表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

118/131

見えない未来に線を引く


部屋の空気が、一度穏やかに緩んだのち、再び引き締まっていく。


キールが椅子に浅く腰を掛け直し、背筋を伸ばす。


「……あとは、現実的な運営費ですね。クラフト、あなたの作ったあの流通網。資金はどうやってたんですか?」


その問いに、クラフトは少しだけ目をそらし、短く答えた。


「……寄付とボランティアだ」


キールのまぶたがぴくりと動いた。


「……は?」


「いたろ?“黒炎の使徒さん”って人。あの人が仲間を集めてくれて……その人たちが動いてくれてたんだ」


言い終えると同時に、キールの表情に明らかな動揺が走る。

眉間に深く皺が寄り、口元が引きつった。


「まさか……あの、街中を全力疾走していた黒マントの集団って……?」


「爆速ロバさんたちだよ!」

リリーが満面の笑みで答えた。

「討伐の合間に荷物運んでくれてたの。時給ゼロで、体力すごいの」


クラフトも小さく頷いた。


キールはしばし言葉を失い、そして両手で頭を抱えた。


「……クラフト。あなたって、昔から変な人に絡まれてましたけど……それを“才能”まで昇華させてたとは……」


言葉とは裏腹に、キールの視線には敬意が滲んでいた。

そして次の瞬間には、真剣な表情に戻り、クラフトをまっすぐ見つめる。


「あなたの理想からは少し離れるかもしれませんが……やはり、利益は取らないとこの流通網は保てません。持続性のためには収益化が必要です」


クラフトは黙り込み、腕を組んだ。

そして、低く、噛みしめるように言葉を紡ぐ。


「……確かに、このままじゃ持たない。でも、それをやったら……金がある奴がたくさん使えて、ない奴は使えない仕組みになる。そんなの、また“力のある者が強くなる”だけじゃないのか?」


リリーがはっとしたように息をのむ。


「……確かに。それじゃ“機会の公平性”とは真逆よね」


キールは静かに肩をすくめ、どこか達観したように続けた。


「市場というのは本質的に、資本を持つ者が強くなるようにできています。制度をいくら工夫しても、最終的には“支配”に吸い寄せられる。それが経済の重力です」


クラフトは目を伏せたまま、深く考え込むようにして言った。


「……それじゃ意味がない。スキルを一つも持たない人間にとって、スタート地点が何も変わらないなら——」


そして、静かに顔を上げた。


「……俺たちのやってることは、結局ヴェルシュトラと変わらない」


部屋の空気が、またひとつ深く沈む。


理想と現実。

信念と制度。

三人の視線が、それぞれの方向に向かいながらも、同じ“重さ”を見つめていた。


ふいに、ブラスがポンと手を打った。


「じゃ、配ればいいんじゃねぇか?」


その場の空気が一瞬止まった。


キールが鋭い視線を向ける。


「……ちゃんと話聞いてましたか、ブラス?」


「いや、そうじゃなくてよ」


ブラスは手を振って弁解しながらも、少し眉をひそめる。


「スキルを持ってない奴にはよ……戦えるようになるまでの“基本スキル”を配るんだよ。最初の一歩をな」


キールは腕を組み、目を伏せて考え込んだ。


「……最低限のスキルを配ることで、誰でも市場に入れるようにする……つまり、入り口の平等化ですか。なるほど」


クラフトが顔を上げる。


「それって“戦う”ってのは、戦闘って意味だけじゃなくて……調合や狩猟、鍛冶、治療、運送スキルみたいな、生活に必要な“汎用スキル”も含めて、ってことだよな?」


ブラスは一瞬きょとんとしたあと、あたふたと手を振った。


「お、おう、それだ! それを言おうとしてたんだって!」


「さすがブラス!視野が広いわね!」


リリーが目を輝かせながら微笑む。


「……絶対考えてなかったですよね?」


キールは呆れたように目を伏せたが、その口元は微かに緩んでいた。


だがその空気もすぐに引き締まる。


「ただ、それだと……その“配る用”のスキルを、誰かが延々とコピーし続けなきゃいけなくなりますね」


キールは眉間に皺を寄せながら、現実的な課題を挙げた。


クラフトが、しばらく考え込んだ末、ぽつりと提案を口にした。


「……寄付ってのはどうだ? 魔導石を買う時とか、配布の時に、なんでもいいから自分のスキルをひとつコピーしてもらうんだ」


クラフトの提案に、キールは一瞬目を見開いた。

そして、すぐに理路を組み立て始める。


「……それ、いいですね。提供されたスキルが蓄積されれば、それ自体が“資源”になる。魔導石に使えるスキルのバリエーションが増えれば需要も広がるし、市場に出回るスキルの価値も徐々に均等化されていく……」


キールは軽く頷き、指を一本立てて続けた。


「それに、スキルを提供した人には、魔導石の販売価格を少し割り引くようにすればいい。ちょっとした“寄付割”みたいなものです。義務じゃなく、選択制で――そうすれば、強制感もないし、参加のハードルも低い」


「なるほどな……それなら、出す側にもメリットがある」


「スキルの……シェア、ね」


リリーがゆっくりとつぶやいた。


クラフトは大きくうなずき、拳を強く握る。


「あぁ! これなら、救える……!」


窓の外では鳥のさえずりが響いているのに、部屋の空気は重く、そして真剣だった。


ブラスが、どこかいつもとは違う、真っ直ぐな眼差しで口を開く。


「ちょっと待ってくれ……仕組みは整った。けど問題は、その仕組みがいつか腐っちまうことだ。……あのヴェルシュトラが、そうだったようにな」


場に一瞬、沈黙が流れる。


クラフトが、ゆっくりと椅子の背にもたれていた体を起こした。その目には、揺るぎのない決意の色が浮かんでいた。


「……あぁ。スキルコピーの技術はいずれ他の誰かにも解析される。俺たちだけが握ってる時期なんて、そう長くはない」


彼は拳を軽く握った。


「だから、俺はこの技術を、どこかのタイミングで公表するつもりだ」


その言葉に、リリーとブラスが一瞬驚きの表情を見せる。だが、キールだけは静かに目を細め、すぐに頷いた。


「……その時に必要なのが、“監査する組織”ですね」


キールの声は冷静でありながらも、どこか希望を帯びていた。


「例えば魔導石の採掘業者に、行動履歴を記録できるスキルを打ってもらい、報酬を払う。その記録が加工後の魔導石に引き継がれれば、誰が・どこで・何を使ったかを辿れる。全てを“誰でも見られる”仕組みにするんです」


彼は指を組みながら、思案を続けるように語る。


「問題はその技術をどう作るか……ですが。スキルの組み合わせ次第で、実現可能だと思います。運営費も、スキルコピーの販売にかかる手数料を少しずつ回せば——」


言いかけたところで、キールがリリーの方を向いた。


「リリー、組み合わせでいけそうですか?」


リリーは一瞬、深く思考の海に沈み込むように黙り込んだ。

指先で膝を軽く叩きながら、ぶつぶつと小さくスキル名を呟いていく。


「識印……透過記録……補助魔力導線……」


リリーは小さく呟いたあと、ぱちりと目を開き、勢いよく頷いた。


「うん、多分いける! 面倒だけど、できるはず!」


その声に、キールが椅子に座り直し、軽く息を吐いた。そして、真っすぐクラフトを見据えて言った。


「——監査機関の制度設計と今後の運営、私に任せてもらえますか?」


クラフトが眉を上げる。


「いいけど……お前が? なんでだ?」


キールは、ほんのりと皮肉を込めた笑みを浮かべる。


「あなた達と違って、私には“悪知恵”が働きますから。抜け道を潜ろうとする連中の思考回路なら、理解できる自信があるんです」


クラフトが一瞬ぽかんとした顔をしたあと、苦笑いを漏らす。


「……それ、誇っていいのか?」


隣で聞いていたブラスが、腕を組みながら声を上げて笑った。


「いや、いいじゃねぇか。そういうのも必要だ。適任だな、キール!」


キールは肩をすくめながらも、満更でもなさそうに小さく笑った。


そして、静かなギルドの一室に——まだ名前も定まらない“未来の仕組み”が、静かに息をし始めていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ