干し肉の村と光る斧の男
長い道のりを超え、ノクスの一行はついに目的の村へとたどり着いた。
瓦屋根の家々が立ち並び、周囲には広大な畑が広がる素朴な村。空気は澄み、どこか懐かしい土と草の香りが漂っている。しかし、村に活気はなく、住人たちは遠巻きにこちらを見ながらひそひそと囁いていた。
「……なんか、歓迎されている雰囲気じゃないわね」リディアがぼそっと呟く。
「そりゃあ、ヴェルシュトラの精鋭が来ると思ってたんだからな」ブラスが腕を組みながら続ける。
「あそこは、優秀な冒険者を独占する方針だからよ。こういう面倒くせぇ依頼は、外部に依頼するのが常識だ」
「要するに、『ヴェルシュトラの精鋭』が来ると期待していたのに、蓋を開けたら私たちだったというわけね」リディアが村長の顔を見て納得する。
「見ろよ、あの村長の顔。今日はステーキ! って思ってたのに干し肉だった時の顔だな、あれ」
ブラスは苦笑し、「まぁ、俺たち干し肉側も傷つくんだけどな」とぼやいた。
村の中央、役場の前に立っていた初老の男――村長は、一行を見つめながら明らかに落胆していた。
村長は長いため息をついた後、小さく呟く。
「……せめて、スパイスの効いた干し肉だったらなぁ」
「そこまで言うか?俺たち結構やるぜ」ブラスが肩をすくめる。
「……なるほど」キールが顎に手を当て、少し考え込む。「ヴェルシュトラとしては、コストのかかる依頼を自分たちで処理するよりも、外部の冒険者に投げたほうが都合がいい。しかも、ついでに優秀な冒険者の実力を測れる。さらに、依頼料の一部を手数料としてヴェルシュトラが回収すれば利益も得られる……なかなか合理的ですね」
「だから感心するなっての」ブラスが呆れ顔で言う。
「まあ、そんなことはどうでもいい」クラフトが話を戻すように口を開いた。「それより、村の状況を教えてもらえますか?」
村長は気を取り直し、小さく咳払いをしてから語り始めた。
「グリスラットが異常繁殖しているんです」
「なるほど……それでどれくらいの数が確認されているんですか?」クラフトが尋ねた。
村長は渋い顔をしながら答える。「先日、畑で確認した時点では、ざっと百匹ほど……」
「百匹?...まずいな」ブラスの目が一瞬大きく開かれ、そして険しい顔をする。
「あと二日もすれば……千匹くらいにはなるな」ブラスが腕を組んで言う。
「……冗談よね?」リディアが思わず聞き返した。
「冗談で済めばいいがな。グリスラットは一度増え始めると止まらねぇ。巣を作ってそこが中心になるが、手を打たなければ村全体を覆うことになるぞ」
「そっそれは……」村長の顔が青ざめる。
「最悪の場合、作物を根こそぎ食い尽くされるでしょうね」キールが冷静に補足する。「そうなると、食糧不足が発生し、村の存続そのものが危うくなる」
「そ、それは、村が……!」村長は愕然とした表情で頭を抱えた。
「時間との勝負ですね」クラフトが拳を握る。「すぐに巣を探して、一気に叩かないと」
「同感だ」キールが冷静に頷く。
「よし、やるか!」ブラスが拳を鳴らす。
「急ごう!」クラフトの言葉に、全員が頷いた。
こうして、一行は村を救うための戦いへと足を踏み入れた。
広大な草原に足を踏み入れた瞬間、クラフトたちはすぐに異変を察知した。
チチチッ……ギィギィ……!
風に乗って、小さな鳴き声が聞こえてくる。茂みの影から、数匹のグリスラットがじっとこちらを窺っていた。黒い毛並みのずんぐりした体、光る赤い目、鋭い前歯。通常のネズミの数倍の大きさはあり、異様な気配を放っている。
「ちらほら見えるな……」クラフトが低く呟く。
「おいおい、もう気づかれてるぜ」ブラスが大きな手で斧の柄を掴みながらニヤリと笑う。
茂みの奥からさらに数匹、合計五~六匹のグリスラットが飛び出し、牙をむきながら突進してくる。
バババッ……!
「っ……来るぞ!」クラフトが即座に構える。
「俺の新スキルの出番だな……!」ブラスが自信満々に斧を掲げた。
その言葉を聞いた瞬間、クラフトは嫌な予感がした。
酒場での祝勝会でブラスの発言を思い出す。
(「今のスキルを売って、もっと派手で威力もバカでかいスキルを手に入れる!」「一撃で地形が変わるようなスキルが欲しいぜ!」)
「リディア! キール! 退避しろ!」クラフトは即座に叫んだ。
リディアとキールはクラフトの言葉に即座に反応し、後方へ素早く移動する。
「なんなの!?」リディアが焦りながら叫ぶ。
「俺にも分からないが、ブラスのスキルだぞ!? 」クラフトが叫びながら後ずさる。
ブォンッ……!
ブラスが斧を高く振りかぶり、力を込める。空気が一瞬張り詰めた。
「《震雷斧》ッ!!」
斧を振り下ろした瞬間、刃先から無数の火花がパチパチと勢いよく弾け、斧が激突する衝撃で、閃光が弾け光が周囲に瞬く。
直後に、「ドカンッ!」 という短く音が響いた。
「っ……何だ?」クラフトが目を細める。
爆発的な衝撃と共に、斧の直撃を受けたグリスラットたちがまとめて吹き飛んだ。
五~六匹いたグリスラットは、衝撃に耐えられずに空中を舞い、地面に叩きつけられた。
「……」クラフトが呆然とする。
「以前のスキルと威力それほど変わらないんじゃないですか?」キールが冷静に分析する。
「おいブラス……お前、もっと派手で威力もバカでかいスキル手に入れるって言ってたよな?」
クラフトが改めてブラスを見る。
「……いや、その、まぁ……」ブラスは気まずそうに斧を肩に担ぐ。
クラフトがブラスの顔を見ると、なぜか視線を逸らしている。
「まさかとは思うが……」
「ちょっとな、酒場でみんなに奢ったら金がなくなったんだよ」
「いやー、あいつら本気で遠慮なく飲みやがって、計算外だったぜ……」
ブラスは渋い顔をしながら、頭をかいている。
「……?」クラフトの表情が一瞬固まる。
「だから、派手なのにした。威力より派手さだ! ほら、光と音! すっげぇ派手だろ!?」
ブラスが胸を張って言う。
「……確かに派手だが……」クラフトが頭を抱える。
「派手に光って、派手に音が鳴って、そして…… 結局ただの斧攻撃ですね」キールが呆れたようにため息をついた。
「ってことで、仕切り直しだ!」ブラスが意気揚々と斧を構え直した。
「今度こそ倒すぞ!」クラフトも気を取り直し、拳を握る。
戦闘は、これからが本番だった。
お読みいただき、ありがとうございました。
小さな物語ですが、どこかに残るものがあれば嬉しいです。
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