ノクス、最後の冒険
木々の葉が、生え変わるのを何度か見送った頃
街の顔ぶれも少しずつ変わっていた。
いつからか、ノクスの仲間たちは、それぞれの場所で忙しくなっていた。
監査機関、アカデミア、新設ギルド——
誰かの名を耳にするたび、「ああ、元気にやってるんだな」と胸の奥で思うようになっていた。
そんなある日。
一通の手紙が、それぞれの元に届いた。
封筒の端に、小さく書かれていた。
「……ノクスとして最後の冒険に、行かないか?」
筆跡を見ただけで、誰が書いたのかは一目でわかった。
そして——久しぶりに集まったノクスの仲間たちは、かつてと同じように、何事もなかったかのように軽口を叩き合った。
「全く……よりにもよって、この時期に……」
キールが額を押さえてぼやく。
「さっき鼻歌歌ってたの誰だったかな?」
リリーがいたずらっぽく指摘すると、
「それは……鼻が詰まってただけです」
と返すキール。
「うそよー!」とリリーが突っ込み、
それを合図に、全員が笑い出す。
歩き慣れた道のはずなのに、景色はどこか違って見えた。
けれど、それもまた悪くなかった。
途中、クラフトがふと足を止め、隣を歩いていたブラスに言った。
「これで最後だ。……ブラス、なんか予言でも言ってくれよ」
その言葉に、全員が顔を見合わせ、にやりと笑う。
「わーったよ」
ブラスは頭をかきながら、少しだけ遠くを見るような顔で、言った。
「そうだな……多分——最高に楽しくて……ずっと、忘れられない冒険になるんじゃねぇか?」
誰も茶化さなかった。
ほんの数秒の沈黙のあと、リリーが「それ、すごく良い予言だね」と言い、またいつもの空気に戻っていった。
最後の冒険は、まさに言葉どおりだった。
リリーは高台で叫びながら、あろうことか試作品のスキルを全力展開し、周囲を焼け野原に変えた。
「効果範囲は半径五メートルって言ってたよな!」というクラフトの叫びに、少し離れた場所からキールは冷静にこう返した。
「リリーは“最大”とは言っていません。定義を曖昧に解釈する方が悪いんですよ」
そして結局ブラスが、またしても不用意な発言でモンスターの群れを呼び寄せ、全員で転げ回る羽目に。
けれど、それさえも笑い話になった。
誰かが転び、誰かが引っ張り、誰かが突っ込む——
そんな、いつものノクスだった。
一つひとつの出来事が、どこか滑稽で、どこかあたたかくて。
その一瞬一瞬が、胸の奥に静かに刻まれていった。
そして確かに、それはブラスの言った通りだった。
最高に楽しくて、——一生、忘れられない冒険になった。




