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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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おかえり、みんな


朝の光が、ゆっくりと差し込んでいた。


古びた酒場の二階。

昨夜の喧騒は、まるで夢だったかのように静まり返っている。


床には転がった椅子。

斜めに傾いたテーブル。

その下には、地面に突っ伏して眠る冒険者や職人たち。


誰かのいびきが、天井の梁にこだましている。


窓の外からは、爽やかな風が入り込んできた。

遠くからは朝市の準備を知らせる声、鳥の鳴き声。

湿った木の床に、柔らかな陽が斑に落ちている。


そのなかで、リリーがゆっくりと身を起こした。


肩にかけていた薄い毛布がずり落ちる。

頭が少し重いのは、眠りが浅かったせいか、それとも昨夜の涙のせいか。


まわりを見渡して、彼女はふと笑みをこぼした。


床にはブラスが転がっている。

大の字で、豪快な寝息を響かせながら、まるで生きる象徴のようにどっしりと構えていた。


その隣、クラフトはテーブルに頬を押し当てるように眠っている。

空になった盃が揺れている。肩に乗せていた余計な意地や痛みは、少しだけこぼれていったようだった。


キールは背もたれに凭れたまま、腕を組んでうたた寝している。

普段の皮肉げな表情も消え、穏やかに眠るその横顔には、どこか安堵すら滲んでいた。


まるで、何もかもがもとに戻ったかのような——

そんな錯覚すら覚える、朝だった。


リリーは静かに胸元に手を伸ばす。


そこには、割れた魔導石。

リディアが最期に身につけていたもの。

いまは淡く、脈打つように微かな光を宿している。


そっと、それを握りしめる。


ひび割れた縁が、指先にちくりと刺さった。

その痛みが、胸の奥をそっと呼び起こす。


「……お姉ちゃん」


声は誰にも聞こえないほど小さかった。

でも、それでよかった。


「クラフトも、キールも、ブラスも……みんな、帰ってきたよ」


見慣れた寝顔たちが、そこにいる。


「……わたし、ちゃんとここまで歩いて来れたよ。迷ってばかりだったけど……」


魔導石は静かに光を返す。

それが、応えてくれた気がした。


そして、静かに微笑む。


「……もう少しだけ見ててね。みんながちゃんと笑える世界にするから」


魔導石にそっと胸元に戻し、リリーは立ち上がる。


窓の外、朝の光が世界を包んでいた。

その光は、彼らの寝顔にも、魔導石にも、やさしく降り注いでいた。


世界は、まだ壊れていない。

笑い合える場所も、眠れる仲間も、確かにここにある。


リリーは、もう一度だけ皆の寝顔を見渡し——


「……おかえり、みんな」


そう呟いた。


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