思ったより“簡単すぎた”討伐戦
草原に広がるグリスラットの群れは、次々と狩られていった。
「《衝撃撃破》!」
クラフトが剣を振るうと、一匹のグリスラットが衝撃に弾き飛ばされ、そのまま地面に叩きつけられた。
「《閃光炎》!」
リディアの魔法が閃光とともに弾け、燃え上がった火球がグリスラットの群れの中に炸裂する。焦げた毛の臭いが漂い、数匹のグリスラットがのたうち回った。
「《影槍》」
キールが冷静に魔力の槍を放つ。黒い槍が音もなく飛び、狙いすましたようにグリスラットの急所を貫いた。
「《震雷斧》!」
ブラスが斧を振り下ろすと、刃先から火花のような閃光が弾けた。
バチバチッ……!
ドカンッ!
「ブラス、眩しいしうるさい!」リディアが思わず怒鳴る。
「いや、派手だっただろ!?」ブラスが胸を張る。
「……まぁ、それは否定しないが」クラフトが頭を抱えた。
戦いは順調だった。
「なんだ、思ったより楽じゃねぇか?」
ブラスが余裕たっぷりに斧を肩に担ぐ。
「確かに。数は多いけど、個々の戦闘能力は低い」キールも表情を崩さず、周囲を見渡した。
グリスラットたちは、ある地点まで来ると突如として踵を返し、一斉に草原を後退し始めた。
「……逃げてる?」リディアが眉をひそめる。
「巣に戻ってるかもしれない」
クラフトがグリスラットの動きをじっと観察しながら言う。
「つまり、あの奥に本丸があるってことか」ブラスが斧を握り直す。
「奴らを逃せば、また増えるだけだ」クラフトはすぐに決断した。「追うぞ!」
クラフト達はグリスラットを追い、渓谷の奥へと踏み込んでいった。
崖が両側にそびえ、道幅は次第に狭くなる。太陽の光が遮られ、辺りは薄暗い影に包まれていた。湿った空気と土の匂いが漂い、遠くから微かな水の流れる音が響く。
「巣穴が見えたぞ!」
クラフトが叫ぶ。
だが——
グリスラットたちは、その場でピタリと動きを止め、反転し赤い目をギラリと光らせる——
突然、前方の岩陰や茂みの影から、大量のグリスラットが現れた。
「っ……何!?」クラフトが思わず足を止める。
「……まずいな」キールが険しい表情を浮かべた。
前方の道は、瞬く間にグリスラットの黒い群れで埋め尽くされる。細い道いっぱいに並ぶ無数の赤い目が、不気味な光を放っていた。ギチギチと牙を鳴らし、次の瞬間には一斉にこちらへと殺到しそうな雰囲気だ。
「チッ……戻るぞ!」クラフトが即座に反転し、来た道へ引き返そうとする。
だが——
後方にも、すでに大量のグリスラットが待ち構えていた。
岩陰や崖の縁にびっしりと張り付くようにして、こちらを睨みつけている。まるで獲物を追い詰める捕食者のように、じわじわと包囲網を狭めていく。
「っ……何だ?」
「……嵌められたな」キールは屈辱感で体が小刻みに震える
そして、奥から現れたのは——
他のグリスラットとは明らかに違う、巨大な個体。
通常のグリスラットの二倍以上の大きさを誇るそれは、漆黒の毛並みと鋭い眼光を持ち、堂々とクラフトたちを見下ろしていた。
「……ラットロード」
ブラスが斧を構えながら、低く呟く。
「こいつが指揮を取ってやがったか」
ラットロードは、喉をゴロゴロと鳴らしながらこちらを見下ろしていた。その姿は、まるで獰猛な笑みを浮かべているかのようだった。
ラットロードは、ゆっくりと頭を傾げた。
その仕草は、まるで「お前たちは、どう動く?」と試しているかのようだった。
そして——
ニヤリ、と口角を上げた。
「っ……!」リディアが思わず息をのむ。
モンスターが笑う? そんな馬鹿な——。
だが、ラットロードの歪んだ口元は、明らかに嘲笑を浮かべていた。
グリスラットの群れは、まるで意思を持ったかのように動きを止め、クラフト達をじわじわと包囲していく。
狩る側だったはずのノクスの一行が、今度は”狩られる”側に回っていた。
ジリ……ジリ……。
ラットロードの指揮のもと、グリスラットの群れは統率された動きでジリジリと距離を詰めてくる。
その動きには、無秩序なモンスターの群れにありがちな混乱は一切ない。まるで一つの意志を持った軍隊のように、着実に包囲網を狭めていく。
「……嫌な動きだな」クラフトが低く呟く。
「さっきまでの本能的な動きと全然違う…」リディアが眉をひそめる。
「やっぱり、あのデカブツが指示を出してやがるな」ブラスがラットロードを睨みながら、斧を持つ手に力を込める。
ラットロードは冷静な目つきでこちらを見下ろし、ゆっくりと顎を動かす。すると、それに呼応するように、グリスラットたちがさらに一歩、また一歩と詰め寄った。
完全に計算された間合い。
完全に制御された侵攻。
「……まずい」キールが冷静に言う。「このままでは逃げ道を完全に塞がれます」
「チッ……!」クラフトが舌打ちする。
そして、その時——
「目と耳を塞げ!」ブラスの声が響いた。
「は……?」クラフトが一瞬、意味が分からず眉をひそめる。
「この状況で何考えてるの!?」リディアも驚きながらブラスを見る。
「いいからやれ!!」ブラスが怒鳴りながら、すでに膨大な魔力を練り上げている。
その剣幕に、クラフトたちは反射的に目と耳を押さえた。
「《震雷斧》ッ!!!」
バチバチバチバチッ——!!
斧を振り下ろした瞬間、無数の火花が弾けた。
ゴゴゴゴゴッ!!!
雷の奔流が斧の刃を伝い、一瞬にして周囲を貫く。まばゆい閃光が渓谷全体を照らし出し、一瞬、世界が白に染まる。
バチィィィンッ!!
地面に雷が落ちたかのような強烈な閃光。光は断続的に弾け、グリスラットたちの目を焼くように照らし続ける。影がチラつき、視界が明滅する。
次の瞬間——
ズドォォォォォン!!!
爆音が轟き、渓谷全体が揺れた。
「ぐっ……!」耳を塞いでいたにもかかわらず、鼓膜を突き破るような衝撃が体に響く。
クラフトが目を開けると——
グリスラットたちは、その場に倒れ伏し、失神していた。
「……効いたのか?」クラフトが息を整えながら辺りを見回す。
だが——
奥の岩棚の上、ラットロードはまだ立っていた。
しかし、明らかに足元がふらついている。爆音と閃光の影響を受けて、方向感覚を失っているようだった。
「今だ……!」クラフトは一瞬の隙を逃さず、全身の力を込めて地面を蹴る。
一気に間合いを詰め——
「これで決める!!」
剣を振りかぶる。
ラットロードはぐらりと傾き、まるで動けなくなったように見えた。
(間に合う……!)
——そう思った、次の瞬間だった。
ラットロードが妖しく微笑みピタリと動きを止めた。
「……!?」
クラフトは一瞬違和感を覚えたが、剣の勢いは止まらない。
ガギィンッ!!!
鋭い音が響く。
だが、クラフトの攻撃を受けたはずのラットロードは——
微動だにしなかった。
「な……に……?」
一瞬の静寂。
次の瞬間——
「しまった……!!」
ラットロードが突如、爪を振り上げた。
ドゴォッ!!!
クラフトの体が宙を舞う。
「クラフト!!」リディアの悲鳴が響く。
ズザァァッ!!!
地面に叩きつけられ、衝撃が体を突き抜けた。
肩から激痛が走る。
「……クソ……ッ!!」歯を食いしばる。
左肩が裂け、鮮血が地面に滴る。さらに、息を吸った瞬間、肋骨の軋む痛みが走った。
(……ヒビが入ったか……?)
しかし、今は痛みを気にしている場合ではない。
ラットロードは冷たい目でこちらを見下ろし、ゆっくりと顎を鳴らした。
まるで——「ダメージを受けたフリをしていただけ」だったかのように。
地面に叩きつけられたクラフトの傍に、鮮血がにじむ。
その様子を見下ろすラットロードの視線は、冷静で——
まるで「観察」を続けているかのようだった。
その瞳に浮かぶのは、憎しみでも怒りでもない。
まるで、「次を見ている」かのような、静かな意志だった。
お読みいただき、ありがとうございました。
小さな物語ですが、どこかに残るものがあれば嬉しいです。
※もし続きを読みたいと思っていただけたら、評価やブクマでお知らせください。




