるほど、その手があったか……」


「ないわよ!!」

リディアが大笑いしながら、ブラスの肩を軽く叩く。


その場の空気が明るくなり、皆の顔に笑みが広がる。


酒場のざわめきの中、リリーはスープを飲みながら、楽しそうに話す皆を見つめていた。

今こうして、大好きな姉と、その仲間たちと一緒にいられる時間が、心から嬉しかった。


お読みいただき、ありがとうございました。

小さな物語ですが、どこかに残るものがあれば嬉しいです。


※もし続きを読みたいと思っていただけたら、評価やブクマでお知らせください。

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