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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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重さを速さに変える男

大通りに、静寂が訪れていた。


革命軍をぐるりと取り囲むヴェルシュトラの兵たち。

その重厚な甲冑の隙間から洩れる呼吸音すら、戦場の空気を重くする。


そんな中——コツ、コツと甲冑を叩く乾いた足音が、響き渡った。


前へ進み出てきたのは、一人の男。

漆黒の重厚な鎧を身に纏った長身の戦士。


レギス団長、バルト。


その姿を見た途端、周囲の兵たちがざわめきを飲み込み、静かに道を開けた。


バルトは革命軍の前に立つと、腹の底から声を張り上げた。


「——ブラスは、俺がやる! 誰も手を出すな!!!」


ブラスは不敵に笑い、肩を鳴らす。


「へっ、一騎打ちってか。……いいぜ、来いよ、バルト!!」


バルトが大剣を振りかぶり、低く地を蹴った。


——速い。


大剣とは思えない速度。

重さも、空気の抵抗も、まるで存在しないかのように。


その刃は、しなやかな鞭のように軌道を変えながら、まるで風そのものとなってブラスへと迫った。


ブラスは即座に反応し、盾を突き出した。

耳を劈く金属音が鳴り、火花が散る。


だが、バルトの剣戟は止まらない。


振るうはずの一撃の重みが、そのまま二撃、三撃と連なり、まるで小剣を操る剣士のような連撃へと変貌していた。


——大剣の破壊力で、短剣の連撃を真似る。


それは、常識を超えた技だった。


本来、大剣とは「一撃必殺」のための武器だ。

重く、遅く、そのかわり絶大な破壊力を誇る。


だがバルトは違った。


破壊力を一切損なわぬまま、それを“手数”へと転化していた。


それが、レギス団長バルトの恐ろしさ。


——重さを、速さに変える男。


一発でももらえば致命傷は免れない。

だがブラスは、必死に防ぎながら、確かにそこに違和感を覚えた。


(……妙だ)


ブラスは瞬時に違和感を覚えた。

確かに凄まじい速さ、そして連撃。

それなのに——剣戟が、軽い。


本来、バルトの大剣は振るわれるだけで空気を圧する重さを持っている。

その破壊力が、ない。


ブラスの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。


バルトは本気を出していなかった。


その剣は、力を抑え——あくまで、ブラスを「殺さない」ための剣だった。


鍔迫り合いの中、ブラスは確信した。

(……はっ、そういうことかよ)


互いに剣と盾を押し合いながら、ブラスはぐっと力を込め、バルトを力任せに押し返した。


「悪いな」


小さく呟くと、バルトもそれに応える。


「気にするな。……俺たちは、モンスターから民衆を守るために戦う。人殺しなんて、まっぴらごめんだ。……ただ、それだけだ」


剣を構え直しながら、バルトはブラスにだけ聞こえるように言った。


「ここにいる奴らも、何部隊かは同じ思いだ」


ブラスは目を細める。

わずかな間、互いの間に奇妙な静けさが流れた。


「——あっちの小道から数名、連れて行け」

バルトは目配せしながら小声で続けた。

「ハイネセンの本陣まで、俺の部下が誘導する」


だがブラスは、かぶりを振った。


「いや、俺一人で行く」

「ここから先は、こいつらが死ぬ。……俺が、決着をつける」


バルトは眉をひそめ、しばらく考え込んだ。

そして、溜め息混じりに、ふっと笑った。


「……お前って、そういうやつだよな」


静かに、大剣を下ろす。


「三つ目のスキル、使う気か?後、何回使える?」


ブラスはニヤリと笑う。


「さぁな。いちいち数えてねぇよ」


それだけ告げると、ブラスは大きく踏み込んだ。


「じゃあ、行ってくるぜ」


右手に握った斧を高々と掲げ、魔力を一気に解放する。


「——《震雷斧》!!」


爆発するような閃光が、戦場を飲み込んだ。


夜を裂く白光の中、ブラスの影だけが、なおも前へと進んでいた。


ブラスの姿が、眩い閃光とともに戦場から消えた。


バルトはわざとらしく大きな声を上げた。


「タ、タイヘンダーー!! ブラスガ、キエテシマッタァーーーッ!!」


その場にいた兵士たちがざわつく。

だが、レギスとその直轄部隊だけは、肩を震わせながらニヤニヤと笑っていた。


バルトは構わず、さらに続ける。


「ブ、ブラスハ……アッチニ、ニゲタゾーー!!」


誰がどう見ても不自然な動きで、明後日の方向を指さす。


その指先には、瓦礫と折れた柱が散らばる、袋小路のような広場が広がっていた。


「リ、リグナス! ゼフラ! セイレム! ブラスヲ、ツイゲキダァーーッ!!」


バルトの指揮に応じて、戸惑いながらもハイネセンの息のかかった部隊が「は、はっ!」と返事をして駆け出していく。


……もちろん、明後日の方向へ。


その後ろ姿を見送りながら、バルトは小さくため息をついた。


(……まぁ、あいつらには悪いが、これで時間は稼げる)


——バルト。

ヴェルシュトラ最高戦力を誇るレギスの団長。

圧倒的な戦闘力、精緻な戦術眼、熱く厚い人望——すべてを兼ね備えた英雄。


だが、彼には一つだけ致命的な欠点があった。


それは——

演技が、とてつもなく下手だった。


それでも、誰も文句は言わなかった。

なぜならその不器用な嘘が、今、仲間たちの未来を繋ごうとしていたからだ。


バルトは剣を肩に担ぎ、深くため息をついた。


「さて……あとは、革命の民衆達を適当にあしらうか」


肩の力を抜いた口調でそう言いながら、周囲を見渡す。


「確認だが——殺すなよ。適当に痛めつけるだけだ!」


その言葉に、レギスと賛同した部隊の兵士たちが、くすくすと笑いながら応じた。


「心得てますよ、団長!」


「軽〜くな、軽〜く!」


「腰でも抜かして寝込むくらいで勘弁してやらぁ!」


軽口が飛び交うなか、彼らは自然と隊列を整えていく。無駄な殺し合いを避けると知って、表情にはどこか余裕すら浮かんでいた。


バルトもニヤリと笑い、剣の柄を軽く叩いた。


「よし、後片付けといこうか。……ったく、まるで子供の喧嘩の仲裁だな」


レギス率いる部隊は、混乱する革命軍の後詰めへと、軽やかに動き出した。


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