表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

113/131

秩序の創造者と、その異物

ヴェルシュトラの重厚な正門をくぐり抜けた瞬間だった。


クラフト、リリー、キールの三人を前にして、守衛たちは一斉に直立し——まるで、彼らの到着を待っていたかのように——静かに道を開いた。


その異様な光景に、リリーは思わず小声を漏らした。


「……なんで……?」


キールもわずかに眉をひそめた。


「本来なら、警備を強化していてもおかしくないはずだ。まるで、歓迎でもするような……」


だが、クラフトは無言だった。


動揺する二人とは対照的に、彼は一切立ち止まらず、まっすぐ本部の奥へと歩を進めていた。


まるで、これが当然だとでも言わんばかりに。


石造りの廊下を抜け、案内もなく執務棟の階段を登る。


階段の途中で、リリーが声をかけた。


「クラフト……本当に、大丈夫?」


クラフトは答えなかった。ただ一度だけ、彼女の方へと目を向ける。


その瞳に、迷いはなかった。


執務室の前に立つと、守衛が無言で頭を下げた。


そして、扉をゆっくりと開く。


中には、すでに一人の男がいた。


黒衣をまとい、書類にも目をやらず、深い椅子に座ったまま、まっすぐクラフトたちを見つめている。


——ギルド長アイノールだった。


すでにすべてを知っていたかのような、静かで確信に満ちた眼差し。


執務室には緊張の空気が張り詰め、風も音も、そこには存在しないかのようだった。


重厚な執務室の扉が、ゆっくりと閉まりきる前に。


その奥から響いたのは、静かで重い声だった。


「クラフト。お前だけ、通れ」


アイノールは席を立たず、ただ椅子から冷たく告げた。


リリーの顔が引きつる。


「……どういうこと?」


怒りを抑えきれない声だった。


アイノールはその問いに目もくれず、冷徹な声で言い放つ。


「有象無象には興味はない」


キールの目が細められる。その瞳の奥にあるのは、怒りでも憎しみでもなく、研ぎ澄まされた冷笑だった。


「……それは光栄ですね。さすが、“人の命を食って” 無駄に長生きしてるだけのことはあります」


リリーが一歩前に出る。怒りに震える声で、必死に言葉を吐き出した。


「私たちは、有象無象じゃない……!」


だが、それを制するように、クラフトが手を伸ばした。


「リリー」


その声は静かで、けれど強かった。


リリーはその目を見た。そこに浮かぶ覚悟と、揺るがぬ意志を感じ取る。


やがて、悔しそうに唇を噛み、俯いたまま言った。


「……分かった」


キールはしばらく沈黙していたが、ふっと肩をすくめ、目を伏せて笑った。


「……英雄になる気はないのに、こんな時だけ英雄みたいな真似をする。……らしくないですよ」


小声で、しかし確かに続ける。


「……戻ってきてください。“有象無象”が、心配してるんですから」


リリーの肩が、かすかに震えていた。


クラフトは一歩前へ進み、執務室の奥へと足を踏み出す。


その背中越しに、低く応じた。


「俺は英雄じゃない。でも……ここまで歩いてきた以上、逃げるわけにはいかない」


扉が静かに閉じる音が、空気を切り裂くように響いた。


クラフトが一歩、執務室の奥へと足を踏み入れると、背後で重い扉が低く響きながら閉ざされた。


その音が、世界の雑音すべてを遮断したかのように、部屋の中は静まり返る。


広い執務室の中央。重厚な椅子に腰かけた男が、静かに背を向けていた。


かつて「英雄」と呼ばれたその後ろ姿。


だが今、その背中から感じるのは——威光ではなく、圧倒的な“支配”だった。


胸の奥がざわついた。何かが軋むように、ゆっくりと熱を帯びていく。


アイノールが静かに口を開く。


「さて、話そうか。クラフト」


その穏やかな声に返すように、クラフトは懐から書類の束を取り出し、無造作に机へと叩きつけた。


ばさり、と音を立てて散らばった紙片。その中の一枚が滑り、アイノールの前にぴたりと収まる。


そこには、リディアの署名。そして、「寿命吸収」の条項。アイノールの名が、最後に刻まれていた。


クラフトは怒りを噛み殺すように叫んだ。


「お前の作った秩序の仕組みは、こんなものだったのか!!」


アイノールは眉ひとつ動かさず、書類に目を落とす。


「……ほう。これは懐かしい書類だ」


その無感動な口調に、クラフトの怒りがさらに燃え上がる。


「お前の支配がどれほどの人間を苦しめたか、分かってるのか!? リディアは……! 他の連中は……! 残された人たちは……!」


アイノールは静かに頷いた。


「分かっている」


その一言に、クラフトの怒声が爆ぜる。


「分かっていたのに、なぜ……!?」


拳を握りしめたまま、歯を食いしばる。ブラスの死、リディアの犠牲、すべての重さがのしかかる。


「お前は……間接的にリディアを殺したんだぞ……!」


アイノールはわずかにまぶたを伏せ、静かに答えた。


「……その通りだな」


「……お前は、これで満足なのか?」


アイノールは書類をじっと見つめ、やがて目を閉じた。


そして、口を開いた。


「クラフト。お前は“革命”を憎んでいるな」


その言葉に、クラフトは眉を寄せる。


「……は?」


「革命とは、秩序の破壊だ。破壊の先にあるのは、混乱だ」


「貴族制を倒し、社会を維持するために、私は“秩序”を作らなければならなかった」


「だから……スキルを売買する社会を?」


「そうだ」


アイノールは椅子に身を預けながら、静かに続ける。


「スキルを資本とし、意志の強さで未来を勝ち取れる世界。それが“希望”だと私は思った」


「だがその意志を持たぬ者が淘汰されるのも、また必然」


クラフトは口を結び、拳をさらに握り締めた。


「それが……お前の言い訳か?」


「私は、強い意志を持ち、この世界を前へと進める人間を育てたかった」


「お前のようにな、クラフト」


クラフトは一瞬、言葉を失った。


「……!?」


アイノールは、初めてその目をまっすぐにクラフトへと向けた。


「お前は今、ここに立っている。この社会がなければ、お前のような人間は生まれなかった」


「私は、お前のような“異物”を生むために、この世界を創ったんだよ」


アイノールは、ゆっくりと机に肘をつき、クラフトを見据えた。


その目には、かつて“革命家”だった男の残り火が、まだかすかに灯っている。


「クラフト、お前はこの時代を変える覚悟があるのか?」


「自らが英雄となり、犠牲を厭わず、新たな時代を築く意志の力があるのか?」


問われるや、クラフトは即座に応じた。


「俺は、英雄にはならない

あんたのやり方じゃ、変えられなかった場所に、俺は立つ」


「……俺たち“みんな”で、この社会を変えていくんだ」


クラフトの拳が微かに震えた。


怒りはまだ胸の奥でくすぶっていた。だが、それを無理に押し殺しながら、絞り出すように言葉を紡ぐ。


「……俺も、昔は——」

「お前みたいな人間になりたかった」


その一言に、アイノールの目がわずかに細められる。


クラフトの声は、低く、しかし確かだった。


「でも……俺は、あんたが創ったこの世界の“現実”を見たんだ」


そこで、言葉が震えた。


拳を握る。爪が手のひらに食い込む。


「“意志が強い”だけじゃ、どうにもならない現実を!」

「リディアも、ブラスも、戦った。でも……結果は……!」


アイノールは短く答える。


「それが、現実だ」


その言葉に、クラフトの瞳が揺れる。だが、視線は逸らさなかった。


「お前は急激な革命はダメだと言った。俺もそう思う」


「だったら……俺は、少しずつで良い

みんなと社会を変えることで革命を起こす」


沈黙が落ちる。


その答えに、アイノールは薄く笑う。


アイノールは机の上に視線を落としたまま、わずかに口角を動かす。


それは嘲りでも、笑みでもなかった。ただ、何かを諦める時の、人間的な動作に過ぎなかった。


「……話にならん。もう少し気概があるかと思ったが、ただの子供の夢想か」


その声には、確かに微かな悲しみがあった。長い年月の中で幾度も裏切られた“期待”が、静かに沈殿していた。


クラフトは一歩、前へと進んだ。


「なら、俺を試してみろよ」


その言葉に、アイノールの指がぴくりと動いた。


空気が変わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ