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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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影の革命

ある日の夜更け、ロフタ近郊の街々に、妙な紙束がばら撒かれた。


紙には、こう書かれていた。


——《ヴェルシュトラの“秩序”は、誰のためにあるのか?》

——《なぜ、ロフタの街の“魔契約者”は姿を消すのか?》

——《借金と引き換えに、本当に奪われているものは何か?》


文末にはこう添えられていた。


《※本件は未確認の情報に基づきます。信頼性についてはご自身で判断してください。》


誰が書いたのか、誰が配ったのか。

その痕跡は、まるで風のように残らなかった。


だがその紙は、たしかに人々の間に落ちた。

火種のように、静かに、ゆっくりと。



「……なあ、聞いたか?」


ある酒場の片隅、酒を煽る中年の男がぽつりと呟いた。


「ヴェルシュトラ、最近やたらと“ロフタの話題”を避けてるって……」


隣にいた若い冒険者が眉をひそめる。


「避けてるって、どういうことだよ?」


「この前、ヴェルシュトラの職員に聞いてみたんだ。『ロフタの魔契約って、他と何が違うんですか』ってな」

中年の男が酒を啜りながら言う。


「そしたらよ、『ロフタの件は、詳細は答えられない』ってさ。……上に確認しても“無関係です”の一点張りだったらしい」


「無関係……? いやいや、あそこもヴェルシュトラが関わってるらしいぞ?」


若い冒険者が眉をひそめた。


「でもさ、ロフタの町から戻った奴らって目に力がないっていうか、なんか変だよな」


「それが……誰もはっきりとは言わねぇんだ。でも妙なことに、破産者の行方不明もロフタが多いって、最近噂になってる」


「うわさ、じゃ済まねぇよな……」


「“普通”の魔契約じゃねぇ。何か……あるんだろ、ロフタには」


「それだけじゃないぞ。俺の兄貴、昔ロフタに関わりそうになったらしいけど……“あそこだけはやめとけ”って、何も言わずに止められたってさ」


別の席では、商人風の男がグラスを揺らしながら言った。


「最近のヴェルシュトラ、なんか焦ってるよな。“クラフト一派は秩序の敵”だの、連呼し始めたのって……いつからだった?」


「むしろ気になってくるよな。“じゃあヴェルシュトラの秩序って、何なんだ?”ってさ」


キールは、情報で戦う。


暴露ではない。糾弾でもない。


ただ「問い」を差し出す。

人々の心に疑問という名の“空白”を作り出し、それが自然と膨らんでいくことを、彼は誰よりも理解していた。


敵が声を張り上げれば上げるほど、

その“正しさ”が音を立てて崩れていく構図を——


まるで、音のない嵐が街を満たし始めたようだった。

「なんだこれは……“ロフタの街”の噂だと? いつの間にここまで広がったんだ……!」


ヴェルシュトラ本部の石造りの会議室。

怒鳴り声を上げたのは、灰色の髭を蓄えた老幹部だった。重厚な報告書を机に叩きつけ、その眉間には深い皺が刻まれている。


「こんな情報が出回っては、我々の“正当性”が危うくなる!」


静かに反論の声を上げたのは、銀縁の眼鏡をかけた中年の文官。

焦燥する老幹部の隣で、指を組みながら冷静に口を開いた。


「否定すればするほど、人々は“なぜ否定するのか”と考えるようになります。……火に油を注ぐようなものです」


「だが!」

別の男——肩幅の広い軍務派の幹部が声を荒げた。

「情報の出所が不明なのは問題だ。いったい誰が、何のために流している!?」


場に沈黙が走る。


やがて、部屋の隅にいた若い広報官が、おずおずと手を上げた。

額には汗をにじませ、声もかすれている。


「……はい、現在調査を進めていますが……書かれている文書はすべて匿名。手書きではなく、魔導石を利用した印刷と思われます」


「印刷だと……? そんな技術を、どこが——」


「現時点では特定できておりません。ただ、張り紙は市中の掲示板や酒場、さらには市場の壁に至るまで……まるで、風に乗って広がっているかのように」


老幹部が机を叩いた。


「クラフトたちに違いない! 今すぐ連中を拘束しろ!」


しかし、文官がそれを制した。


「無理やり動けば、かえって“本物だった”と認めるようなものになります。……むしろ、慎重に監視し、反証を整えるべきです」


「慎重にだと? 悠長なことを言っている暇は——!」


「感情で動けば、組織が崩れます」

眼鏡の奥の瞳は、静かに怒りを跳ね返した。

「クラフトは前面に出てこない。動いているのは……別の誰かです」


老幹部は歯噛みしながら沈黙した。

石壁の部屋に、重たい静寂が降りる。


その頃——とある屋敷の書斎にて。


キールは窓の外を見つめながら、紅茶の湯気を見つめていた。


「……さて、そろそろヴェルシュトラの“情報戦”も、自滅の頃合いでしょうかね」


その横でリリーが、不安げに眉を寄せる。


「……でも、これで本当にヴェルシュトラは倒れるの?」



キールは紅茶を置き、目元だけで微笑んだ。


「倒れるかどうかは……正直、わかりませんよ」


彼の声はあくまで穏やかだった。


「けれど、“信用”というのは——一度失えば、もう戻らない。

たった一つの疑念が、それを崩すには十分なんです」


書斎の窓の外、掲示板の前に集まる人々の影が揺れていた。

彼らの表情は見えない。だが、その動きだけで、空気が変わりつつあることを、キールは確信していた。


そのとき、黙っていたブラスが重い声で口を開いた。


「……でもな、俺は思うぜ」


キールが静かに振り向く。


「“真実を伝える”のと“真実を操作する”のは違う。

お前がやってるのは……後者じゃねえのか?」


その声には、怒りではなく、深い苦味があった。


リリーが一瞬きょとんとする。だがキールは、動じた様子も見せず、まっすぐブラスを見返した。


「その通りです」


ひと呼吸置いて、静かに続けた。


「だからこそ、私の背中には——覚悟と、結果の責任がある」


その瞳には、逃げも否定もなかった。


「正しさを押しつける気はありません。

ただ、これが最も“効率的”だと判断したまでです」


ブラスは黙ったまま、深く椅子にもたれかかった。


「……“効率”ねぇ。便利な言葉だが……」


しばらく目を閉じていたが、やがてぽん、と手を叩いて笑った。


「ま、いいさ。お前に覚悟があるってんなら、俺が口出すこたぁねえ」


椅子をぐいっと傾けながら、にやりと笑う。


「それに、ヴェルシュトラのお偉いさんがヒィヒィ言ってるのを見ると、酒がうまいんだよな」


キールがわずかに眉を上げる。


「……動機が不純ですね」


「いいじゃねぇか。結果オーライってやつだろ?」


ブラスは肩をすくめ、いつもの調子で笑ってみせた。


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