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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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ヴェルシュトラのはじまり

瓦礫の匂いがまだ微かに残る裏通りを抜け、クラフト、リリー、キールは一軒の店の扉を押し開けた。


そこは、オラクスが営む情報屋だった。


——チリン、と鈴の音。


室内は薄暗く、棚に乱雑に並べられた紙束と瓶が、埃をかぶって静かに佇んでいる。


カウンターの奥、道化のような格好をした男が手を振った。


「やぁ、昨日は大変だったねぇ、本当に」


つかみどころのない笑み。

冗談めかしているようで、底が見えない。


クラフトは迷わず一歩踏み出し、低く告げた。


「ブラスから……お前のところに行けって言われた」


オラクスの眉が、かすかに動く。


「ブラス君から、何を聞いた?」


クラフトは、拳を握りしめながら答えた。


「ロフタの町の魔契約……アイノール……寿命……それだけだ」


店内の空気が、ほんの僅かに張り詰めた。


オラクスは、しばらく黙っていた。

やがて、ぽつりと——


「驚いたね。あの口外禁止を……破ったんだ」


掠れるような声だった。

そして、ほんの少し、目を伏せた。


「ブラス君は?」


リリーが、ぐっと拳を握ったまま、何も言えずにいる。


代わりに、クラフトが苦しそうに答える。


「……さっき、逝ったよ」


その言葉に、オラクスは深く息を吐いた。

そして、穏やかな、しかしどこか寂しげな笑みを浮かべた。


「そうか……」


「彼は、本当にすごいね」


オラクスは、遠くを見つめるような目で続ける。


「昨日の暴動の被害、今も調査中だけどね。

ヴェルシュトラ側、革命側……双方、重症者多数。

でも——死者は、ゼロだ」


「……本当に、すごい戦士だったよ」


静かに言ったその言葉は、冗談めかしさなど一切なかった。


キールが一歩前に出る。

鋭い眼差しで、オラクスを見据えた。


「……あなたは、何を知っているんですか」


「ブラスは、なぜあなたに託したんですか?」


オラクスは、ふっと笑った。

だがその笑みは、疲れたようでもあり、どこか優しかった。


「長い話になるね」


ゆっくりと、カウンターの奥から椅子を引き出す。


「まぁ、座りなよ」


遠い、遠い過去を振り返るような——

そんな眼差しで、オラクスは静かに語り始めた。



オラクスは、しばらく目を閉じていた。

そして、ゆっくりと口を開いた。


「まず——ヴェルシュトラのギルド長。あの男は、アイノールだ」


クラフトとリリー、キールが一斉に目を見開いた。


「……何を言ってるんですか?」


キールが眉をひそめる。

ギルド長は、どう見ても三十代そこそこにしか見えなかった。


リリーも戸惑いを隠せない。


「アイノールって……確か、八十年前の革命の英雄……?」


「そんな昔の人が……生きてるわけない……」


クラフトも、言葉を飲み込んだまま固まっていた。


オラクスは、そんな三人を静かに見渡した。


オラクスは、遠い昔を思い出すように、ふっと目を細めた。


「当時、僕は二十五、アイツは二十歳だった。二人とも、スキルも家もない、ただの孤児だったよ」


その言葉に、クラフトとリリーが揃って目を丸くした。


「……お前も……?」


クラフトが思わず漏らす。


リリーも続ける。


「っていうか……今、何歳なの……?」


オラクスは、肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。


「うーん……たしか百十歳くらい?」


「……くらい?」


リリーが目を瞬かせる。


オラクスは、ひらひらと手を振った。


「途中で数えるの、めんどくさくなっちゃってねぇ」


ふざけた口調だったが、その顔にはどこか寂しげな色が滲んでいた。



「——あの頃、世界は貴族たちの支配下にあった」


静かな焚き火のように、言葉が落ちていく。


「貴族たちは、スキルを血筋で受け継ぎ、力によって国家を、街を、人間を、支配していた」


クラフトもリリーも、じっと耳を傾けた。


「一般人にはスキルなんて夢のまた夢だ。奴らの気まぐれひとつで生殺与奪が決まる時代だった。生まれただけで、人生の価値が決まる。そんなクソみたいな時代だった」


オラクスは鼻を鳴らす。


「もちろん、たまに生まれつきスキルを持つ平民もいた。だが——」


リリーが小さく呟いた。


「……排除されるか、貴族に取り込まれる……」


オラクスはゆっくりと頷いた。


「そうだ。だから、本当の意味で“自由”なんてものはなかった」


そして、ふっと小さく笑う。


「だが、そんな世界に反旗を翻した馬鹿がいた」


「……アイノールさん?」


クラフトが低く尋ねる。


オラクスはわずかに目を細めた。


「当時、アイノールは二十歳。俺は二十五だった。二人とも、ただの孤児だった」


「スキルなんてなかった。ただ、毎日を必死に生きて、それだけだった」


「でもな——アイツだけは違った」


オラクスは拳を軽く握った。


「“スキルは努力で得られるべきだ”“生まれなんかで未来を決めさせるな”——そう、アイノールは言ったんだ」


リリーが、小さく息を飲む。


「それで……革命を?」


「ああ」


オラクスは遠い目をしたまま続けた。


「アイツは、俺たちみたいな底辺を集め、地下組織を作った。俺は正直、世界を変えたいなんて思ってなかった。ただ、アイツが前を向いてるのを、なんとなく……支えたかっただけだ」


クラフトは、じっと黙って聞いていた。


「情報を流し、貴族同士を争わせ、混乱を誘った。俺の役割はそれだった」


「やがて、アイノールが率いる革命軍は、ゲリラ戦から始めて、少しずつ支配地域を奪い取っていった。仲間を、たくさん失いながらな」


オラクスの声が少しだけ掠れた。


「スキルを持たない者でも戦える戦術——アイツが考え出した」


「貴族の中にも、時代遅れのスキル世襲制に疑問を持つ連中が出てきてな。内戦が起きた」


リリーがそっと訊ねた。


「それで、勝ったんですね」


「ああ」


オラクスは短く頷いた。


「王都を陥落させ、貴族制は潰えた。世界は変わった……」


「だが——」


そこから声が沈んだ。


「……世界は、変わりすぎたんだ」


クラフトもリリーも、無言で続きを待った。


「貴族制が消えたあと、残ったのは無秩序だった。支配者がいなくなった街では、盗賊や武装集団が好き勝手を始めた」


「人々は、誰よりも自由になったはずだった。だが、それは同時に、誰にも守られなくなったってことだった」


オラクスは手のひらを見つめる。


「アイツは必死だった。暫定政権を作り、法を整えようとした。でも、戦場のプロに政治なんてできるはずもなかった」


「そんな中——」


オラクスの声がかすかに震える。


「革命戦争が終わって十年後、生き残った貴族どもが反乱を起こした」


「高度なスキルを持つ軍団が蜂起し、再び戦火が広がった」


「そして——アイノールは瀕死の重傷を負った」


リリーが小さく息を呑む。


クラフトは拳を固く握りしめた。


オラクスは、少しだけ遠い目をして続けた。


「その時、俺は——」


静かに、しかし迷いのない口調で言った。


「生命共有スキルを使った」


クラフトとリリーが、はっと顔を上げる。


オラクスは、肩をすくめるようにして微笑んだ。


「自分の寿命を、アイツに分けたんだよ」


一瞬、場に重い沈黙が落ちた。


リリーが、震える声で尋ねる。


「……それって、どういう……?」


オラクスは、苦い笑みを浮かべた。


「文字通りさ。俺たち二人の寿命は、あの時から繋がった」


「半分こだ。アイツは瀕死から蘇り……その代わりに、俺の寿命は半分になった」


リリーが言葉を失う。


オラクスは、ほんの少しだけ、胸の前で指を組んだ。


「どうしても死なせるわけにはいかなかった。あんな馬鹿な奴だけど……」


微かな笑みを浮かべた。


「……友達だったからな」


夜の静寂に、その言葉だけが、深く、柔らかく沈んでいった。


「おかげで、アイツは生き延びた。反乱は鎮圧された。だが、混乱は収まらなかった」


「アイノールは悟った。“理念”じゃ社会は動かせない、“秩序”が必要だと」


「そうして作られたのが——」


「ヴェルシュトラ、か」


クラフトが呟く。


オラクスは静かに頷いた。


「スキル市場を管理し、社会を安定させる。……それが、最初の目的だった」


オラクスは静かに言った。


「だが、やがてヴェルシュトラは、“管理するための支配機構”になった」


クラフトは唇を噛み締める。


「お前は……止めなかったのか?」


オラクスは、わずかに目を伏せた。


「止められるわけがないさ」


「ヴェルシュトラができたとき、俺はアイツに言ったんだ」


「“俺の役目はここまでだ。これから先、お前がどうするかは遠くから見届ける”ってな」


そして、ぽつりと続けた。


「革命でも、革命後の混乱でも……仲間は、ほとんど死んだ」


「誰かを救いたかっただけなのに……いつの間にか、俺も戦い続けることしかできなくなってた」


かすかに、肩をすくめる。


「もうな、残りの寿命も、長くはなかった」


「戦うことにも、耐えることにも、もう疲れ切ってたんだよ」


「だから俺は……ただ、静かに生きることにした」


「情報屋なんて、適当な肩書きをつけてな……誰にも知られず、余生を過ごそうと思った」


オラクスは、かすかな笑みを浮かべた。


「世界を変える気なんて、もうとうに捨ててたよ」


その言葉には、哀しみでも後悔でもない。

ただ、どこか優しい諦念と、深い疲労が滲んでいた。


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