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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
プロローグ

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それは“ただのモンスター”ではなかった

数日後、巣穴に異変が起こった。


巣穴の奥から、微かに響く不穏な音。

それは、今まで聞こえていた規則的な動きとは違う、どこか乱れた気配だった。


キールは岩陰に身を潜め、巣穴をじっと観察する。


「……内部で動きが鈍くなりましたね」


リディアが隣で小さく頷く。


「食料の流れが止まった影響ね」


グリスラットたちは、今まで外から持ち込まれる食料で生き延びていた。

だが、それが止まったことで——


飢えが始まっていた。


巣穴の奥から、かすかな鳴き声が聞こえる。


それは、恐怖と混乱に満ちた、悲鳴のような鳴き声だった。


リディアは目を伏せる。


焦り始めたグリスラットたちは、狂ったように巣穴内を走り回り、やがて己の仲間を襲い始める。


それは、弱肉強食の本能が極限まで研ぎ澄まされた瞬間だった。


外から覗き込んでいたクラフトが、眉をひそめながら呟く。


「……うまくいってるのか?」


キールは表情を崩さず、冷静に答えた。


「順調ですがただ、問題はここからです」


そう——


このまま崩壊してくれるならいい。

だが、彼らの敵は単なる飢えたモンスターではない。


ラットロード——あの知略を持つ王が動く時が来る。


さらに数日後、巣穴の奥から聞こえてきたのは——


静寂。


共食いの悲鳴すら、ぴたりと止まった。


「……ラットロードが動きますね」


キールが低く呟いた。


次の瞬間——


巣穴の奥から、静かに、しかし確実に

何かがこちらの包囲を破ろうとする気配が広がっていった。


ラットロードは、敗北を受け入れない。


このまま終わるつもりは、ない——。

冷たい夜の空気が渓谷を包んでいた。

だが、その静寂はすぐに破られることになる。


リディアが岩の表面を手でなぞりながら、小さく頷いた。


「ここに崩れかけた岩があるの。そこを狙えば、巣の内部に一気に水が流れるはず」


彼女の指が示した先には、大きな岩が無造作に積み重なっている箇所があった。

まるで何かの衝撃を受けたかのように、少しずつ崩れかけている。


クラフトは岩の状態を慎重に観察しながら、ゆっくりと頷いた。


「……なるほど。そこを崩せば、ラットロードは巣の奥に逃げられなくなるってことか」


「ええ。それに、巣の中を混乱させることもできるわ」


リディアの声には、確信があった。


キールが腕を組みながら、冷静に言葉を継ぐ。

「川の水の流れも利用できるので崩すタイミングを間違えなければ、ラットロードを追い詰めることができるはずです」


「よし……やるか」


クラフトは剣を握りしめ、改めて覚悟を決めた。



渓谷の近くには大きな川が流れていた。

普段は穏やかで静かなその流れも——

この作戦のためには、破壊の武器に変わる。


「水の流れ、いけそうか?」クラフトが確認する。


リディアはじっと水の流れを観察し、慎重に頷いた。

「大丈夫、流れ込む方向は確認済みよ」


「なら、やるしかねぇな」


ブラスが巨大な斧を肩に担ぎながら、ニヤリと笑った。


「そろそろ俺の出番か」


巣穴崩壊


ブラスが深く息を吸い込み、全身に力を込める。


「《震雷斧》!!!」


斧が振り下ろされると同時に、雷のような衝撃とともに大岩が砕け散る。


ズドォォォォン!!!


土煙が舞い上がり、崩壊した岩の隙間から一気に水が流れ込んだ。


ゴゴゴゴゴッ!!


滝のように水が巣穴へと突き進む。

狭い巣穴の中を、冷たい水が勢いよく駆け抜ける。


「成功だ!」クラフトが叫ぶ。


巣穴の中から、異様な鳴き声が響き渡る。

グリスラットたちの悲鳴、走り回る足音、水がぶつかる音——


それらが混じり合い、完全な パニック状態 に陥っていた。


「……さて、どう出ますか?」


キールが低く呟く。


ラットロードの決断


巣穴の入り口から、水とともに数匹のグリスラット死体が流れ出してきた。


もはや、巣の中は安全な場所ではない。

行き場を失ったグリスラットたちは、錯乱しながら周囲を走り回る。


巣穴の中の混乱は極限に達していた。

水の流れと共に、溺れたグリスラットたちが次々と押し流され、巣の奥から必死に逃げようとする鳴き声が響き渡る。

徐々に大きくなる水音が、出口へと近づいていく。

作戦はシンプルだ。

ラットロードが出口から飛び出した瞬間、キールとリディアが遠距離スキルで攻撃し、その後クラフトとブラスでトドメを刺す。

周到な準備と完璧な配置。待ち伏せとしては万全だった。


「そろそろか……」

ブラスが重々しく武器を構える。


皆が配置につき、巣の出口を見据えたその瞬間——


ゴボォォォォッ!!


巣から何かが飛び出した。


キールとリディアの目が鋭く光る。

——狙い澄まして、一気にスキルを叩き込む—— そう思った、その時。


「なっ……!? これは……!!?」


飛び出した影は、バラバラに砕け散った。

それは—— グリスラットの死体 だった。


「……ッ!!」

リディアが反射的にスキルを中断する。


キールの眉がピクリと動く。

「囮か……!」


次の瞬間——


「ギィィィィッ!!!」


轟音とともに、洞窟の水面が弾けた。


ラットロードが、水の中に潜んでいた。


飛び出すのではなく、巣穴の奥で流れに乗り、敵の視線がグリスラットの死体に向いた一瞬の隙を狙っていたのだ。

まるで狩人が獲物を待つような、計算された奇襲だった。


その隙を見逃さず、水の中に隠れていたラットロードは、とてつもない速度で逃げ出した。


「問題ありません。すでに《捕縛糸》を張ってます」


キールは冷静に言い放つ。


ラットロードを追跡すると、案の定、キールが仕掛けた《捕縛糸》に絡め取られている状態で発見された。


ラットロードを追跡すると、案の定、キールが仕掛けた《捕縛糸》に絡め取られている状態で発見された。


「……ふん、ここで終わりだ」


クラフト、リディア、ブラス、キールはトドメを刺そうと魔力を練る。


だが——


「ギャァァァァ!!!」


突如、ラットロードが耳をつんざくような悲鳴を上げた。


死体だと思われていたグリスラット達が、一斉にラットロードに群がり盾になる。


「こいつら、まだ動けたのか!? 」


キールが眉をひそめる。


グリスラットは《捕縛糸》に絡められながらも、ラットロードの糸を噛み切り始めた。


「まずい……!」


考えるよりも先に、全員が一斉にスキルを発動する。


しかし——


まるで命令を受けた兵士のように、グリスラットたちは一糸乱れずその身にスキルの余波を受け、血が飛び散っても——一歩も引かない。

腕が吹き飛ぼうと、足を失おうと、なおもその身を盾とし、《捕縛糸》をその小さな牙で噛み切りにかかる。


クラフトは、無意識に後ずさった。


「……なんだ、こいつら……」


それは、野生の本能とは程遠い——“何かに作られた意思”を感じさせる、異様な忠誠だった。


次の瞬間——


「ギィィィッ!!!"


ラットロードは捕縛糸を脱出し、川へと逃げていった。


捕縛糸に絡まり、沈黙したグリスラット達。


「どこへ行く気だ…… 川の方向か!?」

キールがすぐに進路を予測し、影槍を放つが——


ラットロードは跳ねるようにかわし、そのまま川へと向かって疾走していく。


「敵は狡猾です。慎重に追いましょう。」

キールが静かに言う。

(…まさかここまで考えていたとは……!)


ラットロードは、まだ終わらせるつもりはなかった——

お読みいただき、ありがとうございました。

小さな物語ですが、どこかに残るものがあれば嬉しいです。


※もし続きを読みたいと思っていただけたら、評価やブクマでお知らせください。

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