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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜  作者: けんぽう。
本編

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道を開く者、罠に歩む者

ヴェルシュトラ本営。

天幕の奥、重苦しい沈黙を切り裂くように、偵察兵が駆け込んできた。


「報告! 補給物資の損失、甚大! 前線にて混乱が発生しております!」


ハイネセンは眉一つ動かさず、手元の作戦図を睨みつけたままだった。

だが、偵察兵の次の言葉に、指先がピクリと止まる。


「……敵軍に、有能な参謀がいる模様です。的確な指揮と破壊工作が……」


ハイネセンが顔を上げた。


「誰だそいつは?」


「……素性は不明。名乗った名は“クレイン”。小柄な老人だと……」


ハイネセンの目が細められた瞬間、脳裏にある名が閃く。

その名を口に出すことに、わずかにためらいながらも、彼は呻くように言った。


「クレイン……!? まさか……! 生きていたのか……!」

「“赤雷のクレイン”……!かつて東の貴族残党を指揮し、五度ヴェルシュトラを退けた戦術家……!」


場の空気が凍りつく。

ハイネセンは一瞬だけ目を伏せ、深く息を吐いた。そして、ゆっくりと顔を上げ、表情を冷たい笑みに戻す。


「……まぁいい。所詮、寄せ集めの烏合の衆だ」


地図の一角を指先で叩きながら、冷たく命じた。


「作戦を第二配置に再編成しろ」


「はっ!」


偵察兵は一礼し、即座に踵を返して駆け出していった。

その背中を見送りながら、ハイネセンは唇の端をゆがめる。


「生き残った老兵か……ならば、今度こそ——完全に始末してやる」


テントの中に、再び沈黙が落ちた。

嵐の直前の、冷たい静けさだった。




ブラス達の士気は高まっていた。


先ほどの勝利で勢いづいた革命軍は、まるで風に乗るように街の大通りを前進していた。怒号と歓声が入り混じり、足音が石畳を揺らす。


ブラスはその先頭に立ち、肩越しに後続を振り返る。


「行くぞ……! 奴らが体制を整える前に叩き潰す!」


その一声に、さらにどよめきが重なる。民衆の顔に宿ったのは、恐怖ではなく決意だった。


彼らの視線の先——


石造りの建物群の隙間から、徐々にその全貌が姿を現す。

黒い石で組まれた巨大な要塞。その威容は“本部”というにはあまりにも重厚で、まるで都市そのものを飲み込むような城壁に見えた。


ヴェルシュトラ本部。力と権威の象徴。


その瞬間だった。


「《岩衝壁》!」


「……もう一つ、《岩衝壁》!」


大地が軋み、音を立ててせり上がる。数人のヴェルシュトラ戦闘員が、大通りに岩盤の壁を次々と築き上げた。


音を立てて地面に食い込んだそれは、人の背丈を優に超える堅牢な遮蔽物だった。


「なっ……道が!」


「閉じられた……!?」


革命軍の先頭が慌てて足を止める。後方からの押し寄せる勢いと前方の障壁が衝突し、列はたちまち波打つように混乱に陥った。


「こっちの小道からなら、回り込めるぞ!」


「いや、違う! 裏手は袋小路だって聞いた!」


「待って、地図が……!」


一瞬で民衆の列に混乱が広がった。あちこちで怒号が飛び交い、誰もがそれぞれの判断で動こうとするが、進むべき方向は見えてこない。


その様子を見たブラスは、ふっと鼻で笑った。


「……なるほど、戦力を分断して小道に誘い込み、そこを包囲ってか。おいおい、随分と回りくどいな……」


その混乱の最中、どこからともなく聞こえる老人の声。


「ふぅむ……古典的じゃが、効果的よのう」


クレインだった。岩壁の向こうで何が起きているかも見えていないはずなのに、状況をまるで手に取るように察していた。


軽く首を鳴らすと、ブラスは一歩前に出て怒鳴った。


「お前ら、落ち着け!! 俺の声が聞こえたら、耳を塞げ!!」


ざわめく民衆が、一斉にブラスに視線を向ける。


その刹那——


ブラスの身体に、魔力がほとばしった。


大気が緊張し、辺りにピリつくような重圧が走る。石畳がびりびりと震え、空気が収縮するような音が鳴る。


ブラスは斧を構え、溜め込んだ魔力を一点に集中させた。


「《震雷斧》」


次の瞬間、轟音と閃光が爆発する。


雷を思わせる奔流が斧を包み、巨大な岩壁に激突した。


耳を裂くような音が街に響き渡る。


一撃で粉砕された岩の壁が砕け散り、破片が雨のように降り注いだ。塵煙の中、道の先が開けていく。塞がれていた大通りが、再び目の前に広がっていた。


ブラスは斧を振り下ろした姿勢のまま、振り返って叫んだ。


「……道は、作ればいいんだよッッ!!!」


静まり返った民衆の中から、歓声が上がる。


「うおおおおお!!!」


「やったぞ……あの壁が……!!」


「ブラスだ!! やっぱりあの人は……!」


士気が、一気に沸騰する。熱気が地を這い、空を揺らす。


「ほぉお……まるで大砲か何かじゃな……あれでまだ手加減しておるのが分かる……恐ろしい男じゃ」


クレインの口元には笑みが浮かんでいたが、その声の低さには、ただの賞賛ではない——

長年戦場に身を置いた者だけが持つ、畏敬の響きが宿っていた。


ブラスは腰のポーチからオーガの血を一本取り出すと、勢いよく飲み干した。


「……これで道ができたな」


空になった瓶を地面に叩きつけるように投げ捨て、肩越しに笑みを浮かべる。


「よし、行くぞ!! 一気に押し込め!!」


その声に応じ、民衆たちが一斉に駆け出した。


開かれた道の先には、ヴェルシュトラの本部が、確かに待ち構えていた。だが今、その距離は確実に——縮まっていた。




ヴェルシュトラ本陣テント内は緊張と苛立ちが入り混じった気配が漂っていた。情報士官たちが慌ただしく駆け回り、次々と飛び込んでくる報告を各部署へと伝えていく。


「報告ッ!」


扉が勢いよく開かれ、一人の側近が息を切らして駆け込んだ。


「——正面から、突破してきました! 岩壁、吹き飛ばされた模様!」


作戦机の前に立っていたハイネセンが、その言葉にわずかに眉を上げる。だが驚いた様子は一切なかった。むしろ、どこか愉悦すら滲むような笑みを口元に浮かべる。


「……やはり、そう来たか」


側近が困惑の表情を浮かべる中、ハイネセンはゆったりと椅子に腰を下ろし、指先を組んだ。


「“道は作ればいいんだよ”……とか思ってるんだろブラス まったく、昔から変わらん」


その目に浮かぶのは軽蔑でも怒りでもない——ただ、獲物が罠にかかる瞬間を待つ狩人のような、じわじわと愉しむような色だった。


「力押しで突っ込んで、自分が全部抱え込む。成長がないなぁ……」


その声には、自信と冷徹な計算が混じっていた。まるで、すべてが台本通りであるかのように——。


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