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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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奇跡の素材、そして夜は明ける

ノクスのメンバーたちは、それぞれの領域で多忙を極めていた。


キールは監査機関の制度設計と、その裏で繰り広げられる情報戦を束ねており、

リリーは魔導石を活用する新たな魔道具の研究に没頭していた。

ブラスは、復活の代償か、魔力もスキルも失っていた。それでも彼は、誰よりも早く訓練場に立ち、時に本をめくり、時に黙々と斧を振っていた。

クラフトはというと、魔導石の製作と販売に追われていたが——限界は、近い。


「……人手が、足りないんだ」


ギルドの一室に集まった四人の静寂を破って、クラフトがぽつりと漏らす。


「今のペースじゃ、俺ひとりじゃもうどうにもならん」


「まあ、当然ですね。私もリリーも、手が空いているとは言えませんし」


椅子にもたれながら、キールが肩をすくめた。


「じゃあ、人を雇えばいいんじゃない?」と、リリーは当然のように言う。


「それができるならしてる。……今の段階だと、まとまった金が用意できない。あと少しで軌道に乗るのは確かなんだけどな」


クラフトの言葉に、部屋の空気がやや重たくなる。


「ジレンマってやつですね」


キールが冷静にまとめたその瞬間。


「みんな!ちょっと聞いてくれ!」と、ブラスが勢いよく立ち上がった。


「ん?」クラフトが眉を上げる。


「この問題、俺がなんとかできるかもしれねぇ.......」


「……すでに先を読んでたのね。さすがブラス!」

リリーが感嘆の声を上げるが、ブラスは真顔のまま宣言した。


「俺……錬金術、開発したかもしれねぇ」


「……錬金術?」キールが目を細める。


「おう、見ててくれ。俺の頭を」


クラフト、リリー、キールの三人が無言でブラスの額に注目する。

何かの儀式のような沈黙が流れた。


「ふんっ!」


ブラスが気合いを込めると——**ボゴッ!**という音と共に、彼の頭部から何かが生えた。


「……オーガの、角?」


「そう!見てろよ!」


ブラスは勢いよくそれをへし折り、再び力を込める。

また同じ角が生える。

それを折る。

生える。

折る。

机の上には、**“新鮮なオーガの角”**が山のように積まれていく。


「すごい!ブラス、ほんとにすごい!」

リリーが目を輝かせる。


一方、クラフトとキールは——。


……口をポカンと開けたまま、ただただ、ブラスを凝視していた。


しばしの沈黙。


クラフトが頭を抱え、キールは額を押さえた。


「どうだ!すごいだろ!これを売れば、全部解決だ!」


ブラスが胸を張って宣言する。


「……確かに、それを売れば問題は解決する。法的にも、たぶん、問題ない……けど……なんだろう、なんか、倫理的に、ダメな気がする……」


クラフトが遠い目をしながら呟いた。


キールは一拍置いて、眼鏡の奥で微笑む。


「クラフト。ここはあの……びっくり人間を、うまく使いましょう」

「まぁすでに人間かどうかも怪しいですが……」


こうして、“ブラス産の錬金素材”により資金繰りが改善され、

クラフトはようやく人手を増やすことができた。


魔導石の生産体制は整い、ノクスの活動は再び加速する。


──もっとも、その数日後。



市場にて——


「ガルデス、さて……どの“オーガの角”が良いか、選んでみろ」


棚の上にずらりと並んだ角の束。

薬師の弟子が、目を輝かせながらひとつを手に取る。


「えっと、これとか良さそうです!」


その言葉に、老薬師ガルデスの顔がぴくりと引きつった。


「——バカモン! なにを見とるか、よく見てみい!」


「へっ……!?」


「艶じゃ! 艶の良さ! それから輝き、反り具合……っ! どこを見ても、この一本じゃろうが!」


そう叫びながら、ガルデスはまるで自分の孫のように大切そうに、一本の角を両手で持ち上げる。


「ほれ、見てみよ。この曲線美、光の加減で鈍く輝くこの質感。……これぞまさしく、高位個体の証。“オーガの角”の中でも選ばれし逸品じゃ!」


弟子たちは目を丸くして息をのんだ。


「さ、さすが師匠……!」


「ふぉっふぉっふぉ、分かればよい。素材の目利きこそ薬師の第一歩じゃ。神々のように尊く、魔獣の血よりも深き智慧を、我らは身につけねばならんのじゃよ」


弟子たちは目を輝かせ、工房に歓声が広がった。しかし——


——そして、夜は深く、更に“深淵”へと向かっていくのだった。


工房内には妙な空気が漂っていた。


(……んん、いや、これは……どうにも、おかしいのぅ……)


ガルデスは何度も何度も同じ工程を繰り返していた。煎じ、粉砕し、混合し、抽出し……それでも、薬効が出ない。


「……むぅ」


(まさか、偽物?……いやいやいや、あり得ん)


額の汗をぬぐいながら、ガルデスは己の手元を睨みつけた。

おかしい。理論通りならとっくに初級回復薬の一滴くらいは完成しているはずだ。


(おいおい……偽物だったらどうするんじゃ。

弟子の前で言ってしまったぞ「この曲線美、光の加減で鈍く輝くこの質感」なんて……)


ちらりと、弟子たちの視線を感じてガルデスは小さく咳払いした。


そのときガルデスの脳内に稲妻が走る。


(そうじゃ……! こういう時こそ、“導く者”としての一手!)


彼は椅子から大げさに立ち上がると、わざとらしく深いため息をつき、ゆっくりと弟子たちを見渡した。


「——時間切れじゃ」


弟子たちが一斉に顔を上げる。


「えっ……?」


「なぜここまで来て、誰一人として“疑問”を呈さぬのじゃ?」


その言葉に、工房の空気がピリリと引き締まる。


「師匠……?」


「考えてみよ。理論通りにやって“効かぬ”ということは、理論そのものが誤っている可能性がある。では——どこが間違っておったか。貴様ら自身で考え、調合してみせよ」


「えっ、私達でですか!?」


「うむ。……なに、わしは“全体の流れ”を把握しておるからの。そなたの感覚で煎じ方を工夫してみよ。……これは弟子の感性が問われる素材なのじゃよ」


ガルデスは内心で叫んだ。

弟子の前であんなに堂々と「極上素材」だと断言してしまった。

今さら「偽物かもしれん」などとは口が裂けても言えない。


「えっと……えっと……じゃあ、煎じ時間を……」


「ほぅ……なるほどなぁ “魔の三十秒”が鍵を握っておるかもしれんのぅ……」


——こうして、夜明けまで。

疲れ果てた弟子たちが黙々と調合を繰り返す中で、ガルデスは黙して語らず、ただ茶を啜っていた。


それは己の威厳を守る、錬金師としての苦しい夜だった。


夜は更け、明け方。

疲労と眠気が襲うなか、ひとりの弟子がぽつりと呟いた。


「……あの、これって……偽物なんじゃないですか?」


静寂。


「おお、やっと気づいたか。わしは市場で最初に見た時から、これは偽物だと確信しておった」


「そ……それって…….」


「お主らの目利き力を試すためじゃよ……ふぉっふぉっふぉ」


——静寂


しばらくして、ぽつりと一人が呟いた。


「……さすがです、呆けて騙されただけかと思いましたが、確かに勉強にはなりましたよね」


「うん……てっきり“本物じゃ”って息巻いてたから後に引けなくなって、こっそり俺たちに丸投げしたのかと思いました!!」


「……結局のところ、俺たち、まだまだ修行が足りないってことだよな」


「さすが師匠。やっぱり“試していた”んですね、最初から!!」


「これからもついていきます、師匠!!」


沈黙ののち、バルガスはわずかに目を逸らしながら言った。


「そ……そうじゃ……勉強になったじゃろ?」


夜明けの工房には、謎の団結力と、消せない後悔だけが残された。




そして数日後、各地のギルド掲示板に一斉に張り紙が貼られた。


『ブラス産オーガの角 買取禁止』

※形状に惑わされないようご注意ください。薬効は皆無です。


かくして、“ブラス産の奇跡”は夢と消えた。

錬金術——それは人類の永遠の夢であり、絶対に越えてはならぬ境界線であった。


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